『平和をつくる方法 ふつうの人たちのすごい戦略』――研究者であり活動家の著者が説く、世界の紛争地における地域に根差した解決のアプローチとは

昨年12月、柏書房から出版された『平和をつくる方法 ふつうの人たちのすごい戦略』の表紙と、著者で米コロンビア大学の政治学の教授、セヴリーヌ・オトセール氏

SDGsの目標達成年である2030年まで、残された年月は7年を切った。今のペースでいくと、極度の貧困と飢餓に終止符を打つことをはじめとする17の目標のうち世界レベルで達成される目標はないことが指摘されているが、ウクライナやパレスチナのような現実を前に、17目標すべての前提ともなる16番目の目標「平和と公正をすべての人に」が実現する日は来るのだろうか……と危惧する人は多いのではないだろうか。

そんな人類にとって根源的とも言える問いに対し、20年にわたってコンゴやアフガニスタン、コソボなど国際紛争の現場に立ってきた経験から、建設的なアプローチを試みた本が昨年12月に邦訳された。平和構築の研究者であり活動家でもある、米コロンビア大学の政治学の教授、セヴリーヌ・オトセール氏による『平和をつくる方法 ふつうの人たちのすごい戦略(原題:THE FRONTLINES OF PEACE AN INSIDER’S GUIDE TO CHANGING THE WORLD)』(柏書房)だ。

〈平和のために世界中で日々効果的に闘っている人たちの知られざるストーリー〉に光を当てた本書に込められたメッセージを伝えたい。(廣末智子)

地元の人々を“運転席に座らせる”のがどれだけ大切か

本書のタイトルが示す「平和をどうつくるのか」というシンプルな問い。その答えが実は難解であることは誰しもがうなずくだろう。直近でもウクライナや中東での戦禍は解決の糸口が見えない。著者のオトセール氏はこの大きな課題に独自の姿勢でアプローチしており、これが本書のメッセージを強い内容に昇華させている。

国際的な平和活動といえば、通常は国連の平和維持活動関係者やNGOの職員、外交官や政治家らが活動の中心となるが、オトセール氏はこうした世界の紛争地域を飛び回る“アウトサイダー”が主導権を握り、トップダウンで戦争を終結させようとする従来の方法に異を唱える。そうではなく、〈トップダウンと同時にボトムアップでも平和を構築することがいかに効果的か、地元の人々を運転席に座らせるのがどれだけ大切か〉という立場から、本書では地域コミュニティの潜在能力を活用することに焦点を合わせた支援の重要性を、著者自身が紛争地で見聞きした幾つもの実例を通して訴える。

その経験に基づいた主張には、2011年のノーベル平和賞受賞者で、2002年に「リベリア人女性による平和大衆行動」と呼ばれる草の根の運動を組織し、リベリアの内戦終結に貢献したことで知られるリーマ・ボウイー氏も賛意を示す。6ページからなる序文を寄せ、冒頭には〈普通の人たちが暴力へうまく対抗した話を語る本書を読んでいると、『希望』という言葉が繰り返し頭に浮かんだ。わたし自身の旅を思い出させてくれたからだ〉とつづるほどだ。

紛争地の主体的な努力と活動家の支援がかみ合ってこそ

本書の主要なエピソードを紹介する。
例えば、2000年代に入って国連が最大級の平和活動を展開しているにもかかわらず、世界最悪レベルの人道危機を引き起こしていたコンゴ。ここでは、草の根の非営利組織が、時間をかけて、あくまで住民主導のアプローチを行った結果、コミュニティに捉えがたいほどの、大きな変化が生まれていた。

その手法とは、住民たちが自分たちの直面する紛争を分析し、暴力の原因について合意を形成するための議論を1年以上にわたって重ね、その上で、平和と繁栄を築く計画を住民自身がつくり、徐々に実行に移していく――というものだ。

第一段階では非営利組織の活動家たちが資金を集め、貧困緩和を目的とする事業への少額融資を提供。これを基に住民たちはレンガ製造工場を始めたり、ドーナツを焼いたり、キャッサバ粉を精製したり、ヤギを繁殖させたりする事業を始め、十分な収入を得てローンを返済できるようになった。

