【史上初】 火星を飛行したヘリコプターが損傷し、ミッション終了へ

NASAは2024年1月25日、火星の空を飛行した史上初の小型ロボット型ヘリコプター「インジェニュイティ」が1月18日の飛行で回転翼を損傷し、これ以上の飛行が不可能となったことを発表した。

画像 : 火星ヘリコプター・インジェニュイティ by semeion.photo is licensed under CC BY 2.0

NASAの「インジェニュイティ」は、火星はもちろん、地球外の惑星の上空を初めて動力制御飛行した、無人航空機(小型ロボット型ヘリコプター)だ。

2020年7月30日に火星に送り込まれ、これまでに数多くの成果を残してきたが、当機としてのミッションは続行が不可能になった。

本稿では、インジェニュイティについて説明する。

目次

インジェニュイティとは

「インジェニュイティ(Ingenuity)」は、人類史上初となる、地球以外での惑星で動力制御飛行を実証する目的で火星に投入された、小型ロボット型ヘリコプターである。

2021年2月18日には、インジェニュイティはNASAの「パーサヴィアランス(Perseverance)」ローバーに搭載されて火星到着を果たした。

画像 : 火星上のパーサヴィアランス public domain

パーサヴィアランスは、火星のジェゼロクレーターを探査するためのマーズ・ローバー(火星探査車)でインジェニュイティの親機でもある。

着陸当初は、火星の薄い大気でもエンジンを使った飛行が可能であることを実証する任務の一環として、30日間の技術デモンストレーションの間、インジェニュイティが地上から3〜5m範囲の高度で最大5回、それぞれ最大90秒間飛行することを目的としていた。

2021年4月19日、インジェニュイティは史上初の火星飛行に成功し、当初の目的を達成した。

目的を達成したNASAは、インジェニュイティのミッションを延長し、生命探査とサンプル収集を行うために23個のカメラを搭載したパーサヴィアランスと共に活動を行うことにした。

以降、インジェニュイティは飛行テストを重ね、より高度な飛行を実現し、最終的には72回もの飛行を達成している。

インジェニュイティはパーサヴィアランスのミッションにも貢献し、火星の空から撮影したパノラマ画像など、科学的な成果も少なくなかった。

インジェニュイティの特徴

画像: インジェニュイティの主な構成要素 public domain

インジェニュイティの特徴として、搭載された太陽電池パネルやバッテリー、通信機器など、すべてにおいて可能な限りの小型化と軽量化が図られた。

その結果、インジェニュイティの大きさは、長さが13.6cm、幅が19.5cm、高さが16.3cmで、重量は1.8kgとなった。

また、インジェニュイティには、オープンソースOSであるLinuxが採用され、CPUや通信機器はスマートフォンなどに使用される民生品の部品も利用されている。

インジェニュイティは、太陽電池で電力を供給し、上下に取り付けられた長いデュアル逆回転ローター翼を高速に回転させて飛行する。

さらには、地球から送信される飛行計画や操作コマンドなどのセットを受取り、自律的に飛行することができるのだ。

火星の大気は地球よりも100分1と薄く、地球と同じようにヘリコプターを飛ばすのは困難だとされていた。

しかしインジェニュイティは人間の直接制御なしで、地球から7500km以上離れた火星の「非常に薄い大気の中を自律飛行する」ヘリコプターの能力を証明したのだ。

インジェニュイティの最後の飛行

インジェニュイティは、最後(72回目)となった2024年1月18日の飛行で、いくつかの問題に遭遇した。

飛行中に、「インジェニュイティとローバー間の通信が着陸前に途切れた」と、NASAは声明で述べている。

ミッションチームはインジェニュイティとの通信を回復することには成功したが、4枚のローター翼の1枚以上が「着陸時に損傷を受けた」ことを明らかにした。

ローター翼の損傷により、「もはや飛行できない」とNASAは発表したが、チームはインジェニュイティがどの程度のダメージを受けたのかを明らかにしようとしている。

着陸時に電力が低下し地面との接触を引き起こしたのか、あるいは何かによって視界を遮られる「ブラウンアウト」を引き起こしたのか、まだ明らかではない。

そして、ローター翼が何によって損傷したのかも確定していないという。

残念ながら、インジェニュイティの飛行が再開される見込みは非常に薄いとされている。

インジェニュイティの軌跡

画像: 高度1.2mでの最初のテスト飛行中のインジェニュイティの白黒写真。地面に影が写ってい
る。 public domain

以下に、インジェニュイティの軌跡についてまとめておこう。

・2021年2月18日、火星に着陸。
・2021年4月19日、初の火星飛行に成功し、人類史上初の他天体での航空機による動力制御飛行を成し遂げた。また垂直離陸、ホバリングを39.1秒の飛行時間で行い着陸した。その後、計5回のテスト飛行で最大高度約5m、距離約300mを飛行した。
・2021年8月、本番ミッション移行し、以降火星での飛行を継続。
・2022年5月7日、通算50回のマイルストーン飛行を達成した。
・2022年7月24日、火星での通算飛行時間が1時間を超えた。
・2022年11月、通算60回の飛行を果たし、当初の運用目標を大きく上回った。
・2024年1月18日、72回目の着陸後に撮影された写真でローターブレードが1枚以上損傷していることが確認され、これ以上の飛行は難しいと判断され運用を終了した。
・この72回の飛行で、総飛行時間は2時間以上、総飛行距離は約2.6kmと当初の飛行計画(5回)の14倍以上の距離を飛行した。

さいごに

インジェニュイティの成果は火星探査の歴史に残る業績となった。

インジェニュイティの貴重な飛行データや情報、実証された火星飛行と軽量ヘリコプターの可能性は、後継機に生かされていくだろう。

NASAはすでに、インジェニュイティが築いた基盤と、このミッションから得た知見を活用して、将来的に他の惑星や天体でヘリコプターを使用することを見据えているという。

実際にNASAは、パーシヴィランスが入手したサンプルを地球へ持ち帰るために、インジェニュイティと同様の2つのヘリコプターを送る計画を立てている。

また、火星で独自の科学ミッションを実行できるような、より大きく能力の高いヘリコプターの開発もすでに進行中だという。

インジェニュイティの後継機で何が達成されるか期待したい。

参考 :
NASA to ‘wiggle’ broken Ingenuity Mars helicopter’s blades to analyze damage | Space

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