小雪が『ブギウギ』に刻みつける底知れない力 物語の中心に存在し続けてきた2つの表情

妊娠中のスズ子(趣里)の前では手紙を介して明るく振る舞ってみせるものの、実際は衰弱が進んでいる愛助(水上恒司)。新しい生命の誕生と、いまにも消えてしまいそうな生命の灯火。朝ドラ『ブギウギ』(NHK総合)では、またも大きな展開を迎えようとしている。

そんな物語の背後には、愛助の母である村山興業の社長・村山トミ(小雪)の存在がある。いや、正確には彼女は“背後”ではなく、その姿は見せずとも“中心”に存在し続けてきた。これが初の朝ドラ出演となった小雪は、その名演をお茶の間の視聴者の記憶に刻みつけることになっているのではないだろうか。

村山興業とは、実在する吉本興業をモチーフとしたと思われる日本を代表する興行会社。トミはこの組織の頂点に君臨する存在だ。「梅丸少女歌劇団(USK)」でキャリアをスタートさせたスズ子はさまざまな苦境を乗り越えてスターの座を獲得したが、あくまでも彼女は個人。身も蓋も無い物言いになるが、村山興業のトップとは力の差があり過ぎる。そんな相手のひとり息子と家庭を築こうとしていたのだから、時代が時代なだけにトミが烈火の如く怒るのも無理はない。

2023年の12月12日時点で執筆した「『ブギウギ』小雪が朝ドラに初降臨! 気品あふれる気高い姿で趣里の前に立ちはだかる」という記事の中で私は、登場したばかりのトミについて「トミは声を荒立てたりなど感情的にスズ子に詰め寄ることはしないだろう。何せ演じているのが小雪なのだ。これまでのかぎられた登場シーンからだけでも、気品あふれる気高い傑物であることが分かる」と記していた。たしかに“気品あふれる気高い傑物”であるのは間違いない。が、小雪がつくり上げたトミ像は、たんに村山興業のトップなだけではない。大切な息子を愛する、ひとりの母でもあるのだ。

戦争で社会の状況が変化したことなどもあって、スズ子と愛助は生活をともにすることが許された。しかし、スズ子が歌手をやめないかぎり、結婚ばかりは許されない。後者に関しては“村山興業社長”としての当然といえば当然の態度であり、前者に関しては愛する息子の願いを聞き入れてやろうという“母親”としての態度だ。こうしてスズ子と愛助の関係性が少しずつ変化するたびに、トミは異なる表情を見せてきた。

趣里と水上という若いふたりの演技を牽制しては跳ね除け、またあるときには受け入れる。こうした小雪のポジショニングとはたらきによって、ここしばらくの『ブギウギ』はとくに、緩急のある作品であり続けてきた。要所要所でしか登場しない“トミ=小雪”は物語の背後に存在しながら、絶えず中心にも存在し続けてきたのである。

先述しているように、初登場時のトミからは、声を荒立てたりなど感情的になる姿は想像ができなかった。しかし、実際にはその想像を何度も覆してきた。いまでは“村山興業社長”としても、“愛助の母親”としても、彼女は追い詰められている。厳しい世界を生き抜いてきた女社長としての矜持と、ひとり息子の幸せを願う母親の愛とのはざまで揺れている。

彼女がスズ子の前で優しい素振りを見せることは決してない。屹然と佇む大社長だ。けれども愛助だけの前では違う。その眼差しは慈愛に満ち、いつも固く結ばれている口元も柔らかい。もちろん愛助に語りかける声だってそう。トミのそんな姿を目の当たりにした私たちは、社長らしく毅然とした態度で振舞わなければならないときの彼女の胸中までもを、誰もが推し量るだろう。

小雪が生み出したトミは、厳格で心優しい。スズ子にとっては高くそびえ立つ山のような存在だが、愛助にとっては広くて深い海のような存在である。俳優・小雪のその底知れない力に、私たちはいま触れている。

(文=リアルサウンド編集部)

© 株式会社blueprint