【学法石川高センバツ出場 33年ぶり聖地へ】(5・完) 地元に活気、支援加速

焼き印のデザインを話し合う酒井社長(右)と川前さん

 「第96回選抜高校野球大会(センバツ)に学法石川高の出場が決定しました」。選考結果の発表が続いていた26日午後3時50分ごろ、吉報を告げる防災無線が福島県石川町内に響いた。かつて甲子園を沸かせた「学石ナイン」が聖地に立つ―。人口約1万4千人の町は熱を帯びている。

 1976(昭和51)年7月28日。学法石川は初の夏の甲子園を懸け、福島大会決勝に臨んだ。多くの町民が開成山球場やテレビで応援し、試合中の町は静まりかえった。熱戦を制し、JR水郡線の磐城石川駅に凱旋(がいせん)した選手を約千人が迎え、目抜き通りでパレードが催された。甲子園に向かう朝には花火も上がった。

 町は甲子園から遠ざかっている間も、野球部の復活を後押ししてきた。2019年には閉校した小学校の校舎を学校に無償譲渡。現在は部の寮に使われている。33年ぶりのセンバツ出場を受けて町民の間でも選手を支える動きが加速している。

 町内の菓子店「お菓子のさかい」は記念洋菓子を部員に贈る。看板商品「幸福(しあわせ)の黄色いブッセ」にボールと校名の焼き印を入れる。野球部OBの酒井秀樹社長(66)は「学石野球を見守ってきた者として何よりうれしい」と声を弾ませ、次女で総務の川前綾子さん(27)とデザインを練っている。

 同社は1913(大正2)年の創業。校門から約100メートルの場所に本店を構え、1892(明治25)年創立の学石と一世紀以上を歩んできた。クリスマス前には野球部を引退した3年生がアルバイトで働いてくれる。川前さんも「久々の明るい話題に町が活気づいている」と笑顔が絶えない。

 甲子園応援ツアーを企画する町内の野本観光バスには、町民からの問い合わせが殺到している。学校関係者の送迎を優先するため、ツアーに何台を充てられるか見通せないが、野本和義社長(50)は「何とかして車を確保したい」とうれしい悲鳴を上げる。

 野球部OB会・石晶会の近内幸雄会長(73)は長年、激励金の贈呈や交流試合の企画を通して後輩を支えてきた。「センバツ出場に皆、胸が高まっている。できる限り支援する」と張り切る。

 チームは3月1日から7日まで静岡県でキャンプを行う。注目の組み合わせ抽選会は3月8日、大会開幕は18日だ。選手は周囲の期待も力に、聖地での躍動を誓っている。

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