【世紀のモグラ戦争2024】コウベモグラ、溶岩帯の箱根にぶつかって引き続き足踏み状態。関東上陸の可能性を専門家が示唆

「モグラ戦争」って聞いたこと、ありますか?音も煙もないけれど、実はいまこの瞬間も、私たちの暮らす地面の下で、モグラたちの戦争が続いているんだそうです。シリーズ累計500万部突破『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)の監修でも知られる動物学者の今泉忠明先生に、モグラのふしぎでおもしろい暮らしぶりを聞いてきました!

日本に暮らすモグラは7種類。世界でも珍しいモグラ大国

日本には、大きくわけて7種類のモグラが生息しています。

いちばん原始的なのがヒメヒミズ。おそらく60万年以上前に大陸から日本にやってきたものらしい。

このヒメヒミズは、富士山の溶岩帯なんかに住んでいます。土のないところに暮らすモグラって、珍しいでしょう?ふつう、モグラは土がないと生きていけないのですが、原始的なモグラは岩の隙間にもぐって暮らしているんです。モグラだけど穴も掘らない。おもしろいね。

その10万年以上後にやってきたのが、ヒミズ。

ヒミズの由来は「日を見ず」。モグラは地中で暮らしているから、お日さまの光を見ないってことですね。

それから次に、もうちょっと進化したモグラがやってきますよ。ミズラモグラです。

昔の人の絵で、左右の髪の毛を結って耳のあたりでキュッと八の字に結んだ髪型を見たことがあるでしょう?聖徳太子がしているヘアスタイル。あれが角髪(ミズラ)で、ミズラモグラの名前の由来です。このミズラモグラは大珍品。出会えたら超ラッキーなモグラです。

モグラ戦争の主役たち登場。やってきたのは10〜12万年前

さあ、4番目に入ってきたのが、モグラ戦争の主役の片方であるアズマモグラ。やってきたのは、今から10〜12万年前くらい。

現在、主に関東以北に生息しています。アズマモグラは体長10cmくらい。モグラは日本に入ってきた順番に、少しずつ大きくなっています。

そして最後に日本に渡ってきたのが、関西中心になわばりを持つコウベモグラ。2万年くらい前にやってきました。

このモグラは、コッペパンサイズ。アズマモグラより一回り大きくて、やわらかな土を好みます。

このほかに、新潟平野だけに住むエチゴモグラ、佐渡島に暮らすサドモグラの2種を加えて、日本に生息するモグラは7種類。世界でもこれだけ多くのモグラが暮らす国って珍しいんです。体の形も違うし、住んでいる場所も違う。おもしろいでしょ。

モグラを調べると、日本の成り立ちがわかる

7種のモグラはそれぞれ大陸からやってきました。海があるのに、どうやって渡ってきたのか不思議に思うかもしれませんね。

モグラは実は泳ぎも得意なんだけど、泳いで渡ってきたわけではありません。モグラがやってくるのは、いつも日本列島と大陸が陸続きになるタイミングなんです。

たとえばコウベモグラがやってきた2万年前は、ウルム氷河期。氷河が発達すると海の水が減ります。ウルム氷河期には、海面が180mも下がったそう。それで北海道にはマンモスやヒグマ、オオカミが入ってきたし、南からは対馬列島を経由して、コウベモグラが入ってきたわけ。

縄文人も南から入って、日本列島に広まっていったと言われていますね。モグラも同じですよ。

モグラ1匹の縄張りはだいたい直径300mくらい。子どもが巣立つと、お母さんの縄張りから出て、自分の巣を作ります。

そうやって、少しずつモグラの縄張りは東へ東へと拡大していって、進化した大きなモグラが、それまで住んでいた小さなモグラを追いやってきたんです。

だから、実はモグラの研究は、日本列島の歴史を調べるのにも役立ちます。モグラは飛ばないし、ふつうは泳がないし、土がないと巣を掘れない。地質を調べると、どのもぐらがいつ頃日本に来たか、そのとき日本列島はどんな環境だったかが見えてくるわけです。

箱根でモグラ2大勢力が激突!

日本にいる7種類のモグラのなかで2大勢力といえば、アズマモグラとコウベモグラですが、その2種類のモグラの陣地の境目があるのが、箱根の北側あたり。

コウベモグラが縄張りを広げてきた様子がまるで陣取り合戦のようなので、「モグラ戦争」と言っているというわけ(笑)。

では、なぜ箱根がモグラ戦争の最前線なのかといえば、やっぱりそこには理由があります。箱根は昔から「天下の険」と言われ、箱根越えは東海道最大の難所でした。

それはモグラにとっても同じ。なぜかといえば箱根は大噴火によって厚く溶岩が堆積しているから。

土がないところでは、モグラはトンネルを掘れません。とくにコウベモグラは体が大きい分、たくさんのミミズを食べないと生きていけない。かたい土を掘ると力をいっぱい使うから、もっとミミズを食べないといけない。だから、コウベモグラはやわらかい土が好きなんです。

溶岩帯の箱根にぶつかって、コウベモグラ軍の進軍は足踏み状態が続いています。豊臣秀吉も小田原城攻略に苦戦したけれど、あれも箱根が自然の要塞だからですよね。

モグラを調べていると、人間のやってることと、モグラのやってることって同じだなぁ、と思います。

あと50年で、コウベモグラが関東に!?

