妻の“深刻なうつ病”で転勤命令断った男性、懲戒解雇になるも裁判所が「840万円支払え」と会社側に命じた顛末

妻の主治医は「現状維持が必須」と診断していたが、それでも会社は転勤を命じた…(koumaru / PIXTA)

転勤命令を断ったら解雇された事件を解説します。(弁護士・林 孝匡)

要約すると以下のとおりです。

会社
「異動してください」

Xさん
「できません。妻がうつ病で自殺未遂をしたりする状況なんです」

会社
「懲戒解雇します」

ーーー 裁判所さん、ご判断を。

裁判所
「異動命令は無効。解雇も無効。840万円払え」

(国立研究開発法人国立循環器病研究センター事件:大阪地裁 H30.3.7)

以下、わかりやすく解説します。

※ 争いを簡略化した上で本質を損なわないよう一部フランクな会話に変換しています

当事者

■ 会社
国立研究開発法人国立循環器病研究センター

■ Xさん
・医療係長
・勤続およそ20年

事件の概要

▼ 人事異動命令
平成28年2月のことです。会社は、Xさんに対して「4月から独立行政法人国立病院機構へ異動してくれないか」と打診しました。

ーーー 応じましたか?

Xさん
「いえ、断りました。妻が強迫性障害、パニック障害、うつ状態にあり、異動することで病状が悪化するおそれがあったからです...」

ーーー 会社は納得してくれましたか?

Xさん
「いえ...。人事異動の命令が出されました」

ーーー 命令が出されるまでに何度か会社から打診があったようですが、奥さまのメンタルは大丈夫でしたか?

Xさん
「異動の話になったとき、妻がパニック状態となってドアノブにひもをかけて首を吊ろうとしたこともありました...」

▼ 着任せず
4月になりましたが、Xさんは異動先に着任しませんでした。

▼ 懲戒解雇へ
すると会社はXさんに対して「懲戒手続きを開始する。自宅待機せよ」と命じました。その後、会社は「辞職願を出すのであれば諭旨解雇(ゆしかいこ:懲戒解雇をワンランクマイルドにした解雇。温情で退職金が出るケースが多いです)とするが、辞職願を出さなければ懲戒解雇する」と伝えました。

Xさんは退職願を出さなかったので懲戒解雇されました。こんな解雇に納得できないXさんは、解雇無効を求めて提訴しました。

ジャッジ

弁護士JP編集部

裁判所
「解雇は無効」
「バックペイ約840万円払え」
「もらえたはずのボーナスも払え」
夏のボーナス 約79万円×2回
冬のボーナス 約83万円×2回

ーーー バックペイ、強烈ですね。ていうかバックペイって何ですか?

過去にさかのぼって給料がもらえることです。具体的には【解雇された日から → 訴訟になって → 判決が確定する日までの給料】のことです(民法536条2項)。

今回のケースでは裁判が1年9か月ほど続いたので、その分の給料支払いを命じました。働いてないけどもらえます。

ーーー 転職してしまった場合は、どうなるんでしょうか?

転職したとしても6割の給料をもらえます。ただし「元職場に戻る意思がある」と認定できる期間分だけです。裁判官が「もう戻るつもりないよね」と認定した時点以降はもらえません。

▼ 解雇は無効と判断された理由
カンタンにいうと、この人事異動命令が「転籍命令」だと認定されたからです。転籍って、今の会社を辞めて他の会社に就職することなんです。転籍させるにはXさんの同意が必要です。

なのに、会社はXさんの同意を得ずに転籍命令を出しており、裁判所に「それに従わないから解雇? けしからん! 違法!」と判断されました。

▼ 出向や転勤の場合は?
出向命令や転勤命令と認定された場合でも、なんでもかんでも許されるわけではありません。

権利濫用と判断されれば無効になります。出向については労働契約法14条に規定があります。転勤命令については最高裁が下記のように言ってます。

・業務上の必要性がない場合
・業務上の必要性があったとしても、不当な動機・目的で転勤命令が発令されたとき
・労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
(東亜ペイント事件:最高裁 S61.7.14)

ーーー 今回のケース、もし転籍ではなく、Xさんの同意が不要な出向と認定したとしても、異動命令は無効ですか?

裁判所
「無効ですね。権利を濫用しているからです。理由は以下のとおりです」

・Xさんの妻の病状は相当に深刻だった
・日常生活においても大きな支障が生じていた
・自殺未遂をも引き起こしていた
・異動命令に従った場合、重大な事態を引き起こすおそれがあった
・主治医も「治療環境としては現在の状況を維持することが必須」との診断書を書いている
・Xさんが不当な目的で異動命令を拒否しているとはいえない
・Xさんを異動させる高度な必要性はない

というわけで、異動命令は無効となり、解雇も無効となりました。

ほかの裁判例

■ 部署異動命令がOKとなったケース
裁判所は「この配転命令は嫌がらせじゃないのでOK」と判断。詳しくはコチラ。

「嫌がらせだ!」50代管理職が異動先の“単純作業”に納得できず提訴も… 裁判所が「慰謝料400万円」認めなかったワケ

■ 職種限定の合意があったケース
裁判所は「職の変更は社員さんへの不利益がデカすぎる。職種の変更命令は無効」と判断。詳しくはコチラ。

会社が現職“廃止”社員への「別職種」“配転”命令が違法となったワケ 裁判所はどう判断した?

最後に

転勤命令が無効となるケースとして、最高裁は「労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」を挙げています。

現在はリモートワークが可能となっているので、育児をする必要があったり家族を介護する必要があったりする場合には、転勤命令が無効となるハードルは下がっていると思います。

■ 相談するところ
会社から理不尽な転勤命令が出されそうな方がいれば労働局に申し入れてみましょう(相談無料・解決依頼も無料)。

労働局からの呼び出しを会社が無視することもあるので、そんな時は社外の労働組合か弁護士に相談しましょう。

今回は以上です。これからも労働関係の知恵をお届けします。またお会いしましょう!

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