宮川麻里奈(監督) ‐ 『カラフルな魔女~角野栄子の物語が生まれる暮らし~』とても愉快な取材でした

一目ぼれしました

宮川麻里奈:なぜ、この映画に興味を持っていただけたのですか。 ――私がインタビューされる感じですか(笑)。 宮川:すみません、逆質問をしてしまって(笑)。 ――いえ、大丈夫です。角野栄子先生の作品は国内外を問わずファンが多いと感じています。劇中でも子供たちの前に現れたときの歓声が凄く、世代を超えて愛されているんだなと改めて感じました。 宮川:アイドルみたいでしたよね。 ――私も小学1年生の時にスタジオジブリで映画化された『魔女の宅急便』を劇場で観て本も買ってもらい読んでいたのです。 宮川:まさにど真ん中の世代なんですね。 ――はい。意識はしていなかったですが他にも『ちいさなおばけアッチ・コッチ・ソッチ』シリーズなど角野栄子作品には多く触れていて、改めてどんな方なんだろうと気になったんです。 宮川:そうなんですね。 ――インタビューされるのはこんな気持ちなんですね。このままだと記事にならないので、すみません(笑)。 宮川:はい、よろしくお願いします(笑)。 ――宮川さんはなぜ、角野さんのドキュメンタリーを撮ろうと思ったのですか。 宮川:“あさイチ”や“スイッチインタビュー”“所さん事件ですよ”など情報番組を中心に制作して、怒涛のような30~40代を過ごしてきたんですけど、50歳を目前に、ふと地に足のついた暮らしを見つめるような番組をやりたいなと考えるようになりました。誰を取材したいかなと思いをめぐらせていた時、角野さんをインタビューしたいなと考えていたことを思い出したんです。 ――温めていたアイデアが蘇ってきたんですね。実際に取材をされていかがでしたか。 宮川:角野さんのファッションやご自宅が全てを物語っていますが、自分のスタイルをお持ちの方です。豪邸という訳ではないし、ぜいたくをされているわけでもないですが、自分にとって心地のよいもの、好きなものだけに囲まれて暮らしている感じ、ご自宅の居心地の良さや角野さんご自身のかっこよさに一目ぼれしました。何だか一緒に遊んでいるような気持ちで取材を続けるうちに、あっという間に4年が経っていた、という感じです。 ――分かります。 宮川:ドキュメンタリーは撮っていると1度はお互いを嫌いになる瞬間があると言われているんです。でも角野さんに対して嫌な気持ちになったことは一度もありませんでした。いつ行っても力のある言葉をもらえて、心豊かな気持ちで帰路に着いていたなと思います。

――スクリーンで観ていてもわかりました。少女のような、妖精のような雰囲気もあり、とても可愛らしい方ですね。 宮川:いつお会いしても愉快でお茶目でユーモアにあふれていて、佇まいも画になるとしか言いようがない。とても楽しい取材でした。 ――映画の中でもずっと笑っていらっしゃる方だなという印象でした。あと、よく食べるなと。 宮川:重要なポイントですよね(笑)。 ――EDで食事シーンがずっと流れていますが、分かっているなと。 宮川:見事な食べっぷりを見ていただきたくて、エンディングは食いしん坊シリーズにしようと思いついたんです(笑)。

