老サモ・ハンの“終活”描く!? カンフー映画『おじいちゃんはデブゴン』 認知症の最強じいさんに号泣待ったなしの名作

『おじいちゃんはデブゴン』© 2016 Irresistible Alpha Limited, Edko Films Limited, Focus Films Limited, Good Friends Entertainment Sdn Bhd. All Rights Reserved.

ジャッキー・チェンの隣によくいるぽっちゃりさん

あなたはサモ・ハンをご存知だろうか。

『燃えよドラゴン』(1973年)冒頭でブルース・リーに挑んだ青年として注目を集め、『燃えよデブゴン』(1973年)や『スパルタンX』(1984年)、『五福星』(1984年)『プロジェクトA』(1983年)など代表作を多数持つ香港のカンフースターだ。ジャッキー・チェンの隣によくいるぽっちゃりさんといえばおわかりだろうか。

統計学的に「サモ・ハン・キンポーが隣でわちゃわちゃしているジャッキー映画はおもしろい」という事実が物語る通り70~80年代は、その体型からは想像できないアクロバティックなアクションで世界中の肥満児に夢と希望を与えた。

わがままぽっちゃりボディに加えておかっぱ頭と愛嬌のある笑顔。皆、親しみを込めて「大大兄貴(タイタイコー)」なる愛称で呼んでいた。

そんなサモ・ハン・キンポーに事件が起きたのが90年代。ハリウッド進出を機にサモ・ハンに改名、髪型もオールバックにイメチェンし、これまでの三枚目路線から貫禄たっぷりのおじさんへと変貌した。

『ラスト・シャンハイ』(2012年)『イップ・マン 葉問』(2010年)など良い作品は多数あるが、中でも個人的おすすめとして、『SPL/狼よ静かに死ね』(2005年)あたりをぜひ観てほしい。犯罪組織のボスを演じたサモ・ハンがドニー・イェンと死闘を繰り広げるのだが、これがめちゃくちゃカッコ良い。

あのデブゴンが……カッコよすぎる。当時「あの野郎、もしかして50歳を超えてモテようとしてるのか? 色気づきやがって!」という不安がよぎったが、そもそもサモ・ハンの奥さんはミス香港だ。昔からめっちゃモテていた。ただただ努力を怠らず、自分を磨き続けているだけだった。

鯉が滝を登り龍となるように、サモ・ハンはキンポーを捨てて龍となった。

良い歳の重ね方をされた人はたくさんいるが、サモ・ハンに敵う人はなかなかいない。俺が思うに、キンポーを捨てないとサモ・ハンの域に達することはできない。承認欲求や変なプライドは年齢と共に削れていくものだが、ノー・キンポーの境地へ辿り着くのはとても難しい。

そんなサモ・ハンの近年の作品で俺が強くおすすめしたいのが、今回紹介する『おじいちゃんはデブゴン』(2016年)だ。

記憶は失っても、戦い方は身体が忘れていない

『おじいちゃんはデブゴン』、原題は『我的特工爺爺』だ。「特工」に「爺爺」。言葉の意味はわからないが、とにかくすごそうなことはビシビシ伝わる。これがサモ・ハン版『レオン』か『グラン・トリノ』とも言える、心に沁みる作品なのだ。

サモ・ハンが演じるのは元特殊部隊の老人、ディン。物忘れも激しく初期の認知症と診断されたディンは、過去に自身の不注意で孫娘を失ったことで娘からも絶縁された、悲しい過去を持つ男だ。

そんな彼が唯一心を許しているのが、隣に住む少女チュンファだった。チュンファの父であるレイ(アンディ・ラウ)はなかなかのクズで、ギャンブル中毒で中国マフィアから借金を重ねていた。

ある日、借金返済のためにロシアのマフィアから宝石を奪うという危険な仕事を受けたレイだが、よりによって奪った宝石を持ち逃げするという最悪なクズムーブを発動。結果、チュンファの身にも危険が迫る。

平和な街を襲う悲劇。だが、記憶は失っても戦い方は忘れていない。ディンは、マフィアたちを掃討するため立ち上がる。

「昨日の夕食も覚えていない。自分は優しくされる価値のない人間だ」

サモ・ハンが20年ぶりにメガホンを取り、主演を務めた本作。アンディ・ラウが製作、主題歌を担当しただけでなく、盟友ユン・ピョウ、ディーン・セキ、ツイ・ハークら香港映画界の伝説たちが多数ゲスト出演。かなり豪華な作品(サモ・ハン自ら一人一人に電話して誘ったらしい!)だが、作品には全体的にもの哀しさが漂っている。

例えば『男たちの挽歌 II』(1987年)のディーン・セキや『ダブル・チーム』(1997年)の監督ツイ・ハークは、いつもベンチに腰掛けているおじいちゃんとして出演。一時は香港のみならずハリウッドでも活躍した彼らが老いた姿は、背中が丸くなった親を見ているような寂しさを感じる。

そしてサモ・ハン。家の鍵の場所も忘れるほど認知症が進行していても、孫娘を失った悲しみからはいまだ解放されていない。チュンファを助けるために戦う覚悟を決めたディンが、いつも親切にしてくれるご近所の老婆ポクに語りかけるセリフが泣ける。

「自分の不注意で孫娘を失った。それ以来、親子の縁は切れた。これが私の人生。私の記憶の全て。昨日の夕食も覚えていない。自分は優しくされる価値のない人間だ」

歩くのも精一杯な体で、少女のため単身、敵地に乗り込むディン。さすがにアクロバティックなアクションはないが、確実に相手の骨を断って戦闘不能にする格闘スタイルは、さすが伝説のデブゴンだ。

ついにディンは敵の集団を戦闘不能にするが、心配になって探しにきたたポクに座り込んでいたところを発見される。「孫がいなくなった」と涙するディンに、「何を言ってるの、昔の話でしょ」と優しく手を取るポク婆。

本当の孫のように思っていたチュンファへの想いなのか、もしくは認知症の影響で自分が戦っていた理由すら忘れてしまっているのか……。どちらとも取れるこのシーンは、サモ・ハン史上に残る名演技だ(個人的には前者だと思っている。本当の孫のように思っていたチュンファへの想いも認知症だと思われるのが切ない)。

あなたは「 ビー・サモ・ハン」できているか?

キャスト的には“香港版エクスペンダブルズ”のような本作。どちらも戦う人間国宝作品だが、「いつまでも元気いっぱい大暴れ」なエクスペンダブルズと違い、老いを受け入れた沁みる作品だ。

まるでサモ・ハンの終活のようで、かつて彼に熱狂したファンは切なくなるだろうが、是非とも最後まで観てほしい。とびっきり愛に溢れたエンディングが待っている。

世の中にはコンビニ店員に偉そうにしたり、若い子に価値観を押し付けたりする残念なジジイがたくさんいるが、男に生まれた以上はやさしさを忘れない強い人間であり続けたい。

己のキンポーを捨てることができているか? ビー・サモ・ハンできているか? 少しでも近づけるよう自問自答の日々だ。

文:デッドプー太郎

『おじいちゃんはデブゴン』はCS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:24時間 カンフーアクション」で2024年2月放送

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