焼失の朝市で面影探す 活版印刷の道具 飼い猫の「チビ」…

地震に驚いて逃げ出した飼い猫「チビ」を捜す女性=17日、輪島市

 「灰とがれきだけ。何も残ってなんかない」。能登半島地震直後に大半が焼失した輪島市の「輪島朝市」。煙や熱気は数日間続いた。あたりは今、静けさに包まれる。がれきは少しずつ整理され、ところどころ冷たい地面がむき出しになっている。風が吹き抜ける焼け跡に、被災前の面影を探す地元住民たちが、一人また一人と足を運んでいた。

 周囲に広がるがれきの中に、黒く焦げた大きな機械がぽつんと残る。前にたたずみ、見つめる家族がいた。涙を拭う女性に年配の男性がそっと寄り添い、静かにカメラのシャッターを押した。活版印刷業を営んできた道端由樹さん(71)。焼け残った裁断機を見に訪れた。

 身一つで立ち上げ、子どもたちを育ててきた工房は「全てが灰になった」。大切にしてきた機械が響かせていた心地よいモーター音の代わりに、足元のがれきがかさかさと寂しい音をたてる。

 裁断機の上に置いていた、カシノキの道具を手に取った。紙をそろえる作業に使う相棒は黒く炭化したが、どっしりとした輪郭は残ったままだ。「置いたままの姿で残っていた。これだけは持っていく」

 この街に家族と暮らしていた女性(33)は、地震に驚いて逃げ出した飼い猫「チビ」の姿を捜し、毎日自宅跡に向かう。あの日、祖母の手を握り締めて後にした自宅は、今では焼け焦げた外付けの階段が残るだけ。周囲に張られた規制線の前に立つ警察官とも、すっかり顔なじみになった。声をかけ、黄色いテープをくぐり抜けて自宅跡に駆け寄った。お気に入りのおやつを持ち、「チビ、チビ」と呼びかける。がれきを踏み分け、傾いた階段の裏にしゃがみ込んだ。前日仕掛けた餌は減らなかった。「ここが更地になったら、もう家には戻ってこられないかな」。ぽつりとこぼした。

 「ここで生まれ、ここで育ってきた」。竹園保さん(78)は、あの夜、避難所から慣れ親しんだ街を包んでいく炎を見守った。「見るも無残な光景。言葉もなかった」。焼け跡に足を向けたのは2度目だ。足しげく通った漆器店の店主夫妻は、まだ消息が分からない。

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