ただ、あと50年もすれば、西軍のコウベモグラが関東に現れるのではないか、と予測しています。箱根から相模湾に流れ込む酒匂川、あの川に乗って流れてくればもう関東です。

モグラは泳ぎも上手ですから、もし洪水なんかがあれば、やがて関東にくるでしょう。

そうしたら、アズマモグラはどうなるか?体の大きいコウベモグラに一方的にやられて、一気に姿を消すことになってしまうのでしょうか。

実はそうとも言い切れません。

アズマモグラは、小さな体をいかしたゲリラ戦が得意です。アズマモグラは、コウベモグラが掘ったトンネルにもスイスイ入っていけますし、敵に出会ったらパッと自分のトンネルに引っ込んでしまえばいい。コウベモグラは体がつかえて、追いかけてこられません。

ですからコウベモグラが箱根越えを果たしても、なかなか戦況が一気に変わることはないでしょうね。

私たちが暮らしている地面の下では、モグラたちの営みが繰り広げられている。そう思うと、なんだかおもしろいでしょう?

トンネルの大きさでモグラの種類がわかる

さて、私は動物学者になった50年前から、モグラを研究し続けてきました。

モグラ戦争の最前線が箱根にある、というのがわかったのも、モグラの種類別の生息域を調べるなかでわかったことです。

どこにどのモグラが住んでいるか、簡単にわかる方法を教えましょう。

最初に探すのは、モグラ塚です。モグラ塚というのは、モグラがトンネルを掘って、土をかき出したあと。芝生の上にもくもくと土が盛り上がっているところがあったら、それがモグラ塚。

ザーッと土をどけると、真ん中あたりに土がやわらかいところがあります。そこに指を突っ込んでみる。

大人の手で3本指が入れば、だいたい横幅4.5cmでアズマモグラのトンネル。4本指が入れば、横幅6.5cmでコウベモグラのトンネルです。子どもが調べるなら、4.5cmと6.5cmの幅に切った厚紙を持って行くといいですね。

1000箇所以上のモグラ塚に指を突っ込んできているけれど…

こうやってモグラ塚を見つけるたびにトンネルの横幅サイズを測って、地図の上に記録をしていけば、だんだんとモグラの分布図が出来上がっていきます。

全国の子どもたちが協力してくれたら、きっとあっという間に最新のモグラ生息地図ができちゃうね。

ところで、地面の穴に指を突っ込むのは怖いと思うかもしれませんね。何か出てきたり、モグラに嚙まれたりしたらどうしよう、という子もいるかもしれません。

私はこれまで1000箇所以上のモグラ塚に指を突っ込んできているけれど、一度も怖い目にあったことはありません。蛇なんかいないし、モグラも逃げちゃって指に噛みつくなんてことはないから安心して。

モグラのトイレの目印はキノコ

モグラの巣を見つけるもう1つの方法は、トイレです。モグラは必ず、巣の脇にトイレをつくって、そこでうんちをするんですね。なんと、そのモグラのトイレから生えるキノコがあるんです。

ナガエノスギタケというキノコで、地中深くまで菌糸が伸びているのが特徴。

ナガエノスギタケを見つけたら、菌糸を見失わないように注意深く掘っていきます。そうすると、モグラのトイレに行き着く。そして、そこにガラス板を当てて待っていると、やがてモグラがやってくるというわけ。

だけど、モグラというのはとても賢くて、昔、モグラを捕まえようとしてワナをしかけたら、まんまと裏をかかれたことがありました。

モグラが入ったら、パタンとふたがとじるワナをかけて、中にカブトムシの幼虫を入れておいたんです。そうしたら、モグラは、ワナに土をつめて、ふたが落ちないようにした!

そのうえ反対側に回って、幼虫だけ持って逃げたんです。モグラは地中にいても、トンネルの地図が頭に入っているんですね。真っ暗な地中でも、ここから回っていけば反対側に出るということがわかっている。すごいもんだね。

人間の祖先はモグラ説。

モグラは鼻もいいですよ。視力はほとんどないけれど、嗅覚はとてもすぐれています。胸のあたりからニオイを出して、自分の縄張りにニオイをつけてパトロールしています。ほかのモグラが入ってくると、ニオイで感知して追い出す。

こうやってモグラの生態を調べていくと、モグラは実にいろんな能力があって、本当に興味深い動物です。そもそも人間の祖先は猿だというけれど、猿の祖先をたどればモグラ。だから。私はモグラに会うと、なんだか懐かしいなーって思いますよ(笑)。

今泉忠明(いまいずみ・ただあき)●動物学者。動物学者 今泉吉典の二男として生まれ、動物三昧の子ども時代を過ごす。大学卒業後、多くの生態調査に参加。各地の博物館館長、研究所所長などを歴任。『ざんねんないきもの事典』シリーズ(高橋書店)他著書・監修書多数。

取材・文/浦上藍子

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