中小企業のDX戦略には何が必要なのか

DX化に取り組めない中小企業は全体の7割

2023年に中小企業基盤整備機構が全国1000社に行った「中小企業のDX推進に関する調査」(調査期間は2023年7月28日から8月1日)によると、「(DXを)理解している」「ある程度理解している」と答えた企業は49.1%。半分近くの企業がDXに理解を示している。さらにDXが「必要だと思う」「ある程度必要だと思う」と答えた企業が71.9%と大多数の会社が答えている。

DXに期待する成果・効果についてはどうだろうか。アンケートの上位を見ると「業務の効率化」が64.0%と最も多く、「コストの削減」(50.5%)、「データに基づく意思決定」(31.0%)と続いている。

500社以上の中小企業のIT導入やDX推進支援に取り組んできたIT経営ワークス代表取締役の本間卓哉氏は次のように語る。

「これまでの経営の在り方に危機感を持ち始めている中小企業の経営者は多くなっている。人の問題が大きな引き金になっていると思います。例えば長年勤めていた経理担当の人がいなくなってしまったが、仕事が属人化しているせいで、ほかの人では代替できなくなってしまったケースなどがある。経営者側はなんとか属人化をなくしたいと考え、仕組み化をする、システムを入れたいと思うようになるわけです」

ここで再びアンケートに戻ってみよう。DXについて「既に取り組んでいる」と答えた企業はわずかに14.6%、「取り組みを検討している」と答えた企業を合わせても31.2%とわずか3分の1しかない。

さらに「必要だと思うが取り組めていない」と答えた企業は31.6%、「取り組む予定はない」と答えた企業が37.2%もある。

つまり全体の68.8%の中小企業はDXに取り組めていないと回答している。

中小企業のDX化が進まない要因としては『人』『知識』『お金』の3つがあげられる。

日本の企業は長い間、システムの開発は業務システムやOA機器の営業担当者から提案されたシステム機器を言われるがままに導入し、古くなったら交換するということを繰り返してきた。

しかもシステムの管理は外部のベンダー任せ。社内でITに詳しい人材を育成してこなかったし、社内にも知識が蓄積されてこなかった。しかしローコードやノーコード、クラウドなどITの技術が身近なものになってくると、社内でのIT活用は重要な課題となる。

ところが今となってしまっては、IT人材は空前の人手不足に見舞われ人件費は高騰している。中小企業が優秀なIT人材を獲得しようとしても資金力の豊富な大手には太刀打ちできない。

ではどうすればいいのか。

「中小企業は自前のIT人材を集めるより、外部の人材を有効に活用することが重要だと思います」(同)

DXはコストではなく稼ぐ力をつけるための取り組み

DXを推進していくためには経営者の意識改革も重要だ。

「多くの中小企業の経営者はIT導入のために発生する費用を単なる『コスト』だと考えている。業務の効率アップのためにITツールの月額使用料がかかるなら、現状のままでもいいと考えてしまうことが多いのです。こうした発想をまず変えていかなければなりません」(同)

では経営者はどう発想を変えていけばいいのだろうか。

「何のためにDXに取り組むのかというと、従業員の仕事を楽にするためにやっているわけではなく、企業の経営者がもっと稼ぎたいという思いがあるからです。稼ぐ力をつけるための取り組みという意識を持つことが大切です」(同)

ここで重要なのは業務フローを数値化、定量化するということだ。これによってDXが「コスト」ではなく儲けるための「投資」であるかどうかが、はっきりと見えてくるからだ。

この時特に注意してみなければならないのが一人あたりのIT投資をどのくらいかけるのか、という点だ。

例えば40人の会社で経費精算に一人30分かかっていたとしよう。経費精算システムを導入して、その作業時間を10分でできるようにしたら、全社で800分、約13時間の節約になる。

正社員の時給を3000円だとすると、時給換算で約4万円、経費精算システムは一人当たり月500円程度で利用できるから導入費用は2万円。すでに得をしている計算になる。

そうした時間を削れれば残業代などの人件費が減り、いちいち紙に印刷する機会も減るので消耗品費も減る。浮いた時間で新しい取り組みをすれば売り上げアップも期待できるというわけだ。

「DXの過程で発生する社内インフラの整備やITツールの導入にかかる費用は、売り上げや利益を上げていくための『投資』です。経営者にはITツールの導入が『コスト』ではなく『投資』だという意識をぜひ持っていただきたい」(同)

DXを進めるには明確なビジョンと強力なリーダーシップが必要

では実際にDXを進めていくためにはどのようなことが必要なのでしょうか。

「ひとくちにDXといっても企業によって求められているものは違います。そのためにはDXによって何を実現したいのか、ビジョンをしっかりと定め、トップ自ら『組織を挙げて取り組むんだ』という強い意志を示し、それをしっかりと発信することです」(同)

このとき注意しなければならないのは「知り合いの社長がいいといっていたから」といった安易な理由でITツールを導入してしまうようなケースだ。その会社に必要なものであっても、自分の会社に本当に必要なものであるかどうかは、別の話だからだ。

