「24時間」働けますか? 自衛隊の過酷な労働環境|小笠原理恵 自衛隊に入隊する多くの人は、誰かの役に立ちたい、家族や国民の命を守りたいという思いをもっている。しかし自衛隊は隊員を大切にしない。入隊時には説明されていなかった無数の職務が課され、休養を取る時間すらないのが現実だ。(サムネイルは「防衛省統合幕僚監部」のXより)

中途退職者が増え続ける理由

防衛省は1月18日、自衛隊員の「男性は丸刈り、女性はショートヘア」という基準を4月から緩和すると発表した。防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会の第5回会議(2023年6月28日)で頭髪についての服務規則や身体検査の基準の緩和が議論され、任務に支障がない範囲内で非合理的な規則について検討した結果だ。

ヘアスタイルの基準を緩和することに異論はないが、危機的な人材不足に対し、有効な打開策とはとてもいえない。防衛省は未だに問題の核心に触れようとはしない。人材を確保するための投資よりも予算抑制した中での議論に力を注いでいることが良くわかる。

さらに、予備自衛官の採用年齢が現行の「18歳以上34歳未満」から「18歳以上52歳未満に」引き上げられた。これも同有識者会議で検討された内容だ。採用の門戸を広げたことで人員の増加を見込める反面、組織内の高齢化は今後さらに加速していくことが予測される。

高齢化することで部隊行動に影響が出る可能性が高い。自衛隊の任務は誰でもできるものではない。強健で身体能力が高いこと、過酷な環境でも集団で迅速に動けることが求められる。20代と50代では身体能力や疲労の回復力も差が生じる。一人が遅れをとることは部隊行動に支障をきたし、隊員を危険に晒すことにもなる。高齢化の進行はそのリスクを上げることにつながる。

具体的な待遇改善や賃金向上に手を付けず、表面的な髪型や採用年齢枠の拡大で誤魔化そうとしているうちは隊員の募集は低調で中途退職者は増え続けることだろう。想像していた理想とのギャップに疑問をもっても、給与と待遇がよければ中途退職を踏み止まってくれる。それに防衛省が気づかなければ人的基盤の維持の強化はできない。

自衛隊員が入隊後、疑問をもつ一例として、夜勤と外出規制について説明する。

「警衛」「当直」という夜勤の現状

残業手当や休日手当が自衛隊員にはつかないが、自衛隊員には「警衛」「当直」という夜勤と「残留」「待機」という外出制限がある。これにより休みがつぶれるだけでなく、睡眠時間が削られるのだ。土日祝日の年次休暇に当直や警衛が重なれば代休はつくが、この代休は許可されなければ取得できない。

▢警衛勤務の現状
●駐屯地を24時間体制で警備・入門者のチェックを実施
●仮眠は2時間を2回 20時間勤務
●警衛手当は1日当り490円
●1日あたり70円の増加食(甲額)支給
●警衛勤務を終えた次の日には帰宅可能

警衛は拠点内に24時間いなくてはならないため、営外勤務者が警衛に当たった場合、食堂での喫食費用は許可をとり自費負担で食べる。490円の警衛手当より、食費負担の947円のほうが高くつくため、営外者は働けば働くほど支出がかさむ。

▢当直勤務の現状
●部隊に3泊~4泊
●通常業務後、夜間は当直勤務に従事
●深夜に1回~2回見回り 約2時間程度
●1日あたり70円の増加食(甲額)支給
●当直勤務を終えた次の日も通常勤務
●当直手当なし

夜勤で長時間労働だが、残業手当も休日手当はもちろん出ない。増加食として70円の携帯食品か、カップヌードルか菓子パン1個(70円相当)が配られる。

(配られた携帯食品の一例)

警衛・当直で働いても報われないどころか、やればやるほど損をする仕組みに呆れるしかない。これではとてもモチベーションが維持できないはずだ。

手当なしの「待機」と「残留」

ある自衛隊員は言う。
「代休は確実に取れる、それは書面上の話ですよ。実際は代休申請し、取得した日に演習等で溜まった仕事のため強制的に出勤しなければならない。ある意味捨てたも同然です。災害時はもっと地獄。休日返上で派遣に出て、落ち着いたら代休→災害対処で仕事が溜まる→代休出勤で夜中まで残業。こんなことがまかり通る世界です」

このような自衛隊側の都合で代休は利用され、書類上取得しているが本当の休みではないことがある。

「待機」も「残留」も一切手当は出ない。たまたま、災害派遣要請がきてその日が仕事となっても、手当が出ることはない。深夜、夜間の長時間勤務でこの条件だが、これ以外にも外出規制がある。

▢FAST-Force (即動待機)
・2013年から陸上自衛隊では災害が起きて要請があれば24時間出動可能とするため、自衛隊員の外出規制を整えた。
・手当なし。
・陸上自衛隊で人員約3900名 車両約1100両、航空機約40機 初動対処部隊が24時間待機、命令受領後1時間を基準に出動
・海上自衛隊で緊急輸送任務のための待機 10~20機 15分から2時間以内基準に待機
・航空自衛隊で緊急輸送任務のための航空機待機 10~20機 15分から2時間以内基準に待機

▢残留 営内勤務者
・手当なし
・営内者(拠点の中で生活する自衛隊員)はFAST-Force人員が即座に行動できるための荷物の積み込み等のバックアップ要員として、いつでも動けるように休日でも外出制限がある。

代休だけはきちんと取得できるように!

能登半島地震は元日の16時10分に発生した。自衛隊でも正月やお盆休みは特別休暇となり、長期休暇を取ることが許される。自衛隊員にとってこの休みを返上しての被災地への派遣がどれほど苦しいことかをわかっていただきたい。

災害派遣後に自衛隊の退職者は一気に増える。災害派遣に正月でも緊急呼集があれば行かなければならないことは仕方ないだろう。しかし、この代休だけはきちんと取得できるようにしてほしい。

特別休暇の取得時期を延長する処置が検討されていると聞いたが、隊員たちが家族と過ごすことができる長期休暇を災害後から確実に取れるように配慮していただきたい。

厳しい災害派遣を頑張った自衛隊員の心と体は、家族とともに穏やかにゆったり過ごす時間がなければ、癒されることはないと思う。

昨年11月21日、筆者が主催する「自衛官守る会」は、自衛隊員の家族、OB、予備自衛官たちの声を国会議員に届け、自衛隊への待遇改善問題への取り組みの報告を国会議員から聞く会を開催した。

国会開会中の会議だったが、常時十数人の議員が参加してくれた。自衛隊員たちが通常勤務のあと深夜の当直業務にあたり、その翌日も夕方5時まで勤務を続けるという過酷な業務に議員たちも「エッ……」と声を上げるシーンがあった。

参加した議員からは、このような実態を変えていきたいという声が上がった。現職自衛官からは言えない問題をぜひ、改善していただきたいと思う。

自衛隊の災害派遣経費は自腹でいいのか?|小笠原理恵 | Hanadaプラス

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小笠原理恵

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