平安時代におけるミスコン? 「五節の舞」で思い出される、夕霧のおもしろエピソード

大河ドラマ『光る君へ』第四話では、「五節の舞」が大きな物語の転換点となっていた。

主人公まひろが、三郎の正体――藤原家の三男であり、さらに自分の母を殺した犯人の弟であることを知ってしまうのだ。

そのきっかけとなったのが、まひろが「五節の舞」を舞うことになった、という場面。

実はこの「五節の舞」、平安時代におけるミスコンのようなもの。つまり当時の貴族の姫君たちといえば、基本的に顔を隠して御簾のなかで暮らしていたのに、「五節の舞姫」として選ばれた女性は貴族の男性たちが見守る中で舞を披露しなくてはいけないのだ。

「五節の舞」とは何か? それは新しい天皇が即位したとき、「今回の天皇の御代でも、ちゃんとお米が豊かに実りますように」とみんなで願う儀式・大嘗祭の宴会芸だ。宴会は「豊明節会(とよあかりのせちえ)」と呼ばれ、さまざまな舞が披露される。なかでも五節の舞は、数人の貴族の姫君が舞うのがきまり。

普通は上流階級の姫君が選出されるのだが、なぜ中流貴族の娘であるまひろが舞うことになったのかというと……ひょんなことから知り合いになった源倫子(左大臣の娘)に「私の代わりに舞って!」と頼まれたから。

実は倫子の今後の運命を知っている人からすると、舞を肩代わりするまひろに「一生恩にきるわ!」と言う倫子の言葉がなんとも怖いのだが……これはもう少し物語が進んでから語ろう。

さて、そんな五節の舞で「身代わり」として舞うことになった、まひろ。『光る君へ』四話のこのエピソードを見た時、私は『源氏物語』のある場面を思い出した。

五節の舞姫と光源氏の息子・夕霧

それは『源氏物語』第21帖「少女(おとめ)」に収録されたエピソードである。

『源氏物語』でも五節の舞が登場し、このとき舞うことになったのは、惟光(光源氏の従者)の娘。

光源氏が「惟光の娘が美人らしい」という評判を聞きつけて、「うーむ、今年はとくに華やかな五節になるらしいから、惟光のところの娘はどうだ」と推薦したのである。

惟光は「ええっ、大切な娘をそんな人前にさらすような場に出すなんて!」と父親として迷惑がっていたのだが、上司である光源氏の頼みは断れない。五節の舞姫になることは彼女のその後のキャリアにとっても悪くはないし、まあいいか、と了承したのだった。

今でいえば「きみのところの娘、うちのミスコンに出してくれない? ちょっとミスコンを盛り上げたいんだよ~!」と上司に言われ、いやいや頷いた部下……というところであろうか。現代であれば光源氏はコンプライアンス研修を受けていただきたいところである。

そんな舞姫は、光源氏の息子・夕霧にいきなり一目惚れされてしまう。

夕霧は、真面目で勉強のよくできる男だが、いかんせん女心がわからない、というキャラクター。光源氏を父に持ちながら、まったく女性関係はモテる描写が存在しない。幼馴染の雲居の雁と初恋を成就させようとするも、結局恋は実らずに終わってしまう。そんな彼が一目惚れしたのは、舞姫。

さてそんな夕霧と舞姫の出会いを覗いてみよう。

牛車から大切に下ろされた舞姫は、妻戸の座敷の屏風で隠された場所で休んでいた。そこが彼女の一時の休憩所だったからだ。

夕霧は、そっと屏風の後ろから、舞姫を覗き見した。

……彼女はだるそうに横たわっていた。

夕霧がじっと見てみると、ちょうど幼馴染の雲居の雁と同じくらいの年齢の娘だった。しかし雲居の雁より舞姫はすらりと背が高く、素敵な感じの女性だった。

「え、こっちのほうが美人じゃない?」と夕霧は内心思った。

暗くてよく見えないが、なんだか雲居の雁にちょっと似ている女性と出会えたことににやついてしまう。雲居の雁からいきなり乗り換えた……というわけではないけれど、夕霧は彼女に思わず声をかけてしまった。

