川上未映子、小川哲、凪良ゆう……芥川賞・直木賞受賞作家もズラリ 2024年本屋大賞ノミネート全10作を解説

「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」をキャッチフレーズに開催される「2024年本屋大賞」のノミネート作が発表された。昨年度の受賞作の続編があり、芥川賞や直木賞の受賞作家による新作があり、小学校の中学年から楽しめるジュブナイル・ミステリもあってと色とりどりの作品が並んで読書好きを誘う。

『黄色い家』(中央公論新社)は、2011年本屋大賞に『ヘヴン』、2020年本屋大賞に『夏物語』がノミネートされた川上未映子が初めて挑んだというクライム・サスペンス。家出した少女たちがカード犯罪の出し子という犯罪に手を染めるという、今まさに社会問題となっているテーマに挑んだ内容だが、第138回芥川賞を受賞した「乳と卵」の頃から家庭や社会と折り合えず悩む少女を描いてきた作者だけに、登場人物たちの心情に迫った作品となっている。「王様のブランチBOOK大賞2023」を受賞した作品で臨んだ3度目の本屋大賞で初受賞を飾れるか。

川上未映子が芥川賞受賞者なら、『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社)の小川哲は第168回直木賞を『地図と拳』で受賞した経歴の持ち主。本屋大賞にも2023年に『君のクイズ』でノミネートされていて、2年連続の選出となった。作者を映したような主人公が、嘘つきのトレーダーや偽物のロレックスを腕に巻く漫画家やかつての同級生の成功を小馬鹿にする会社員といった人々と交流する様を通して、虚飾にまみれて生きる人たちの心情といったものを描き出す。SNSの発展で承認欲求にまみれた人があふれ出ている現代を、どのように生きるかを考えさせてくれる1冊だ。

『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版)の津村記久子も、第140回芥川賞を「ポトスライムの舟」で受賞しており、『水車小屋のネネ』も第59回谷崎潤一郎賞を既に受賞している。他にも織田作之助賞や川端康成賞といった豊富な受賞歴の持ち主だが、本屋大賞とはこれまで縁がなかった。身勝手な親から逃れて姉妹となった8才と18才の少女たちが、たどりついた街で〈ネネ〉という喋る鳥に出会い、様々な人と交流しながら変化していく姿を30年にわたって描く。人生というものを見つめ直したくなる物語だ。

『スピノザの診察室』(水鈴社)がノミネートされた夏川草介は、「神様のカルテ」シリーズが人気となり、櫻井翔の主演で映画化されたり福士蒼汰主演でドラマ化されたりした人気作家。本屋大賞にも2010年と2011年にこのシリーズでノミネートされている。『スピノザの診察室』は、難手術を何度も成功させた凄腕医師が、妹の死を受け、甥を引き取ることになって京都の町中の地域病院で内科医として働くようになるストーリー。市井の目線から人の命や幸せについて問い直す。

元新聞記者として、将棋界をテーマにした『盤上のアルファ』やグリコ・森永事件に迫った『罪の声』を発表してきた塩田武士が、事件記者だった人物を主人公にした作品が『存在のすべてを』(朝日新聞出版)。旧知の刑事の死をきかっけに、30年前の平成3年に起こった誘拐事件で被害者だった子供が、今どうなっているかを知って再取材を始めた主人公の前に、ある人物の存在が見えてくる。2017年に『罪の声』、2018年に『騙し絵の牙』がそれぞれノミネートされた作者の3度目の本屋大賞を、受賞で飾るに相応しい重厚さを持った作品だ。

『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)は、第20回女による女のためのR-18文学賞で大賞、読者賞、友近賞の3冠に輝いた宮島未奈のデビュー作。閉店を控える西武大津店に通って中継に映ると言いだしたのを始まりに、無謀なことを次々に言っては突き進んでいく中学2年生の少女を描いて、読む人に元気を与えてくれた。即増刷となって10万部を突破するベストセラーとなり、続編『成瀬は信じた道をいく』も登場。映像化があれば誰が成瀬を演じるべきかを議論したくなる。実現すれば映画『翔んで埼玉~琵琶湖より愛を込めて~』にも増して、滋賀県を全国へと押し出すはずだ。

『放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件』(ライツ社)は、『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズで知られるいとうのいぢのイラストがついた「天久鷹央の推理カルテ」シリーズで広い世代から支持される知念実希人が、初めて挑んだジュブナイル。先生を依頼人とした学校で起こる不思議な事件に挑む子供たちの活躍を楽しめる。2018年に 『崩れる脳を抱きしめて』、2019年に『ひとつむぎの手』、2020年に『ムゲンのi』、2022年に『硝子の塔の殺人』で都合4度、本屋大賞にノミネートされた”常連”だが、ジュブナイルで受賞となれば、作家としてもカテゴリーとしても初となる。注目だ。

『星を編む』は、2023年本屋大賞を受賞した凪良ゆう『汝、星のごとく』(講談社)の続編だ。瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、母親の自由奔放な恋愛に振り回されて島に引っ越してきた櫂が出会い、惹かれ合ってすれ違いながら成長していく青春ストーリーだった受賞作。対して『星を編む』は、暁海と櫂の教師の北原や、漫画原作者・作家となった櫂の担当編集者の物語が綴られる。2度の受賞なら凪良の他に恩田陸もいるが、3度目は過去になく連続受賞もないだけに、こちらにも注目が集まる。

『リカバリー・カバヒコ』(光文社)の青山美智子も、2021年に『お探し物は図書室まで』、2022年に『赤と青とエスキース』、2023年に『月の立つ林で』がノミネートされた常連作家。自分の治したい部分を触れると願いがかなうという都市伝説を持ったカバの遊具に語りかける人々を通して、思い悩む人々が回復しようとする様を描く。交流が希薄になった現代に生きる人たちに、救いをもたらしてくれる優しい物語だ。

『レーエンデ国物語』(講談社)は、多崎礼による重厚なファンタジーのシリーズで現在第3巻まで刊行中。母を失った領主の娘が、結婚を迫りお淑やかでいろと求める親族から逃げ出して冒険の旅に出た先、呪われたレーエンドという地で琥珀の瞳を持つ射手のトリスタンと出会う。すっかり居ついたレーエンデにやがて騒乱が迫り、ユリアは戦いの中へと足を踏み入れていく。『煌夜祭』『”本の姫”は謳う』『血と霧』といった、世界観まで含めて創造したファンタジー作品を書き継いできた作者の目下の代表作。シリーズが完結した暁には、日本のファンタジー史に残る傑作となっているだろう。

2024年本屋大賞は、これらのノミネート作品に対して選考員となっている書店員が投票し、得票数で大賞が決まる。発表は4月10日の予定。

(文=タニグチリウイチ)

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