惜しまれて完全引退 小田急の白いロマンスカー

 【汐留鉄道倶楽部】記念になるいい写真が撮れたのは偶然だった。昨年12月10日(日)、地元の多摩ニュータウンでお手伝いしている街歩きの下調べで、一眼レフカメラを提げて小田急多摩線の多摩センター駅(東京都多摩市)からお隣の終点、唐木田駅(同)までの一駅を乗った時のことだ。駅のホーム、線路沿いの歩道などに、自分と同じようなやや大きめのカメラを手にした人があちらこちらといることに気付いた。間もなく到着した唐木田駅では、ホームの端でやはりカメラを手にした若者たちが横一列になって後から来る電車を待ち構えている様子。何が来るんだろう。尋ねて判明した。この日「完全引退」する白いロマンスカーVSE50000形が最終走行でやってきて、ここ唐木田駅で折り返す、というのだ。

最後の走りを見せるロマンスカーVSE50000形=2023年12月10日、小田急多摩線黒川駅付近

 ロマンスカーVSEは、2005年に登場した比較的新しい車両だ。流線形の精悍な形状の先頭車は、運転席を2階に上げたロマンスカーお得意の構造で、前面展望に優れている。床下機器までしっかり覆われた白色のボディーは、飛行機やロケットにも通じていかにも速そうで格好よく、歴代のロマンスカーの中でもひときわ人気が高かったと思う。

 すでに1年前の2022年3月のダイヤ変更で定期運行を終えており、その時も「引退」とニュースになった。今回は「完全引退」と銘打ち、小田急線の全線をいくつかの区間に区切ってイベント列車として「最後の」お客さんを乗せ、成城学園駅が最終到着駅となっていた。

VSEの「完全引退」を写真や動画に記録しようとホーム端に並ぶ鉄道ファン=2023年12月10日、小田急多摩線唐木田駅

 あらためて小田急のホームページを調べたら、この日のダイヤがしっかり公開されている。だから大勢の鉄道ファンが、沿線のあちこちで待ち構えているわけだ。情報を事前に仕入れていなかった自分が不覚だった。

 こうなると街歩きの下調べは急きょ変更、列車の撮影行に切り替えたのは当然だった。唐木田駅ホームでカメラの放列に加わることも考えたが、ここはやはりさっそうと走っている姿をとらえたい。そこで、以前電車を撮影したことがある唐木田駅から500メートルほど多摩センター方面に戻った線路沿いのやや高台になったポイントを思い出し、足を運んだ。すると、ベストポジションかと狙った歩道の階段は、すでにカメラマンでいっぱいだった。なるほど、考えることは一緒だ。

「VSE」の文字の下に控えめに「感謝を込めて」の文字が見える

 VSEの到着までまだ30分ある。そこで、思い切って多摩線で4駅乗った黒川駅(川崎市麻生区)まで電車で移動。新興住宅地の中を通過する築堤のカーブを見通せるいい場所を確保した。

 さて、近づいてきたVSEの走行音はとても静かで、わずかにコトン、コトンと、車輪の音をたてて目の前を通りすぎていく。白い車体はこの日も磨き上げられて輝いていた。窓ガラス越しに見える乗客は短い旅を楽しんでいる様子。思わずカメラを右手だけで構えてシャッターを押し続け、左手で小さく手を振った。

連接車の特徴が分かるイラスト(小田急の2017年3月ダイヤ修正号パンフレットから)

 登場からわずか18年で引退する理由について、会社の説明では「特殊な構造や装置を採用していることから本来の性能を維持して運行することが困難になった」と、今後の部品調達等の難しさを挙げている。特殊な構造の一例は、車輪を取り付ける台車の位置だ。 一般に鉄道の台車は2軸4輪で車両の前後に置かれるが、VSEは「連接車」と言って、車両と車両の継ぎ目に台車を置いている。カーブでもスムーズに走行できるよう工夫した小田急ロマンスカー伝統の構造だったが、これだと輸送量に応じた車両の増減、切り離しができないことや、ホーム上のドアの位置が一般の車両と違うなどの不便さもあって、VSE以降に製造されたロマンスカーはいずれも連接車ではなくなってしまった。

 早すぎる引退は実に惜しい。惜しむ気持ちは小田急のニュースリリースにもにじみ出ている。VSEは「さまざまなシーンで当社の顔を飾ってまいりました」「当社においても特別な存在です」と、その思いを表現しているぐらいだ。今後については「ロマンスカーミュージアム(海老名駅隣接)での展示に向けて検討する」とのこと。実際に何両が残されるのか分からないが、再びお披露目される日を期待したい。

 ☆共同通信・篠原啓一

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