政界を揺るがした捜査のきっかけは、1人の「教授」の執念だった 自民党の派閥裏金事件 「政治とカネ」告発し続ける原点に特攻隊員の悲劇

家宅捜索のため自民党安倍派(清和政策研究会)の事務所に向かう東京地検特捜部の係官ら=2023年12月、東京都千代田区

 神戸市中央区の人工島ポートアイランド。その一角に、神戸学院大のキャンパスがある。昨年12月中旬、頭にバンダナを巻いた上脇博之教授が柔らかい笑顔で出迎えてくれた。バンダナ姿は学生時代から変わらないという。
 この人が、東京地検特捜部がメスを入れた自民党派閥裏金事件のきっかけになったとは、すぐに結びつかない。事件は安倍派や二階派への家宅捜索、現職国会議員の逮捕・起訴にまで発展した。昨年末から政界を大きく揺るがし、いまだに派閥の解消を巡る議論が続いている。
 第三者である上脇さんが刑事告発をするのは、これが初めてではない。およそ四半世紀もの間、「政治とカネ」について告発し続けてきた。口で言うのは簡単だが、実際は膨大な資料を読み込み、分析して疑惑を見つけ出すという地道な作業の繰り返し。大学での講義や自身の研究で多忙であるにもかかわらず、この作業を長年続けてきた。上脇さんを突き動かす原動力は何なのか。(共同通信=力丸将之)

自民党派閥の裏金事件について取材に応じる神戸学院大の上脇博之教授=2023年12月、神戸市

 ▽記者の資料に「直感が働いた」
 一連の裏金疑惑のはじまりは昨年10月、「しんぶん赤旗」が自民党派閥の政治資金収支報告書の問題を報じたことだった。上脇さんは赤旗の記者からコメントを求められた際、収支報告書などの資料を見せられた。
 政治資金規正法は、パーティー券を1回で20万円を超えて購入した企業や個人の報告書記載を義務づけている。だが見せられた報告書は不自然だった。派閥名の後に議員名を括弧書きしたものがある。
 収支報告書を長年、見てきた上脇さんは直感的に思った。
 「事務上のミスはあり得ない」
 この記載の意図は、どの議員がパーティー券を売りさばいたかを明確にすることだと考えた。そこで各議員が管理する政治団体の収支報告書を見ると、パーティー券の購入額をまとめて一括して記載している団体もあれば、何回にも分けて記載している団体もある。後者は、20万円を超えないように分けて記載することで、購入者や購入企業名を出さないようにしているのではないか。不適切な会計処理をしている可能性がある。上脇さんは考えた末、こんな結論を導いた。

 「組織的に悪質なことをしているとしか思えない」
 そこから、気の遠くなるような作業を開始した。
 パーティー券を買った団体や個人の過去の支出記載と、派閥の収入明細とを一つ一つ突き合わせていく。その結果、収支報告書への不記載が主要5派閥で計4千万円超(2022年11月時点)に上った。
 ただ、民間人である上脇さんにこれを、「裏金」と断定できる根拠はない。そこで東京地検に「ぜひ捜査してほしい」という趣旨の文言を添え、政治資金規正法違反(虚偽記入)容疑で刑事告発した。この問題に関する告発は2022年11月~2023年1月で6件。
 その後も関連する告発を続けた結果、東京地検特捜部がついに動いた。今年1月、池田佳隆衆院議員と政策秘書を逮捕したのを皮切りに、議員やその秘書、派閥関係者の計10人が起訴された。(1月26日時点)

 ▽焼きそば屋で哲学議論の学生時代
 上脇さんは1958年に鹿児島県で生まれた。高校卒業後、浪人生活を経て関西大学へ入学。「酒と麻雀に明け暮れた」という。法学部なのに、のめり込んだのは哲学。哲学の講義が終わると、教授のもとへ通い「聞くのも恥ずかしいような素朴な疑問をぶつけた」。熱意が伝わったのだろうか、大学近くの焼きそば屋で教授と議論を交わすようになった。「ぜいたくな時間だった」
 学部では法哲学を専攻。専門書で法解釈を巡る複数の学説に触れると、どれが正しいか悩んだ。周囲には司法試験に向け勉強中の同輩がいる。意見を求めると「暗記すればいい」と返された。神戸大学大学院に進み、憲法を学んだ。
 1994年、現在の北九州市立大学に講師で採用された。この年は、ちょうど政治改革関連法案が成立した年。翌年に政党交付金制度が始まった。
 政党交付金は、各政党に対し、所属する国会議員数や得票数などに応じて交付金を与える制度。原資は国民の税金だ。政党の条件は「5人以上の国会議員が所属する」か「直近の国政選挙での得票率が全体の2%以上」。1月1日時点で政党の要件を満たしていれば交付される。
 この制度は当時まだ新しく、研究成果や蓄積はない。上脇さんは興味を持ち、政党や関係者にアンケート調査などをしていた。そこへ転機が訪れる。新進党(当時)が解散し、6つの政党に分裂した。1997年末のことだ。これが最初の刑事告発につながる。

