「エクシル(祖国追放)」 9・30事件で国籍剥奪。歴史に翻弄された元留学生の過去と現在 【インドネシア映画倶楽部】第67回

Eksil

現に存在している私たちが、もし存在自体を否定されたら、どう感じるだろうか? 9・30事件で祖国インドネシアを追放され、ヨーロッパ各国で現在も生活を続ける元留学生10人を追う。

文と写真・横山裕一

インドネシア史上最大の事件で、共産党系将校によるクーデター未遂といわれる1965年の9・30事件を契機に当時東欧諸国などで国籍を剥奪された元インドネシア人留学生たちの現在を追いかけた貴重なドキュメンタリー作品。2022年の「ジョグジャ-NETPACアジア映画祭」で最優秀作品賞をはじめ、2023年のインドネシア映画祭でもドキュメンタリー部門の最優秀作品賞を受賞している。

タイトル「エクシル」とは国外追放、国籍剥奪を意味する。1960年代、初代スカルノ大統領の政策で欧州の最先端技術を学ばせるため、東欧諸国や中国などに数千人の留学生が派遣された。1965年、9・30事件が起きると、国内では後に第2代大統領に就任するスハルト当時陸軍戦略予備軍司令官が事件の収拾を契機に権力を握るとともに、全国で一斉に共産党支持者の排除、いわゆる赤狩りが行われた。これによりインドネシアでは200万〜300万人が虐殺されたといわれている。

一方、海外では留学生たちのスクリーニングが行われた。そこでは共産党支持者かどうか、スハルトの新体制を支持するかどうかなどが問われ、共産党支持者、あるいは新体制を支持しないと答えた留学生はその後パスポートが更新されず、事実上国籍を剥奪されるに至った。彼らの多くは共産党支持者ではないものの、留学生として送り出したスカルノ大統領の信奉者が多かったため、スハルト新体制に反対した人々だが、「共産党員(支持者)」のレッテルを貼られたという。その数は数百人に上るとされている。

祖国を追放された彼らはインドネシアでは「エクシル65」と呼ばれている。本作品では「エクシル65」として、ヨーロッパ各国で現在も生活を続ける元インドネシア留学生10人の現在を映し出し、本人のインタビューから過去に何が起きたのかを克明に浮き彫りにしていく。

両親らとも会えず一人、ヨーロッパ各国で無国籍者として過ごす日々の体験談は想像を絶する。様々な想いを抱きつつ故郷から遥か離れたヨーロッパで、力強く生きようとする人々の姿が淡々と描かれる。一方、滞在先の国籍を取得後、祖国であるインドネシアを「外国人」として帰郷しても、家族や親戚から疎遠にされた人も紹介されている。9・30事件から30年以上経った当時でさえ、「共産党支持者」のレッテルが生き続けていた事実も明らかにされる。作品では60年前に起きた事件は過去の歴史ではなく、現在も影を落とし続ける問題であることを強く訴えかける。

監督は女優でもあるローラ・アマリア監督(46歳)で、彼女自身事件当時を知らない世代である。ナレーターも務める彼女は作品内で、「現に存在している私たちが、もし存在自体を否定されたら、どう感じるだろうか?」などと、疑問を投げかけていく。これは多くの犠牲者を出した9・30事件とその後の虐殺事件が何だったのかを追求する疑問でもある。

ジョグジャ-NETPACアジア映画祭」で上映後に挨拶するローラ・アマリア監督(2022年11月)

インドネシア政府は2023年、過去に重大な人権事件が12件起きたことを認め、ジョコ・ウィドド大統領は被害者の人権回復や再発防止を表明した。この12件には9・30事件としてエクシル65問題も含まれているが、1年経った現在も大きな進展は見せていない。

一方で、エクシル65問題で深刻なのは、国籍を剥奪された被害者たちの高齢化である。多くの被害者が80代に達している。本作品は2013年から10年近くにわたって取材・撮影されたものだが、作品内に登場する10人のうち4人がすでにこの世を去っている。エクシル65問題は時間との戦いでもある。

歴史に翻弄された人々を丹念に、そして限られた時間を映像として記録した本作品は非常に貴重なものともいえる。インドネシアでは若い世代はほとんどが同問題の存在さえ知らないだけに、今回一般上映される意義は大きい。インドネシアについて詳しい日本人でも新たに学ぶことが多いかと思われ、是非とも劇場でご覧いただきたい。(英語字幕あり)

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