女子マラソン前田穂南が見せた驚異のネガティブスプリット、歴代日本記録保持者と比較

Ⓒゲッティイメージズ

後半ペースアップの「ネガティブスプリット」で19年ぶり日本新記録

止まっていた日本女子マラソンの歴史が動き出した。1月28日に行われた大阪国際女子マラソンで、前田穂南(天満屋)が2時間18分59秒の日本新記録、アジア新記録をマークした。従来の日本記録は2005年に野口みずきがベルリンマラソンでマークした2時間19分12秒で、19年ぶりの日本記録更新となった。

前田がペースを上げたのは中間点を過ぎてから。松田瑞生(ダイハツ)、佐藤早也伽(積水化学)を引き離したペースアップだった。

今回の前田の日本記録更新は、まさに後半の速さが際立っている。

前田の中間点の通過タイムは1時間9分46秒で、後半の21.0975キロを1時間9分13秒でカバーしている。つまり、スタミナが切れていくはずの後半の方が速いタイムになっている。この後半の方が速い場合を「ネガティブスプリット」と呼ぶが、今回がまさにそうだった。

世界で戦ったり、好記録を出したりするためには、ネガティブスプリットが必要と言われて久しいが、日本の女子マラソン界ではなかなか難しいのが現状だった。

三つ前までの日本記録(2001年ベルリンの高橋尚子、04年ベルリンの渋井陽子、05年ベルリンの野口)と今回の前田の記録を比較してみた(表を参照)。渋井と高橋の正確な中間点のタイムは分からないが、20キロからの5キロのペースがイーブンだったと仮定して算出した。

その仮定の中間点通過タイムを見ると、一時代を築いた過去の日本記録保持者も、日本記録マーク時は後半の方が遅かったと思われる。逆に言えば、今回の前田はそれだけ「強い」と言える走りだったのだ。

日本新でも優勝できない現実、昨年の世界ランクでは17位相当

一方で、現実を突きつけられた点もある。前田がこれだけの好記録を出しても優勝できなかったことだ。

過去、日本記録更新の際はほとんどがその大会での優勝だった。日本記録を塗り替えながら優勝できなかったのは1991年の大阪国際女子マラソンで2時間28分1秒をマークした有森裕子が2位だった時以来だ。

世界との力の差を見ると、現在の世界記録はアセファ(エチオピア)の2時間11分53秒で、前田の記録より7分6秒も速い。この世界記録はあまりにも突出していて比較対象にふさわしくないかもしれないが、例えば2023年の世界ランキングで見れば、前田の記録は17位相当にしかならない。日本新に浮かれている状況でないのは間違いない。

パリ五輪最後の1枠争いでは前田が大きくリード

パリ五輪の代表争いに目を向けると、前田が大きく代表の座に近づいたと言える。

昨年10月のMGCで代表3枠のうち2枠が決定。MGCファイナルチャレンジ(大阪国際女子、名古屋ウィメンズ)で2時間21分41秒の設定記録を上回る選手がいなかった場合はMGC3位の細田あい(エディオン)が3枠目に決まることになっていたが、前田が設定記録を上回ったため、現時点では前田が3枠目の位置にいる。

残る選考レースは3月の名古屋ウィメンズのみ。ここで、前田の日本記録を上回るタイムの選手がいれば、その中で日本最上位の選手が最後の1枠の代表となる。誰もいなければ、前田が五輪代表となる。

名古屋にはMGC3位の細田や、東京五輪代表の鈴木亜由子(日本郵政グループ)らが出場するだろう。パリの切符をかけた最後の戦いが熱くなることは確実だ。



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