「嘲笑」「責任逃れ」「痛烈な皮肉」マンチーニ監督の采配、PK戦の振る舞いに各国から厳しく、冷たい目が…【アジア杯】

現地時間1月30日に行なわれたアジアカップ・ラウンド16の韓国対サウジアラビアは、46分(前半)に先制を許した前者が後半アディショナルタイム9分に追いつき、PK戦では後攻で4人全員が決め、4-2で準々決勝への切符を手にした。サウジは1点を守り切る作戦を完遂できず、1996年大会以来となる4度目の優勝の夢が潰えている。

この劇的な展開から今大会初のPK戦決着となった一戦、物議を醸したのがサウジのイタリア人監督ロベルト・マンチーニが、自チームの3、4人目の選手が続けて失敗し、韓国の4人目ファン・ヒチャンが決めれば敗北が決まるという場面で、これを見届けることなくロッカールームに引き返してしまった場面だ。

かつては2007年大会で日本代表のイビチャ・オシム監督が準々決勝オーストラリア戦でのPK戦前にピッチから姿を消したことが話題となり、この指揮官の行為に理解を示すファンも少なくなかったが、EURO2020で母国を欧州制覇に導いた実績を持つ名将に対しては、「PK戦終了前に退場」(『AP通信』)、「職務放棄」(ブラジルの総合メディア『Globo』)、「選手を見下した行為」(サウジの日刊紙『Asharq Al-Awsat』)、「責任逃れ」(サウジのスポーツ専門メディア『winwin』)などと、各国メディアは厳しい反応を示した。

マンチーニ監督はこの行為について、「申し訳ない。誰を傷つけるつもりはなかった。(自チームの4人目が外した時点で)試合が終わったと勘違いしていた」と釈明するとともに、「ピッチを後にしたことをお詫びする。あの瞬間、自分をコントロールできなくなってしまった。国民やチームに謝罪したい」と語り、チームに対しては「以前より良いパフォーマンスを発揮するなど、大きな成長を見せた」と賛辞を贈っている。

しかし、サウジ・サッカー連盟のヤセル・アル・メシャル会長「容認できないものだ」と問題視しており、マンチーニ監督とは話し合いの場を持つことになると明らかにしている。これを報じた『winwin』は、SNS上では、この件がサウジのサッカーファンたちを怒らせ、彼らの一部がイタリア人監督の解任を要求していると伝えるとともに、「昨年8月にエルベ・ルナールの後を継いだマンチーニに対する、サッカー連盟の絶大な信頼が揺らぐ可能性がある」と指摘した。

『Asharq Al-Awsat』紙も「結果を受け入れ、選手をサポートし、慰めるべきだった」と綴ったこの一件だが、サウジ・メディアがネガティブな反応を示したのはこれだけでなく、韓国戦の采配についても、「意味不明で驚くべき選手交代」(『Al Watan』紙)、「選手交代とプレースタイルの選定において、指揮官が上手く対処できたのか、幾つかの疑問を引き起こした」(『Asharq Al-Awsat』紙)と批判が多く寄せられ、後者はPK戦でのキッカーの選定にも疑問を呈している。
評価と期待の高さゆえに、目標を果たせなかった今、サウジ国内では厳しい目を向けられることとなったマンチーニ監督だが、母国イタリアの反応はそれ以上に辛辣だ。欧州制覇の英雄は、昨夏にサッカー連盟との対立を理由にアズーリを去り、すぐにサウジに渡ったことで、少なくないイタリア人の怒りを買ったからだ。

スポーツ紙『Gazzetta dello Sport』は、「嘲笑のサウジ! マンチーニの呪われたPK戦
(後略)」と題したレポート記事で、「イタリアのコーチにとっては信じられないようなジョークで、アブドゥラ・ラディフのゴールで99分までリードしていたにもかかわらず、最後にチョ・ギュソンのヘッド弾で同点に追いつかれた。マンチーニにとっては悪夢で、PK戦を終える前に早くもロッカールームへ戻ることに。彼の将来は全てが未定だ」と、皮肉をまじえながら、前代表監督の受難を伝えた。
一方、フランスのスポーツ専門サイト『sportal.fr』も、「マンチーニのアジアカップでの冒険はラウンド16で終了。イタリア・ジェージ出身の指揮官にとっては、痛烈な皮肉となった」と綴り、また大会中には3選手が出場をめぐってチームを離脱するという事態が起こり、この論争にも巻き込まれたマンチーニの今後について「サウジでの活動を終え、直ちに帰国することになるだろう」と推測している。

韓国戦後の記者会見で自国報道陣から自身の去就について訊かれ、「私には優れた選手たちが多くおり、将来に向けて協力していく」と続投に意欲を示したマンチーニ。韓国を率いたユルゲン・クリンスマン監督からは、「マンチーニがサウジのために成し遂げたことは並外れたものであり、彼は代表チームを素晴らしいものにした」と称賛を受けた。

余談だが、同じ59歳で、今大会では2大陸での王座獲得がなるか注目されていた両監督(クリンスマンは2013年のCONCACAFゴールドカップ優勝)。昨年9月の現職での対決(韓国が1-0で勝利)の他、現役時代にはマンチーニがサンプドリア、ラツィオ、クリスンマンがインテル、サンプドリアに所属したことで幾度も対戦しており、さらにそれぞれイタリア、ドイツの代表選手としては2度相まみえている。

最初はEURO1988の開幕戦(1-1)で、マンチーニが鮮やかな先制点(大会ファーストゴール)を決めるという、アズーリでは力を発揮できずに36試合4得点の記録に終わった彼が唯一輝きを放った一戦。そして2戦目は1994年5月の親善試合(1-2※クリンスマンは2得点)、ジャンフランコ・ゾーラとの早期交代に納得がいかなかった彼は、アリーゴ・サッキ監督に説明を求めて口論に発展し、アメリカ・ワールドカップ出場の希望が消えるとともに、自身の代表キャリアにも幕を下ろすこととなった。

奇しくも現役時代はクリンスマンとの対峙が自身の代表キャリアにおける重要な試合で訪れたマンチーニだが、代表監督として2度の対決(現役時代同様に1分け1敗)を終えた後、彼にはいかなる将来が待っているのだろうか。

構成●THE DIGEST編集部

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