障害者への虐待、ちょっと多すぎない?福祉施設では高齢者の7倍超の計算に…根底に「自分とは違うから」という差別意識か

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 厚生労働省は昨年12月、2022年度の障害者虐待と高齢者虐待の状況をそれぞれ発表した。福祉施設での虐待被害を見ると、利用者自体は高齢者のほうが障害者より圧倒的に多いのに、虐待件数では逆転していた。単純に計算すると、障害者のほうが7倍以上も被害に遭っていることになる。なぜなのだろうか。調べてみると、さまざまな要因が絡んでいることが分かったが、一つの根本的な原因が浮かび上がってくる。(共同通信=市川亨)

障害者虐待(左)と高齢者虐待(右)の状況に関する厚生労働省のプレスリリース

 ▽家族による虐待は高齢者のほうが多い
 高齢者と障害者どちらについても、虐待を発見した人は誰でも市町村に通報する義務や努力義務が法律で定められていて、厚労省が毎年度の状況を発表することになっている。
 厚労省の発表を見てみると障害者、高齢者とも「家族(養護者)による虐待」と「施設職員による虐待」の二つに大別される。いずれも、近年は意識の高まりもあって通報件数が増えている。
 家族による虐待では、高齢者は1年間に約3万8300件の通報があり、自治体が虐待と認定したのは約1万6700件。障害者は通報が約8700件で、認定は約2100件。通報、認定とも高齢者のほうが圧倒的に多いが、これは過去10年間、同じ傾向だ。
 人口を単純に比べると高齢者は約3600万人、障害者は約1200万人なので、虐待件数も高齢者のほうが多いのは自然なことかもしれない。ただ、人口比以上に、家族による虐待は高齢者のほうが障害者よりも多い。

 ▽施設での頻度は以前から障害者が数倍上
 一方、介護・福祉サービスの事業所や施設での虐待では、この傾向が逆転する。高齢者の通報件数は約2800件、認定は約860件だが、障害者は通報が約4100件、認定が約960件と、どちらも高齢者を上回る。
 サービス利用者数は人口と同じく、高齢者のほうが多い。厚労省によると、介護サービス(介護予防を含む)を利用する高齢者は約650万人、障害福祉サービスの利用者は約100万人だ。
 施設での虐待を認定件数で比較すると、障害者のほうが7倍以上の頻度で被害に遭っている計算となる。
 施設での虐待件数で障害者が高齢者を逆転するのは、2022年度が初めてだったわけではない。2020年度もそうだったし、ほかの年度でもそこまで大きな差はない。つまり、施設では障害者のほうが高齢者より数倍、虐待を受ける傾向がずっと続いていることになる。

 ▽職員がちゃんと通報しているのはどっち?
 ただ、高齢者施設での虐待が単に表面化していないだけかもしれない。障害者施設のほうが関係者が積極的に通報していれば、当然それだけ認定件数も増える。
 実は法律を詳しく見ると、障害者虐待は通報が完全に義務化されているが、高齢者では「努力義務」にとどめている条文もある。その点では、障害者のほうが通報義務が強いといえる。そのためかどうかは分からないが、厚労省のデータでは、虐待の程度が軽いうちに通報している割合は障害者のほうが高い。
 一方、通報者の内訳を見てみると、施設の職員(元職を含む)や利用者家族が占める割合は高齢者のほうが高い。「本当の虐待件数に対し、どれだけ通報されているか」は調べようがないが、通報者の内訳から推測すると、高齢者のほうが周囲の人間がより通報しているのかもしれない。

厚生労働省=2023年12月

 ▽自治体の認定割合は高齢者のほうが高い
 もう一つの要因として、自治体の調査能力も関わってくる。実際は虐待があったのに、自治体が認定しなければ、見た目では件数が減るからだ。
 これも「本当の虐待件数」は調べようがないが、通報件数に対する認定割合を比べると、高齢者のほうが高い。つまり、「実際の高齢者虐待はもっとあるのに、自治体が認定しないため見かけ上、障害者よりも少なくなっている」という可能性はあまりなさそうだ。むしろ障害者虐待のほうが、自治体の認定に至っていないケースが多い可能性がある。

日本社会事業大学の曽根直樹教授(本人提供)

 ▽根底に知的障害への差別意識か
 障害者施設での虐待が高齢者よりも多くなっている原因の一つとして、日本社会事業大学の曽根直樹教授は、被害者の約7割が知的障害者であることを指摘する。「厚労省のデータからは、重い知的障害の人ほど被害を受けやすいことが見て取れる。本人が言い返せない、被害を伝えられないということが背景にあるだろう」
 曽根教授は職員側の意識にも言及する。「知的障害のある人に対し『どうせ分からない』とか『言っても理解できないから、体で覚えさせたほうがいい』という意識がまだあるのだと思う」
 ただ、高齢者でも認知症の人は今や600万人超いると推計される。認知症の人も虐待を受けるリスクは高い。だが、身体的に弱っている人も多いため、行動障害がある現役世代の知的障害者に比べると、施設の職員に与えるストレスは相対的に小さいと思われる。
 職員の意識としても、高齢者や認知症の人に対しては「自分もいつかはこうなる」という共感を持ちやすい。知的障害の人を見て「自分もこうなるかも」と思う人は少ないだろう。「自分とは違う」という差別意識が根底にあるといえそうだ。

 ▽取材を終えて
 障害者施設の現場を取材していると、「自分は絶対、虐待なんてしない」とは思えない。激しい行動障害がある人の支援をしていれば、職員がけがをするのは日常茶飯事。人手不足や人間関係の悪さなどが重なり、精神的にしんどくなれば、誰だって言動が荒れるだろう。
 軽微な段階で職員が「やってしまった」ということを周りに相談でき、早期に虐待の芽を摘んでいく職場環境やトップの理念が必要だと思う。

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