夕霧は着物の裾で音を立てた。舞姫は「何⁉」と驚いた。

「あなたが天上の豊岡姫神にお仕えするお方であっても、私はあなたのことをしめ縄で『私のものだ』と印をつけました。そのことを忘れないでくださいね。

……ずっと前からあなたが好きでした」

と夕霧は歌を詠んだ。

が、あまりにも唐突な恋歌である。

もちろん声は若くて美しかったが、舞姫は「誰やねん、キモすぎるわ」と怪訝な顔をした。

舞姫が戸惑っているうちに、「姫様、化粧直しをしますわ」と女房たちがやってきた。夕霧は「ちっ、残念だなあ」と舌打ちしつつ帰っていった。

〈原文〉

舞姫かしづき下ろして、妻戸の間に屏風など立てて、かりそめのしつらひなるに、やをら寄りてのぞきたまへば、悩ましげにて添ひ臥したり。ただ、かの人の御ほどと見えて、今すこしそびやかに、様体などのことさらび、をかしきところはまさりてさへ見ゆ。暗ければ、こまかには見えねど、ほどのいとよく思ひ出でらるるさまに、心移るとはなけれど、ただにもあらで、衣の裾を引き鳴らいたまふ。何心もなく、あやしと思ふに、

「天にます豊岡姫の宮人もわが心ざすしめを忘るな

みづがきの」

とのたまふぞ、うちつけなりける。若うをかしき声なれど、誰ともえ思ひたどられず、なまむつかしきに、化粧じ添ふとて、騷ぎつる後見ども、近う寄りて人騒がしうなれば、いと口惜しうて、立ち去りたまひぬ。

(新潮日本古典集成『源氏物語』「少女」)

……いかがであろうか。もう和歌の時点で、紫式部が夕霧をどういう男だと思っているか、よく分かる描写ではないか。

言うに事を欠いて、はじめて出会って、ほとんど一目惚れした女性に「あなたは私のものであることを忘れないでください!」って。信じられない。どんなメッセージを送るんだ、夕霧。

ちなみに夕霧の見た目は光源氏譲りの美青年。もちろん声も素敵らしい。だがそんな彼の容姿をもってしても、舞姫に「なまむつかしき(なんか気持ち悪い)」と思わせるひどい和歌の技術。

ちなみに和歌にある「しめ」とは、「しめ縄」のこと。現代でもお正月に飾ったり、神社で見かけたことのある方もいるのではないだろうか。

要はしめ縄とは、神様のいる聖なる空間を、外界から隔てる結界なのである。

五節の舞姫という皆の美少女に対して、私がしっかり私のものとして外界と隔てるしめ縄をつけましたから、忘れないでくださいね!という和歌を詠む夕霧。しかも初対面で、真昼間で、関係もなし。

はっきり言って、現代なら突然「きみはぼくのものだよ」と連絡をするストーカーにならないか不安。

さらに和歌に添えた言葉は、「みづがきの(ずっと前から好きでした)」というもの。舞姫にとって、コワいを通り越してキモいになってしまうのは仕方のないところだろう。

五節の舞に思いを馳せながら寄ってほしいお店

こんな面白すぎるエピソードが掲載されている『源氏物語』の五節の舞の場面。『光る君へ』では五節の舞は物語の大きなキーとなる舞台だったが、『源氏物語』でもインパクトの大きい舞台となっていた。やはり姫君が珍しく顔を見せる、という場面には、当時はどうも恋愛の発展がつきものだったのだろうか?

ちなみに光源氏は、昔、五節の舞姫として選ばれた女性とも当然(?)付き合った経験がある。彼女は「筑紫の舞姫」と呼ばれ、光源氏が彼女のことを思い出す場面もある。

五節の舞は、大極殿の廂で開催されていた。現代の二条城の近くあたりである。ちなみに「大極殿」と現代の京都でいうと、『大極殿本舗』の和菓子のお店を思い出す人も多いのではないだろうか。

『大極殿本舗 六角店 栖園』『大極殿本舗 本店』があるのだが、どちらも京都で和菓子を食べたいならとてもおすすめのスポット。すごくおいしい「琥珀ながし」というお菓子もあり、わらび餅も絶品。ちなみに名前の由来は、平安時代の「大極殿」から来ているらしい。京都に立ち寄った際、五節の舞に思いを馳せながら寄ってほしいお店のひとつである。

文=三宅香帆 写真=三宅香帆、PIXTA

三宅香帆
書評家・作家
書評家、作家。1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院卒。著書に『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文』他多数。

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