「逃げることはできないとずーっと思っている」笑わない男、稲垣啓太が主張する日本ラグビーの向上に絶対不可欠な“バトル”とは?

ラグビーは手の使えるフットボールで、無差別級の格闘技でもある。

日本代表として昨秋までに3度のワールドカップを経験してきた稲垣啓太は、その原理原則に倣う。

「他の格闘技では、怪我などが起きないようにコンタクトレベル、ウェイト差、階級を統一している。ただ、ラグビーには、それがない」
身長186センチ、体重116キロ。一般的には明らかに大柄も、トップレベルの舞台では2メートル、120キロ超級の猛者ともぶつかり合わなくてはならない。

「だから、フィジカルのバトルから逃げては通れないんです。フィジカル、コンタクトのエリアをやらないのは僕からしたらあり得ない。コンタクトフィジカルの向上は、上でやるのなら必要不可欠です」

ボールより前でプレーできない競技の特性上、最前線でのぶつかり合いを避けて通るのは極めて難しいのだ。ラグビーがラン、フットワーク、パス、キックと多彩な動きの見られるスポーツであるのもわかったうえで、身体衝突を「そこ」という指示語に置き換えて言う。

「そこじゃない違うところで勝負するという気持ち(考え方がある)もわかるし、そこを第一に考えない戦術があるのもわかるんですけど――大前提として、コンタクトエリアで制圧しないと、世界でやるにはその後が難しいですよね。全て、そこから始まるので」

ポジションは左プロップ。スクラムを負荷のかかる最前列で組みながら、突進役、タックラーとして局面に何度も顔を出す。攻めては攻防の境界線に亀裂を入れ、守っては走者を仰向けにしたり、その場に止まらせたり。

「スクラムなどのセットピース、ブレイクダウン(接点)、ボールキャリー(突進)、ディフェンス、タックル…全て、コンタクトが含まれますよね。そこからは、避けては通れない」

2024年よりジャパンの新ヘッドコーチとなったエディー・ジョーンズは、「超速ラグビー」を謳っている。万事における速さを求める。

もっとも、「コンタクトで勝っていかないといけない」とも強調する。「超速」と強調するのは、体重で上回る相手に当たり勝つべく「いかに速く高い姿勢から低い姿勢になるか」をはじめとした意識、技術を植え付けたいからだ。

たとえ質量に劣っていても肉弾戦を制することは可能だし、制するべきだと断言する。
「笑わない男」の愛称でも知られる33歳もまた、「コンタクトエリア、フィジカルバトルから逃げることはできない」と「ずーっと、思っています」。小さい者が大きい者を倒すための「スキル」も無視しないが、まずは「まず最低限のフィジカルを持ち合わせる」。骨格、筋肉の質を高めるのを第一義とする。

「土台がない状態でスキルを使っても、付け焼刃みたいな感じになります。自分のフィジカルに、スキルを乗せる。人それぞれのやり方を否定するつもりはないですが、フィジカル(強化)から逃げてはいけない」

話をしたのは昨年12月の初旬。ジョーンズが8年ぶりに代表指揮官に就くと知られるよりも前のことだ。

埼玉パナソニックワイルドナイツの一員として、国内リーグワンのスタートを間近に控えていた。秋に参戦したワールドカップフランス大会を2大会ぶりの予選プール敗退で終えると、「4日」だけ休暇を取り、熊谷市内の拠点で再始動した。

「普通な感じです。日常に戻ってきたなと。動かない休みは、あまり作らない。一人ひとり休みの定義は違うし、ひとそれぞれやり方はありますが、僕は、いつも通り身体を動かしながら整えていった」

大会中に負ったダメージは「治りました。…4日で」とのことだ。

「痛みが大丈夫になったから動き始める…ではないので、僕の感覚は。痛みがあっても、動かしながらよくしていく。程度にもよりますよ、本当に無理なら動けないでしょうし。…自分の動けるレベルを判断しながら、いまの自分の身体を理解してやっていった」

果たしてリーグワンでも、開幕から5戦続けて持ち味を発揮。クラッシュから「逃げない」というこの人の当たり前を貫いてきた。第6節は欠場も、フィールドへ戻れば通常通りのハイパフォーマンスが担保されるか。

取材・文●向風見也(ラグビージャーナリスト)

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