自民党派閥の裏金問題を巡り、立憲民主党の調査チームの会合にオンライン出席した神戸学院大の上脇博之教授(画面)=2023年12月、国会

 上脇さんは、分裂した6党にもアンケートを送った。ところが、回答を見ていると結党日がなぜか空欄になっている。各党に電話で確認したところ、結党日は1998年に入った後と判明する。上脇さんは驚いた。98年1月1日の時点で政党になっていないにもかかわらず、政党交付金を受け取っているためだ。
 刑事告発しようと思い立った。ただ、告発文を書いたことはない。有志の弁護士が以前に書いた告発文を見よう見まねで学んで書き上げた。「哲学者こそ行動することが大事。理論が現実的なものか確かめる必要がある」
 2000年2月、仲間の法学者とともに、政党助成法違反の疑いで6党の党首を東京地検に刑事告発。この時は結局、不起訴処分となるものの、社会的には大きな注目を集めた。
 報道を目にした阪口徳雄弁護士から連絡があった。阪口弁護士は株主代表訴訟などに取り組む社会派の弁護士として知られていた。この出会いをきっかけに、「政治とカネ」を巡る上脇さんの活動は加速する。
 「阪口弁護士の人脈なしには私の今の運動はなかった」

阪口徳雄弁護士=2019年撮影、大阪市

 告発を続ける上脇さんの支えとなったがオンブズマンだ。2002年に「政治資金オンブズマン」の共同代表に就いたが、ここで痛感したのが、政治資金収支報告書の「入手の難しさ」だった。
 国会議員は、総務省や都道府県の選挙管理委員会に毎年の収支報告書を提出している。現在はインターネット上でほぼ全て公表されているが、以前は「紙」の状態が大半。さらに、収支報告書の保存年限は3年と規定され、時機を逸すると入手できなくなることもあった。
 解決策として2016年、「政治資金センター」を設立し、国会議員の収支報告書を収集、ネットで公表する事業を始めた。これまでを振り返り「オンブズマンの人たちがいてこそ」と感謝する。

裏金問題を受けた党改革に向けて設置された、自民党の政治刷新本部の会合。奥中央はあいさつする岸田首相=1月、東京・永田町

 ▽“打率は1割”、でも諦めたら…
 仲間の支えを受け、刑事告発は続いた。
 例えば、西松建設の違法献金事件で、当時経済産業相だった二階俊博氏の元政策秘書が企業献金を個人献金に偽装した問題、そして安倍晋三元首相の元公設第1秘書が「桜を見る会」前日の夕食会の費用を補填した問題も上脇さんが手がけている。
 ただ、検察はいずれも「略式起訴」で処理したため、公開の法廷で事件の全容が明らかにされることはなかった。政治資金を巡る問題の大半は「会計責任者を人身御供に差し出しただけ」で終わる。
 薗浦健太郎元衆院議員の資金管理団体が政治資金パーティーの収入約4900万円を記載していなかった問題も、略式起訴で罰金刑に終わった。
 上脇さんによると、刑事告発して略式も含めて「起訴」までもっていける“打率”は1割いかない程度。それでも「諦めたらそこで止まってしまう。そのときのベストを尽くす」。

パーティー収入の過少記載について取材に応じる薗浦健太郎衆院議員(当時)=2022年11月、国会

 ▽検察の捜査は「甘い」
 今回の自民党派閥の裏金事件について、上脇さんは告発した案件を「氷山の一角」と捉えている。なぜなら、パーティー券を購入した個人や団体には報告義務がない上、「時効」で責任を問えない部分もあり、全て精査しきれないからだ。
 検察の姿勢にも不満を感じている。
 「甘い。数百万円の領収書を切っていて不記載はあり得ない。報告書の金額の数字の桁が違うのに、報告書の修正で済ませたり、不起訴処分になるのはおかしい」
 上脇さんが過去に招かれた講演会では、参加者が一人100円ずつ出し合って謝礼を捻出しくれた。社会のために身銭を切る市民活動の懐事情を肌で感じているだけに、数百万円程度では動かない検察に、世間との乖離を感じざるを得ないという。
 不満は政治資金規正法のぬるさに甘えた政治家たちにも向かう。
 「金の流れの透明化と言う前に(違法行為の)チェックができないなら禁止すべきだ」。再発防止のためには①政治資金パーティーを禁止する②企業や個人の支出報告全てを義務化する③政党交付金も廃止する―ことが必要という。

東京地検が入る中央合同庁舎第6号館=2015年撮影、東京都千代田区

 ▽「しんどい」けど続ける、原点に特攻隊員だった叔父
 今年66歳になる上脇さんに、安息の日々が訪れる気配はしばらくなさそうだ。学生数百人の期末試験の採点、記者会見、さらなる刑事告発…この2年は正月返上で告発状を書き続けた。目の病気を抱えながらも、収支報告書とにらめっこを続けている。「正直、しんどい」と記者にぼやく。
 そこまでして告発を続ける原点には、親族が体験した「戦争の記憶」があるという。教授の叔父(父の弟)は第二次世界大戦中に特攻隊員に志願。出撃したが、機体の不具合か何かの理由で不時着し、生還した。叔父は、隊内で悲惨な事例をたびたび目撃していた。
 たとえば、出撃した隊員が怖くなり、帰還した際に「機体に不具合があった」と整備兵に告げると、逆上した整備兵が隊員を日本刀で斬り殺した上、自ら特攻機に乗り込んで出撃。戦死した。そんな話を兄である上脇さんの父に語っていたという。
 そうした話は上脇さんが成人し、父と酒を酌み交わすようになってから知った。二度と戦争を起こさない国にするにはどうすれば良いか。政権をしっかり監視し、暴走を防がなくてはいけない。それには、議会制民主主義を実現し、政策選挙で選ばれる議員を増やし「国会に緊張感を与えなくてはいけない」。
 政治とカネを巡る告発はその一環だ。「汚職や不正を働く議員が次の選挙で当選することがないような仕組みがなくてはいけない。その仕組みが軌道に乗るまでの辛抱だ」。自分にそう言い聞かせ、「疑惑」のタネを探し続ける。

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