高評価を得たデビュー作! 大正大阪を舞台にした、ホラーミステリー『をんごく』

「大正末期の大阪市はまわりの町村との統合が進み、関東大震災で人口も流入して、活気のある面白い時代だったと知りました。それが2018年ごろ。この作品を書き始めたのもそのころで、ストーリーやキャラクターより先に、大正大阪を書いてみたいというのが出発点でした」

数々のプロットや、3年にも及ぶ執筆のブランクなど、紆余曲折を経て完成した北沢陶さんの『をんごく』。2023年を飾るベストホラーミステリーのひとつとして、各方面から高い評価を得たデビュー作だ。

語り手を務める画家の古瀬壮一郎は、大阪・船場で代々続く呉服屋の倅。関東大震災のケガがもとで亡くなった新妻・倭子(しずこ)への未練から、密子という巫女に降霊してもらうのだが、巫女は不穏な警告をする。〈気をつけなはれな〉〈奥さんな、行んではらへんかもしれへん。なんや普通の霊と違てはる〉。やがて、壮一郎も倭子の気配に気づき始める。

死んだ妻が成仏できず、この世に留まっているのには理由があるはず。その謎を解くミステリーであり、その霊がもたらす厄災を防げるかというホラー要素も詰まっている。

「私も身の回りの人を亡くした経験があって、私自身はまだちょっと割り切れてないところもあるんです。ただ、作中の壮一郎の苦悩を無駄にしたくなかったので、再生の希望を持つまでの心理的な変化をどう描くかには腐心しました」

その面白さに拍車をかけるのが、〈エリマキ〉の存在だ。特定の顔がなく、だが、見る者の意識が転写された姿が顔となる不思議な生態を持ち、死を自覚していない霊を喰って腹を満たしている。そんなエリマキが壮一郎の相棒として、倭子の霊と対峙し、秘められた謎を追っていく。

「私自身が、エリマキに対して理解しきれていないというか、『あいつ、何なの?』て思ってます(笑)。怪物、化け物、あやかし、妖怪…どの呼び名もしっくりこなくて、〈何か〉としか言いようがないですし。でも赤い襟巻きをしているというイメージだけは最初から強烈に浮かんでいました。小説であっても映像的なところというか、たとえば映画『シャイニング』の双子の出てくる場面のように、読者に忘れがたいインパクトを残すシーンがあるのが理想形だと思っています。そんな物語をこれからも書いていきたいですね」

『をんごく』 影響を受けた作家は江戸川乱歩や澤村伊智だそう。選考委員の辻村深月さんも激賞した扇が並ぶ場面は、本書のクライマックスの一つ。KADOKAWA 1980円

きたざわ・とう 作家。大阪府出身。英国・ニューカッスル大学大学院英文学・英語研究科修士課程修了。2023年、本作で横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈大賞〉〈読者賞〉〈カクヨム賞〉を総なめ。

※『anan』2024年1月31日号より。写真・中島慶子(本) 取材、文・三浦天紗子

(by anan編集部)

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