「技術者を採用できない。誰か手段を教えて」頭を抱える中小鉄道 トラブル続出の背景に深刻な人材難

岩木山を背景に走る弘南鉄道の列車=1月27日、青森県平川市

 青森県平川市に本社を置く弘南鉄道は県内で弘前市と黒石市を結ぶ弘南線と、弘前市と大鰐町を結ぶ大鰐線の2路線を運行する。100年近い歴史があるこの弘南鉄道が昨年9月25日の昼前、何の前触れもなく全線で運行を取りやめた。
 きっかけは、約1カ月前に起きた脱線事故。レールの検査方法に誤りがあったことが判明したため、正しく検査し直したところ、脱線区間以外でも基準を超えてレールが摩耗していたことが分かったのだ。
 地方の生活の足となる中小鉄道が苦境に立たされている。大量退職や、給与水準の高いJRなどに人材が流れて技術者が不足し、施設の保守管理もままならないためだ。トラブルは弘南鉄道だけではない。香川県の高松琴平電気鉄道(ことでん)でも、安全を揺るがす事態が相次いだ。国内の旅客鉄道事業者数の約8割を占める中小鉄道で今、何が起きているのか。(共同通信=小林知史、加志村拓、赤羽柚美)

弘南鉄道大鰐線で脱線した列車=2023年8月7日、青森県大鰐町

 ▽突然の運休、全線運行再開は2カ月半後
 昨秋にいきなり全線を運休した弘南鉄道は、バスによる代行輸送をしながら、順次運行を再開。最終的に全線が復旧したのは2カ月半後の12月8日だった。
 国土交通省東北運輸局の調査で、同社の不適切なレール検査の実態が明らかになった。一部区間で摩耗測定器を使わず目視のみで実施したため、レールの交換基準に達していたにもかかわらず「適合」と誤った判定をするなどしていた。
 運輸局は今年1月、改善を指示。その際に指摘したのは、弘南鉄道が陥った人材難のこんな実態だ。
 「施設の保守管理をする係員の経験が浅く、現場責任者が不在となっていた。さらに本社に保線関係の専門的知見を持つ職員が在籍してなかったことから、保守管理体制が脆弱だった」

弘南鉄道に改善を指示した国土交通省東北運輸局の文書の写し

 ▽改善指示したのに、またトラブル
 香川県内に三つの路線を持つ「ことでん」のトラブルは、昨年4月、踏切の遮断機が下りないまま電車が通過したこと。四国運輸局は、重大な事故につながりかねないとして昨年6月に改善を指示。ところが、その後の昨年7月と8月にも同様の事案が発生した。
 ことでんは2021年にも遮断機トラブルで改善指示を受けていた。四国運輸局は、同社が21年に作成した踏切点検マニュアルに掲げた一部の点検を実施していなかったことを確認。マニュアルに関する教育や訓練もマニュアル作成時の臨時教育1回のみしか実施されていなかった。
 問題の責任を取って昨年8月に辞任した真鍋康正社長は記者会見で謝罪した。「多大な不安、迷惑をおかけして申し訳ない。安全面の予防措置的な投資が欠けていた」

踏切トラブルを受け、記者会見で頭を下げる高松琴平電気鉄道の真鍋康正社長(左から2人目、当時)ら=2023年8月21日、高松市

 ▽出向者、外注頼みの現状
 問題はことでんや弘南鉄道だけではない。全国の中小鉄道の路線維持や経営実体はどうなっているのか。2022年末から23年初めにかけ、1キロ当たりの1日平均乗客数(輸送密度)が2千人を下回る中小鉄道会社約50社を対象にアンケートを実施した。
 その結果、中小鉄道会社の多くが人材確保に苦しみ、保線や施設など技術系の部門を中心にJRからの出向者や外注に頼っている現状が明らかになった。
 中でも、弘南鉄道は十分な応募者がいないなど、人材の採用に「課題や不安がある」と回答。「人手不足や採用難の解決のため、どのような取り組みをしているか」との質問にはこんな回答が寄せられた。「手段が知りたいです」。有効な対策がなく苦心する様子がうかがえた。
 弘南鉄道も「保線」「施設」「車両」を外注に頼っている。改善指示後に開いた記者会見でも同社幹部は直近の約10年間、退職した社員の補充が十分にできなかったと述べた。「人員不足は深刻だ。退職などで人の配置が変わることで教育が行き届いていなかった」

JR西日本本社=2009年撮影、大阪市

 ▽人材確保へJRもてこ入れ
 人材不足の問題は、中小鉄道に限った話ではない。JR各社も待遇改善による人材確保に努めている。JR東日本は、2023年春闘で要求を上回る6千円弱のベースアップを実施すると労働組合側に回答。JR西日本は昨年11月、新型コロナウイルス禍で落ち込んだ業績が回復したとして、冬のボーナスとは別に20万円と月給の3割に当たる額の「一時金」を社員に支給すると発表した。社会人採用の初任給も大幅に引き上げ、てこ入れを図る。それでも施設系の社員は「高速道路会社や自治体との人材獲得競争がある」(JR西関係者)。
 こうした状況下では、元々の賃金水準が低い中小鉄道、仮に賃金を多少引き上げたとしても人材がうまく集まらない。かといって運賃の値上げも容易ではない。沿線住民の利便性の低下につながるためだ。財政支援をする地元自治体には、さらなる費用拠出への警戒感がある。実際、弘南鉄道の地元の弘前市議会では、「いつまで支援を続けるのか」と長期の運休をきっかけに市側を問い詰める議員もいた。

能登半島地震で被災した「のと鉄道」の現地調査をする鉄道建設・運輸施設整備支援機構の調査隊(同機構HPから)

 ▽技術者養成に公的機関が関与を
 アンケートでは、整備新幹線の建設などを担う独立行政法人「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」など公的機関で社員教育ができるようになれば良いと思う分野も尋ねた。ほとんどの会社がこれに回答し、保線や車両、施設などを挙げ、公的機関の関与に期待する実態が浮かんだ。
 鉄道は運転士などの人と、車両や線路などのハードのどれが欠けても維持できない。社員数の少ない中小鉄道では自社での技術維持に限界があり、JRの退職者を受け入れたり外注したりしてきた。だが、JR側も人手不足に直面していて、一度退職した社員の再雇用を強化している。
 今年1月に発生した能登半島地震では、同機構が職員を派遣して被害状況の調査や技術的なアドバイスを行った。中小鉄道は、こうした現場への直接的な支援を求めていると言える。
 国や行政機関の役割は事業者を監督するだけで良いのか。安全を支える鉄道員を養成する新たな仕組み作りが求められている。

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