あくまでも自分の会社が抱える課題がどのようなものなのかをしっかりとロードマップを敷いて検証しなければITツールの導入は宝の持ち腐れとなってしまうおそれがある。

「ある程度の規模の会社は、業務フローについての規定をつくっているのですが、いざ現場にいってみてみると、その通りになっていないことが圧倒的に多いのです。業務フローがきちんと把握できなければDX化を進めても、自分たちの業務にマッチしたDXなのかどうかはわかりません。場合によっては経営効率が逆に悪くなってしまう恐れもあります。業務フローを理解するためにはまず目で見てわかるように可視化することが重要です」(同)

業務フローを整理するためには「従業員」と「顧客」という2つの軸で業務を整理する。

「従業員」軸には「採用管理」「労務管理」「勤怠管理」「経費管理」などに区分してそのフローを図にまとめ、各部門の中身を詳細に書き出していく。

同時にグループウエアやインフラなども整理する。グループウエアとは、チャットやweb会議、クラウドストレージなどさまざまな業務効率を上げるためのツールで、インフラは資産管理、セキュリティ対策、通信機械、共用サーバーなどだ。

一方で「顧客」軸は、顧客と接点を持って売り上げが立つまでの流れを指し、「名刺管理」や見込み客から受注を得るまでの「営業管理」などを可視化する。

「『従業員』軸では採用から会計までの間をきちんと管理できているのか、ということが問題となります。人事部で採用情報を管理し、採用された社員は配属された各部署などで業務管理されるわけですが、部門や部署が違うと扱っているシステムが違っていたりすることがあります。そのときシステムごとにデータ連携できていないと、採用から会計までの流れを可視化できません。『顧客』軸については名刺交換やホームページからの問い合わせなどきちんと一元管理できているのかが問題となります」(同)

「顧客」軸は「従業員」軸に比べ、流れがわかりやすいので業務フローを認識している企業は多いが、部門ごとに異なるレガシーシステムが存在しているなど、全体像を把握している人がいないようなケースもある。

こうした業務フローの可視化によってボトルネックになっている個所を見つけ出し、どうなったら理想的かを考えていく。

たとえば現在のシステムでは紙しか出力できず、印刷したあとに、スキャンしてPDFを保存しているとしよう。これを変えていくには最初からデータを保存できる状態にすることが理想だ。

別々の部門で同じ動作が発生しているような場合は二つのシステムのデータを連携できるような状態にすることが目標となる。

ITツールは会計から逆算する

取り組むべき課題が明確になったらITツールの選定に入る。ITツールの導入にあったって本間氏は「会計から逆算する」ことを提唱している。

「従業員の業務フローでも顧客の業務フローでも必ず最終的に会計に行き着くからです。今使っている会計システムから逆算していって、どのような流れになっているのかということを見ていくと、そこに必要なシステムというものが見えてきます」(同)

例えば経費精算システムの導入について見てみることにしよう。ある中小企業が経費精算ソフトを導入するにあたって自社の業務フローを見える化したところ旅費精算する場合には、①領収書の内容をエクセルの経費精算書ファイルに入力②精算書を印刷し、上長に提出③上長の承認④精算書と領収書を経理担当者に提出⑤経理部門の精算書の内容の確認⑥会計ソフトにデータ入力と――6つの工程で処理されていたことが分かった。

これを「会計から逆算」してみると、⑥で入力業務の無駄が発生していることがわかる。エクセルに経費を導入しているにもかかわらず紙にいったん落としているため、経理担当者が同じデータを会計ソフトに再入力しなければならなくなっている。しかも精算書は紙に印刷するため社員は会社に出社しなければ旅費精算ができない。会計担当者にも社員にも余計な労力を使わせていることがここからわかるだろう。

この会社は⑥を省力化するために会計ソフトと経費精算データを連携させ、①②③を効率的に行うために外出先から申請・承認できるようにした。

ただここで中小企業がDXを進めていく場合に注意しなければならないのは、優先度の高いものから対応していくということだ。

「いきなり何でもできるわけではないですから優先度の高いものからやっていく必要があると思います。本当に業務をシステム化した方がいいのか、どうかも検討する。現場が、『この問題はたいへんだからシステム化した方がいい』といっていても、実際には割に合わないということもあります」(同)

ポイントはまず機能性の要件が合うかどうか、そして2つ目は使い勝手、テスト導入してみて現場が使えるかどうかだ。既存の基幹システムとうまく機能するかという点も重要だ。

データの連携、データの蓄積という点にも目を配らなければならない。データ連携ではCSV連携(テキストベースのデータ形式で、異なるソフトウェア間でデータを共有するための方法)、API連携(異なるソフトウェアシステム間でデータや機能を共有するためにAPI(Application Programming Interface)を使用する方法)、RPA活用(ソフトウェアロボットを使用して、人間が行うルーチンな業務プロセスを自動化する方法)の3つの方法がある。最近の会計ソフトには銀行口座や預金データやクレジットカードとのAPI連携機能が搭載されているものも多いので、これらもうまく活用したいところだ。

そしてデータを蓄積することでデータに基づく経営(データドリブン)が可能になる。経験や勘に頼った企業経営からデータに基づく企業経営に変えていくことで、より迅速な意思決定を進めていくことができるのではないか。

DX化を進めていくためにはチーム作りも欠かせない。

「DXというのは単発で何かをやって終わるという話ではない。全社一丸となって進めていけるような横ぐしを刺したようなチームをつくることが必要です。求めているものは全社最適であって部分最適ではないのです。ただチームを作ればいいというのではなく、そこに権限がないと意味はありません」(同)

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