新NISAがきっかけに…“1人1口座”の制約が招いた「独立系・直販系投資信託会社」の苦境

“オルカン”の純資産総額が2兆円を突破

三菱UFJアセットマネジメントが設定・運用している「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」の純資産総額が、1月11日時点で2兆310億4300万円になり、同ファンドは初めて2兆円の大台に乗せました。

過去、単体の投資信託で最も大きな純資産総額を記録したのは、国際投信投資顧問が設定・運用していた「グローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)」で、2008年7月に5兆7000億円にも達しました。

それに比べれば半分も満たない水準ですが、いささか興味深いのは、国際投信投資顧問という投資信託会社が時折、とんでもない大ヒットファンドを生み出すことです。前出のグローバル・ソブリン・オープン(毎月決算型)で、いまだにどの投資信託も達成できていない5兆7000億円の純資産総額を記録した後、今回のオール・カントリーに行き着きました。

ちなみに三菱UFJアセットマネジメントは、2015年7月に国際投信投資顧問と合併してできた投資信託会社ですから、オール・カントリーが大人気化したのは、国際投信投資顧問の血が流れているからなのかもしれません。

ところで、オール・カントリーの純資産総額が1兆円に乗せたのが2023年4月14日ですから、1年にも達しない期間で純資産総額を倍増させたことになります。

純資産総額は資金の純流出入だけでなく、組入有価証券の値上がり・値下がりも加味されますから、純粋にどのくらいの資金が流入したのかを見るためには、口数ベースの増減をチェックするのが一番簡単です。

純資産総額が1兆円に乗せた時の受益権口数が5765億4618万口で、2兆円に乗せた1月11日時点の受益権口数が9517億9858万口なので、受益権口数ベースで見れば、規模は約1.65倍になったことが分かります。

※受益権口数は、純資産総額と1口基準価額を元に筆者が計算

オルカン2兆円突破は新NISAの影響なのか

この数字を見て、「新NISAのスタートによって、いよいよ本格的に個人マネーが動き出したのでは?」などと安直なコメントをする人もいそうですが、事はそこまで単純ではありません。

投資信託で資産形成をしている、もしくは資産形成に興味を持っている個人の中には、独立系投資信託会社、あるいは直販系投資信託会社という名称を聞いたことがあるでしょう。

独立系とは、銀行や証券会社など大手金融資本の出資を受けていない投資信託会社の総称ですが、大手金融機関との資本関係がないと、運用している投資信託を販売してもらいにくいという問題があったため、自社が直接、個人に投資信託を販売する「直接販売」という形式を採りました。

最近は、金融機関からの出資を受けたり、販路も銀行や証券会社に広げたりしているケースもあるので、かつてのように独立系・直販系ではくくりにくいところもありますが、一般的にはさわかみ投信、セゾン投信、コモンズ投信、鎌倉投信、レオス・キャピタルワークスなどが、独立系・直販系投資信託会社であると認識されています。

金融庁は独立系・直販系投資信託会社をどう見ているか?

こうした独立系・直販系投資信託会社は、一時期、投資信託会社のお手本であるかのように言われてきました。

金融庁が2020年から毎年公表している「資産運用業高度化プログレスレポート」では、資産運用ビジネスにおける課題、論点整理が行われています。

2020年のプログレスレポートでは、

「日本の課題として、国内大手資産運用会社の多くが、販売会社の子会社として設立されたものが多く、金融グループ内において商品提供機能を担ってきた経緯等もあり、グループ親会社や販売会社からの独立性が不十分であることが指摘されている」

「親会社をはじめ金融グループ内において、顧客利益が最優先されるべき資産運用ビジネスに対する理解不足や、短期的な収益重視による顧客目線の欠如から、グループ全体の戦略の中で運用会社の目指すべき姿が定まらず、運用成果に対する意識も不十分であるとの指摘もなされている」

2021年のプログレスレポートでは、

「特定の大手金融グループに属さない独立系資産運用会社においては、自社の目指す姿を明確にし、投資先企業との対話を重視する徹底した企業調査、顧客に対する企業理念やファンドの運用状況の丁寧な説明、資産運用会社自らによるファンドの販売(直販)により、投資先企業や顧客との信頼関係を構築する取組みが見られる」

「独立系等資産運用会社の中には、アクティブ平均を上回る安定したパフォーマンスを実現している社がある」

さらに2022年のプログレスレポートでは、

「アルファの推計値が有意にマイナスとなったファンドは32本。大手資産運用会社のファンドが多くを占め、独立系等の資産運用会社のファンドは見られない」

とあります。このように、これまでの投資信託業界で主流を占めていた大手金融機関系列の投資信託会社の経営、運用、販売体制は望ましくなく、逆に独立系・直販系投資信託会社のそれは理想形である、とでも言うような文言が並んでいます。

独立系・直販系投資信託会社に陰りのワケ

そのうえ岸田内閣は「資産所得倍増計画」を打ち出し、2024年1月からはいよいよ大幅な制度改正を受けたNISAがスタートしました。独立系・直販系投資信託会社にとって、いよいよ飛躍の時が来たと言いたいところですが、これまで一部の人には強烈に支持された「直販」という販売体制にこだわるかどうかによって、会社の命運が左右されるかもしれません。

独立系・直販系といっても、近年では複数の販売金融機関チャネルを持ち、直販比率を下げている投資信託会社もあります。このような独立系・直販系投資信託会社は、今年に入ってからも比較的、資金流出入は安定しているのですが、直販をメインにしている独立系・直販系投資信託会社の中には、資金流入に陰りが見えているところもあります。

理由は「新NISA」です。生涯非課税枠が1800万円まで増額され、制度が恒久化、非課税期間が無期限化されるなど、一気に使い勝手が向上し、多くの人が関心を持っている新NISAですが、口座開設に際しては「1人1口座」というルールがあります。つまりA証券にNISA口座を開設したら、B銀行には開設できないのです。

正しいかどうかは別として、新NISAで資産形成をしようとしている人の中には、「せっかく生涯非課税枠が1800万円まで拡大されたのだから、いろいろな投資商品に分散させたい」などと考えている人もいるでしょう。そうなると、購入できる商品が2、3本しかない独立系・直販系投資信託会社は、NISA口座の開設先として選ばれにくくなります。

金融庁のプログレスレポートで、投資信託会社の理想形であるかのような言われ方をされてきた独立系・直販系投資信託会社が、金融庁主導で使い勝手が向上した新NISAによって苦境に立たされているとしたら、何とも皮肉な話です。

口座開設時にマイナンバーが必要なのだから、それにひもづけて名寄せができるはず。1人複数口座の実現は、ぜひとも検討してもらいたいところです。

参考

・QUICK Money World「eMAXIS Slim『オルカン』の残高急伸、初の2兆円突破」
・金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート2020」
・金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート2021」
・金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート2022」

鈴木 雅光/金融ジャーナリスト

有限会社JOYnt代表。1989年、岡三証券に入社後、公社債新聞社の記者に転じ、投資信託業界を中心に取材。1992年に金融データシステムに入社。投資信託のデータベースを駆使し、マネー雑誌などで執筆活動を展開。2004年に独立。出版プロデュースを中心に、映像コンテンツや音声コンテンツの制作に関わる。


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