住民が返済したお金は共同資金に回し、地域には飲料水用の蛇口が取り付けられ、学校に屋根ができた。教師には民族間の緊張を抑える方法を学ぶための研修を行い、首長を説得して、場所を追われて村へ逃げてきた人たちに土地を分け与え、農業で暮らしを立てられるようにした。

そのおかげで、住民たちはみんな、前よりも健康になった。あからさまな栄養不足の兆候は見られず、雨漏りする屋根のせいで肺炎にかかることもない。衛生状態が良くなり、歩き方まで変わったという。

ここで大事なのは、最初の資金を提供した活動家たちは定期的に住民と対話の場を設けてフィードバックをもらい、発生した問題に対処し続けたこと。アウトサイダーの支援と、紛争地の人々の主体的な努力がうまくかみ合ってこそ、平和は長続きする。それこそが、著者の、〈大統領同士の握手や書類上での和平合意、政府と反政府リーダーの話し合いに焦点を合わせるのではなく、本書では現場に変化をもたらす具体的な日々の行動を取り上げる〉とするゆえんであり、一番言いたいこともそこにある。

コンゴではこの10年間、武装組織が結成されたり再編されたりしてきたが、上記のアプローチが行われた地域では、一人も戦闘に従事したり、復帰したりしていない。

イスラエル人とパレスチナ人は実際にうまく共生できる

本書ではさらに、コンゴとルワンダの国境近くにあるイジュウィ島や、ソマリア連邦の北西部にあるソマリランド、暴力がはびこる南米コロンビアのジャングルの中にある平和地区などでの〈一つひとつの平和〉が詳しく語られる。そのなかで、〈トップダウンの恩恵と限界がとてもよく分かる〉例として挙げているのが、イスラエルとパレスチナだ。

本書が米国で発行されたのは2022年だが、その時点で、著者は〈1967年以来、世界の指導者たちがイスラエルとパレスチナを和解させようと12回にわたって正式に試みてきたけれど、どれもうまくいかなかった。過去12年間だけでこの紛争によって4000人近くの命が奪われた。その95%がパレスチナ人だ〉と指摘。このうえで、ワハト・アッサラーム/ネぺシャローム(それぞれアラビア語とへブライ語で“平和のオアシス”を意味する)という、2つの国籍、言語、文化が共存する村があることを紹介する。

村はエルサレムとテルアビブの中間にあり、著者が訪れた2018年にはイスラエルのユダヤ人と、イスラム教徒とキリスト教徒のパレスチナ人からなる300人を超える住民が平和的に生活していた。村の運営や進行中の再開発などを巡っていろいろな緊張はあるが、そのために住民が対立することはない。すべては対話、議論、討論、妥協、投票で解決され、イスラエルのユダヤ人とパレスチナ人が実際にうまく共生できることを示している。ここは単なるユートピアではないはずだ。

マクロとミクロの取り組みの組み合わせによってのみ持続可能な平和は築ける

地球上のいたるところに平和地区は見つけられると著者は言う。しかし、それぞれの村や地域のなかでも伝統的な権威構造による意見の相違や分断はあり、コンゴでは特定の民族に対する、ソマリランドでは女性に対する激しい差別が続いている。そしてもちろん、個々の地域での成功が国の平和へ自動的につながることはない。

〈国家建設も平和構築も、長く続く安定を実現させるのは、木のてっぺんと草の根の両方から進めた時だけ〉
〈暴力に立ち向かうには、ローカルな取り組みに加えて、トップダウンのアプローチも切実に必要だ。マクロレベルとミクロレベルの取り組みを組み合わせることによってのみ、持続可能な平和を築ける〉

本書は、中高生や大学生向けの教材としても書かれており、章ごとの概要をまとめた、教員向けの授業の手引きも付けられている。参考資料となる多数のホームページのURLも多数、掲載。ピース・ダイレクトとアライアンス・フォー・ピースビルディングによるプロジェクトのウェブサイトには世界中の2300を超える平和構造組織が地図上に示され、関心のある国をクリックすれば、現地の平和構造組織について読むことができる。

書名:『平和をつくる方法 ふつうの人たちのすごい戦略』
著者:セヴリーヌ・オトセール、山田 文(訳)
定価:本体2600円+税 四六判上製349ページ
出版社:柏書房

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