児童相談所職員は3年目でベテラン扱い?増え続ける児童虐待、AIは対応に追われる現場を救うか

NECが手がけるAIを使ったシステムのデモ画面(氏名などは架空のもの)

 虐待に関する児童相談所への相談件数が年々増え、2020年度には20万件を超えた。虐待防止の意識が高まるにつれ、「近所で親がたたいているのを見た」「あざのある子どもがいる」といった通告も増えている。児童相談所も職員を拡充しているが、半数ほどが勤続3年未満の若手職員だ。人手が足りない相談所によっては3年目でベテラン扱いになることもある。

 現場の経験不足を補おうと、一部の児童相談所は人工知能(AI)を活用したシステムの導入を始めた。AIは過去の類似事例から、調査項目や一時保護すべきかどうかの指標をはじきだす。子どもの命を預かる現場で、AIは仕事を効率化したり精度を高めたりする救世主となり得るのか。試行錯誤が続く最前線を取材した。(共同通信=遠藤麻人)

 ▽AIが過去500件の事例を学習
 児童相談所は全国の都道府県などに設置され、現在約230の施設がある。虐待通告があれば、原則48時間以内に子どもの安全を直接確認しなくてはならない。調査を行い、子どもを親から引き離す一時保護が必要かどうか判断する。望ましい家庭環境について、親と対話を重ねることも重要な仕事だ。

 取材した静岡市児童相談所では、3年目の職員がチームの中核を担っていた。多い日には10件弱の相談が立て込む。通告を受けてから安全確認までが48時間という制限もあり、職場は「てんやわんや」になる。大石剛久所長は「対応には高い専門性と迅速な判断が必要。だが、経験の浅い職員に対して、タイムリーに助言できないこともあった」と語る。

取材に応じる静岡市児童相談所の大石剛久所長=2023年12月18日、静岡市葵区

 そこで、静岡市児童相談所が着目したのは、AIを活用した新たなシステムの導入だ。2021年の年末ごろから、NECと協議を重ねた。システムの頭脳を担うAIの学習には、過去の対応記録を「ベテランの知見」として活用。匿名化した上で、約500件を学習させた。

 想定する使い方はこうだ。職員は通告内容に基づき、児童の年齢や虐待者の情報を入力する。すると、調査すべき項目として「児童が衰弱していないか」「同居人の有無」などが示される。次に「類似事例」で示された対応のポイントを参考に、職員が家庭訪問や関係先への聞き取りを行う。

 「緊急度」を「A」「B」などの記号で評価しており、業務の優先順位を付ける際の参考になる。最後は児童相談所として子どもを一時保護するかどうかなどを判断する。

 2022年12月~2023年3月に行った実証実験では、職員からは「自分の考えを補うツールになった」と好評だった。一方、これまでAIから助言を受けた経験がなく、与えられた情報に戸惑う職員もいた。課題を解消しつつ、2024年4月の本格導入を目指す。

静岡市児童相談所=2023年12月18日、静岡市葵区

 ▽過去に死亡事案、どこまでAIを活用するのか
 AIシステムを巡っては、関係者にとって忘れられない事件がある。2023年5月、津市の自宅で4歳だった女児が死亡し、その後、女児への傷害致死容疑で母親が逮捕された。

 事件前の2022年2月、女児が通う保育園から「顔にあざがある」との通告があった。しかし、三重県の児童相談所は一時保護を見送る判断をした。システムが似たケースでの保護率を「39%」と算出したことが判断の一因となった。三重県は検証委員会を設置。システムを手がけた企業の協力も得て、原因や再発防止策を検討している。

 システムの開発会社でも、AIをどこまで業務に活用するのかで判断は分かれる。NTTテクノクロスは、コールセンター向けのサービスを江戸川区児童相談所(東京)に導入した。AIの活用を相談内容の記録業務に限定しているのが特徴だ。

NTTテクノクロスが手がけるシステムのデモ画面(氏名などは架空のもの)

 導入前、NTTテクノクロスの角尚明営業担当課長は児童相談所に何度も足を運んだ。印象に残ったのは電話対応の多さだ。通告が入ると、子どもの生存確認、学校への連絡、警察への緊急通報など職員がせわしなく動く。その上、通告者保護の観点から、児童相談所は折り返しの連絡ができず、聞き逃しや勘違いは許されない。

 新システムは通告時の電話音声をテキスト化して、モニターに表示する。内容はすぐに周囲の職員と共有できる上、「服に汚れ」「泣き叫ぶ」といった注意が必要な言葉を色づけしたり、応答に必要な関連資料を表示したりできる。

 2021年に江戸川区児童相談所に試験導入して以降、他の児童相談所から問い合わせが相次いだ。角さんは「現場はものすごく過酷だ。少ない人でも回せるようにしたい」と話す。

 ▽やりがいは大きいが、保護者から怒鳴られることも

 こども家庭庁によると、児童虐待の相談件数は、2011年度の6万件弱から、2022年度には21万9000件(速報値)に上った。特に子どもの前で配偶者に暴力を振るうといった「心理的虐待」が増えており、全体の約6割を占める。政府は負担増に対応するため、職員拡充を掲げる。子どもの保護や親の指導に当たる児童福祉司は2022年度に約5780人だが、これを2024年度までに千人ほど増やす。

 児童相談所のある職員は取材に対し「子どもの命を守る最前線の仕事で、やりがいは大きい」と話した。一方、虐待への対応の判断を誤れば社会から厳しい非難に遭う。対応に納得できない親から怒鳴られることもある。常にプレッシャーやストレスを感じているという。

 職員数は増えているが、経験の浅い職員が多く含まれている。さらに職員は数年ごとに異動を繰り返すため、職員の経験をどう引き継いでいくのかも課題だという。

 ▽AIと人が担う業務の区別が重要
 政府は2024年度、AIを活用した全国統一システムの運用開始を目指している。参考指標として「一時保護スコア」や「再発スコア」の表示を想定している。判断の質向上が目的だ。

 AI活用システムはどのくらい有効なのか、児童相談所で勤務経験がある立正大の鈴木浩之准教授に話を聞いた。

 鈴木准教授はAIが担える業務と、そうでない業務を区別することが重要だと訴える。職員は会議の議事録や関係先への提出書類の作成に多くの時間を費やしているという。これらをAIで代替して、余った時間を保護者や児童との面会に使うことができれば導入効果は大きいとみる。

オンライン取材に応じる立正大学の鈴木浩之准教授=2023年12月21日

 「AIにカウンセリングはできない。基本的な手続きのミスを防ぐなどサポート役としては有効だ」と強調する。

 一時保護など重要な判断に活用する場合はどうか。鈴木准教授はAIが数字や記号で定量的な評価をすること自体に問題ないとの立場だ。

 ただ「最後は人間が判断するというのが大前提。数字は絶対ではなく、常に疑いを持つべきだ」と指摘する。AIは学習に使うデータ数が多いほど性能が向上する性質がある。鈴木准教授は「全国にある児童相談所のデータ活用について、政府がルール作りを主導すべきだ」と話している。

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