「好きなことだからできるのよ。」とおっしゃって

――角野さんは人が好きな方なんだなとも思いました。 宮川:どこにでも「ヤアヤア」と胸襟を開いて飛び込んでいくタイプの方ではありませんが、いつも無理せず自然体で、誰に対しても分け隔てのない、器の大きな方だと思います。 ――劇中の雰囲気は宮川さんやスタッフのみなさんが作り上げられた信頼関係から撮れた部分なんですね。 宮川:先ほど少女のよう、妖精のようとおっしゃいましたが、もちろんそういう側面もありますが、ご本人は成熟した大人の女性です。その一方で、意外と照れ屋な一面もあるんですよ。 ――プライベートな時は朗らかですが、作家としてお仕事をされる時はプロフェッショナルな顔になるのも印象的でかっこよかったです。 宮川:私たちも固定カメラで撮らせてもらった映像を見て、びっくりしました。あの姿は編集者のみなさんも観たことがないわけです。 ――現役の作家なんだなと感じました。 宮川:朝から夕方まで、執筆中はトイレとお茶を入れに行くくらいで、あとはほぼずっと机に向かっているんです。書いて・音読して・推敲して。毎日休まず書いている、とは角野さんから伺っていましたが、想像していた以上でした。驚異的な仕事量ですが、角野さんは「好きなことだからできるのよ。」と。 ――好きなことでも嫌になってしまうこともあるじゃないですか。苦労がなかったわけではないでしょうが、「楽しかった。」と言えるのはそれだけ全力を注ぎこまれていたからだろうなと思います。 宮川:そうですよね。書けば書くほど、新たな楽しみを発見してこられたんだと思います。

――親子関係が仲良く素敵でした。あれだけ仲がいい親子はなかなかいないと思います。 宮川:母娘で撮ったインタビューは、実は意外な内容でした。娘のくぼしまりおさんが子供の頃に「普通のお母さんになってよ。」と言ったそうなんですが、それを角野さんは自身が幼い頃にお母さまを亡くされたこともあり、りおさんに過干渉になりがちだったから、と思っていたというんです。実際は、角野さんが執筆に夢中で“あっちの世界”に行ってしまっていて、どこか上の空というか、心ここにあらずだったので、りおさんからすると「お母さん、私の話聞いてる?」という感じだった、と分かりました。 ――寂しかったということなんですね? 宮川:うーん、必ずしも寂しかったわけでもないと思いますが・・・。もうひとつ驚いたのは、りおさんが角野さんの作品を読んだことがない、ということ。それは全く予想もしない答えでした。 と言いながらも、りおさんは誰よりも角野栄子の世界観の理解者なんですよね。昨年11月にオープンした江戸川区角野栄子児童文学館(魔法の文学館)も、最初に角野さんが内装について「ピンク色のコリコの町にしたい。」と言ったら、みんな「?」となってしまったと。それを横で聞いていたりおさんが絵にして、「母が言いたいのはこういうことだと思います」と伝え、角野さんも「そう、それそれ。」となり、その絵がすべての出発点になった、と。その通じ合い方は凄いですよね。 ――もしかすると距離が空く時期もあったかもしれませんが、根っこの部分ではずっと繋がっていたんでしょうね。 宮川:その絆は想像がつかない部分があります。りおさんも児童文学作家であり、児童文学館のアートディレクターでもありますから、クリエイター同士で通じ合うものがあるんだと思いますね。

