「悪口ってなんだろう」著者・和泉悠が語る、あらためて認識しておきたいニュースにまつわる“言葉”との付き合い方

私たちが正しく判断するために、今、何をどう知るべきか――その極意を学ぶ連載「私のNEWSの拾い方」。月刊誌「スカパー!TVガイドBS+CS」で掲載中の人気連載を、TVガイドWebでも展開中。2月号では、言語哲学の研究者である和泉悠氏にインタビュー。最新の著書「悪口ってなんだろう?」にひもづけながら、昨今のニュースや情報にまつわる“言葉”についての話を聞いた。

POINT1 ◆差別発言に、差別の意図の有無は関係ない

――社会的地位の高い人が差別発言をして、それを指摘されると「差別の意図はなかった」と弁明する場面をニュースでよく見ます。あの弁明のおかしさはどう説明できるのでしょうか?

「発言者は本当に差別の意図がなく、無邪気にそう言った場合もあるでしょうし、あるいは差別の意図をごまかすためにそう言う場合もあるかもしれません。しかし、差別の意図があろうとなかろうと、その発言に相手の社会的立場をおとしめる効果があるのであれば、それは差別発言だと言ってよいと思います。なぜなら言葉の意味というのは、公共的で客観的な事実であり、個人がコントロールできる範囲を超えたものだからです。差別発言は本人の意図とは独立して存在するものだ、という認識がもっと広く持たれてほしいと思います」

――ヘイトスピーチという言葉は広く普及していますが、一方で「批判=ヘイトスピーチ」のような、本来の意味とズレた使われ方も出てきています。それについてはどう思いますか?

「言葉は社会に広がっていくうちに、いろんな使われ方をされていくので、どういう使われ方をするかはコントロールできないという側面があります。しかし、ヘイトスピーチについては、法律でも使われている用語であって、しっかりと意味が規定されている言葉です。そういう言葉については、本来の意味をブレさせる使い方はするべきではないと考えます。これに関して、一つ危惧しているのが“言語的ハイジャック”の問題です。例えばトランプ元大統領は『フェイクニュース』という言葉を頻繁に使っていました。フェイクニュースというのは、文字通り『うそのニュース』という意味ですが、彼は自分の気に入らない報道を片っ端からフェイクニュースと断定していった。新聞が時間をかけて『事実関係はこうでした』と証明しても、彼が『私が間違っていました』と謝ることはないですよね。何百回、何千回と言い続けることによって、もはやフェイクニュースの意味が変わりつつある…そうやって言葉をハイジャックしてしまう現象が言語的ハイジャックです。ヘイトスピーチはまだそこまでの状況にはなっていませんが、強力なインフルエンサーによって言語的ハイジャックが起こる可能性はないとは言えない、と感じています」

POINT2 ◆荒れそうなコメント欄には近づかない

――「何が悪口で、何が悪口でないか」という認識を持つのは、いつの時代も大事ですが、今はSNSなどのメディアに触れ続ける時間が多い時代なので、より大事なことだと思います。

「YouTubeやYahoo!ニュースのコメント欄も調査対象なのですが、時間の経過につれて徐々に荒れていく印象があります。要するにクラスが荒れるのと一緒で、誰かが乱暴な言葉を使っても、先生がそれを注意しない。するとみんなが『使っていいんだ』と認識して、乱暴な言葉を使うようになる…みたいなことです。それについては、本来メディアの側の対策が必要なのですが、個人レベルで対策があるとしたら『そういうメディアには触れない』、あるいは『接触時間を減らす』ということに尽きると思います。今、ChatGPTなどの生成AIが話題ですが、生成AIによって延々とヘイトスピーチを垂れ流すBOT(ボット)も、もはや簡単に作れてしまうわけです。ということはネットの書き込みが今後ますます荒れていくことが予想されます。メディア側はその流れをコントロールしていく必要があるんですけれども、個人にできる自衛としては『距離を取る』ということがますます重要になっていくと思います」

取材・文/前田隆弘

【プロフィール】

和泉悠(いずみ ゆう)
1983年生まれ。南山大学人文学部人類文化学科准教授。専攻は言語哲学、意味論。罵詈雑言(ばりぞうごん)をはじめ、差別語、ヘイトスピーチの仕組みとその倫理的帰結についての研究も行う。著書に「悪い言語哲学入門」「悪口ってなんだろう」など。

【書籍情報】

悪口ってなんだろう」
和泉悠
ちくまプリマー新書 880円(税込)
「悪意があるから悪口なのか?」など、「悪口」を言語哲学の視点から分かりやすく解説しながら、人間の本質に迫る。自分の言動を省みる機会をくれる1冊。

【「見つけよう!私のNEWSの拾い方」とは?】

「情報があふれる今、私たちは日々どのようにニュースと接していけばいいのか?」を各分野の識者に聞く、「スカパー!TVガイドBS+CS」掲載の連載。コロナ禍の2020年4月号からスタートし、これまでに、武田砂鉄、上出遼平、モーリー・ロバートソン、富永京子、久保田智子、鴻上尚史、プチ鹿島、町山智浩、山極寿一、竹田ダニエル(敬称略)など、さまざまなジャンルで活躍する面々に「ニュースの拾い方」の方法や心構えをインタビュー。当記事に関しては月刊「スカパー!TVガイドBS+CS 2024年2月号」に掲載。

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