子供以上に真剣に遊んでいる

――会う前と実際にお会いして印象が変わった部分はありましたか。 宮川:初めてお会いしたとき、あまりにもチャーミングな方なので、「何故今まで誰も角野さんのドキュメンタリーを撮らなかったんだろう。実はすごく気難しい方だったりして?」とかえって心配になったのですが(笑)、実際は想像以上に素敵な方で、裏切られることはなかったです。 ――角野さんほど活躍されている方だと、作家としてもそうですし、活躍されている女性という面でもオファーがありそうですが意外です。 宮川:そうですよね。角野さんも別に出たがりというわけではないですから、たまたまそんな機会がなかっただけかもしれません。今回の密着取材は「なんだか、おもしろそう」と思って、遊びの延長のような感覚で受けてくださったのかなと思います。 ――好奇心が旺盛な方ですね。 宮川:凄くミーハーなんです(笑)。取材に伺うといつも大谷翔平選手をTVで見ていらして、「最近、ダルビッシュから乗り換えたの!」なんて大笑いされて(笑)。 ――いいですね。 宮川:流行っていると聞けば、とりあえず触れてみる方なんです。その尽きせぬ好奇心は凄いです。 ――執筆部屋にMACがあるのも驚きました。 宮川:使いこなされてますよ。メールもLINEもどんどん来ますから。 ――基本に世代を超えて通じるものがあって、そこに時代に合わせたものをプラスしている。だから、今の子供たちに支持されているんでしょうね。 宮川:ミーハーだけれども、時代に合わせようとか子供にウケようとか思っていない。私もこの4年間、角野作品を片っ端から読みましたが、「きっとこうなるんだろうな」という予想通りの展開には絶対にならない。「ええーそうなるの?」「ここからどうなっちゃうの?」が続いていくんです。角野さんは、構成がどうとかではなく、自分にとって気持ちがいいかどうか、書いていて楽しかどうかを大事に、自由に書いているから、そういう物語になるんだと思います。 ――劇中でもおっしゃられてました。 宮川:そこは、密着してよくわかりました。子供は凄く正直だから、つまらないと1ページも先に進んでくれない。角野栄子が書いた本かどうかとか、子供達には関係ないですよね。角野さんも「いつも真剣勝負です。」と。子供以上に真剣に遊んでいるんだと思います。 ――間近で角野さんの創作活動に触れ、影響を受けたことはありましたか。 宮川:「心を動かして暮らす」ということでしょうか。トンビが鳴き交わすのを見たら「何を話しているんだろう」と考え、海辺で茶碗のかけらを拾ったら「どこの誰が使っていた食器なんだろう」と想像をめぐらせる。「強いてワクワクする」という言い方をされていましたが、そういう心の持ち方は今からでもすぐに真似できますし、私もそのようでありたいと思いました。日常の何気ない出来事も、想像力によって、どんなふうにも輝かせることができる。それが角野さんのクリエイションに繋がっているんだと思います。 ――だからこそ続けられるということですね。

音楽に引っ張られるように番組が出来る

宮川:せっかくLOFTさんなので音楽の話もしていいですか。 ――ぜひ。 宮川:今回、ロンドン在住の気鋭の作曲家・藤倉大さんに音楽を担当していただいきました。藤倉さんが全編の映画音楽を担当されたのは初めてなんです。 ――作品の空気感に凄くあっていたので意外です。何作も経験されているのかと思っていました。 宮川:藤倉さんには番組を立ち上げる際、「TV番組のテーマ音楽を作っていただきたいのですが、そういう仕事に関心はありますか。」と、角野さんのインスタやインタビュー記事のリンクも添えてメールしたんです。すると藤倉さんは角野さんから即インスピレーションが湧いたらしく、なんと翌日にはデモ音源が届いたんです。それはまだ撮影が始まるか始まらないかくらいの頃で。 ――そんな初期から。 宮川:藤倉さんから届いた曲を聴いて、「私が作ろうとしているのはこういう番組なんだ。」と世界観を指し示してもらったように感じました。カメラマンにも「これがテーマ音楽です。」と聞いてもらうと、瞬時に世界観を共有出来ました。編集時に編集さんに聞いてもらった際も、「なるほど」と、すぐさまその音楽に合わせてOP映像を繋いでくださったんです。音楽に引っ張られるように番組を作っていくという、稀有な経験をできました。 ――凄い体験。 宮川:その後も藤倉さんに、「角野さんのこの作品の朗読に合う曲を」とか、「こういうインタビューに合う曲を」とかリクエストすると、瞬く間に曲が届くんです。藤倉さんは「角野さんと角野さんの作品がインスピレーションの泉になった。」と言うのですが、それにしても驚異的でした。そして作中のクライマックスともいえるルイジニョさんとの再会シーンは、映像ができあがってから、当て書きしていただいたんです。 ――だから、あれだけシーンと曲がマッチしていたんですね。 宮川:角野さんと藤倉さん、そして、ナレーションの宮﨑あおいさん、三人の天才に引っ張られてできた作品です。ぜひ音楽にも注目して観ていただきたいと思っています。

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