86歳、カワイイぼっちでハッピー!オッケー! イラストレーター・田村セツコさん

(撮影:高野広美)

原宿の古いマンションでひとりぼっち。でも大好きなイラストを描いて暮らす生活は、まるでセツコさんの“カワイイ”夢の世界のよう。

年金も振り込まれるけど、内訳なんか気にしない。終活なんて、明日考えよう。孤独死だっていいじゃない。

女性ひとりだって、ごきげんにいまを楽しく生きられるヒントが、セツコさんの暮らしぶりにはあふれています。

ひとりだって、ハッピー! オッケー! 大丈夫だからね♡

田村セツコさん(85)1950年代後半から『りぼん』『なかよし』など少女雑誌の表紙や挿絵を手がけたイラストレーターの草分けであり、いまや世界を席巻する日本の“カワイイ”ブームの元祖的存在だ。

来月早々には86歳になるという今も、1975年に始まったサンリオの『いちご新聞』連載を継続中。また、昨秋に出版された著書『86歳の健康暮らし』(興陽館)をはじめ、ひとり暮らしの達人であるエッセイストとしても支持を得ている。

「ここ原宿での暮らしも、もう40年。この街は、犬のぬいぐるみをぶら下げて歩いてる、へんてこりんなおばあちゃんでも(笑)、誰もふり向かない居心地のいい場所です。この犬のピーターは、97歳でみとった母の形見なの」

自身のイラストから抜け出してきたような、かわいいブラウスとスカート姿に、肩から犬のぬいぐるみバッグを提げた田村さん。

やがて、原宿のど真ん中にある自宅マンション兼アトリエに到着。

「足の踏み場もなくて、ごめんなさいね。私、“節約のセツコ”だから、モノを捨てられなくて。デスクの背後に積み上げられてる空き箱もカラフルだから、いつか作品に応用できるんじゃないかと思うの。あの木の枝も、花屋さんが捨てると言うからいただいたり」

■ポケットの小銭でも、夢さえあれば豊かに暮らせる。終活より今日を楽しく生きなきゃ

「毎日、必ず午前3時半ごろにパッと目が覚めて、『ああ、私はひとりなんだ』って思う。

でも、本棚を見れば、幼いころから大好きな『赤毛のアン』の作者のモンゴメリやフランソワーズ・サガンなどの自伝があって、彼女たちも孤独と共に生きたことを、私は知っている。

それに、もう80年以上生きて、むしろ孤独は自分に味方してくれるぜいたくな時間とも思えるの」

本格的な起床は、6時半。

「まず、テレビをつける。古い小さなテレビで、NHKは映らないんだけど(笑)。毎朝、キャスターがニュースを読み上げていて、こんな早くから偉いねと。

それからお茶やコーヒーを入れて、家庭教師のジェームス先生に、いろんな社会の出来事について教わるの。この“ジェームス先生”というのは、朝夕に届く新聞のことを、勝手にそう呼んでるの」

9時に、仕事開始。

「アシスタントもいませんから、メールも電話も自分で。原稿は、レターパックで送ります。

だから、そんなときに自然に郵便局などに行くための外出があるわけで、いわゆる散歩のための散歩はしません」

12時近くになると、ブランチタイム。

「食事は、ワンプレートで、オムレツにスムージーだったり。玉ねぎが大好きだから、いつもスライスして冷蔵庫に。ものすごく粗食で、少食です。

いただきものも多くて、ビスケットがたくさんあったら、少しずつかじってる。雑食ね(笑)。食でも何でも、きちんとしたシステムには従えないタイプみたい」

その後は、打ち合わせなどがあれば外出もして、17時ごろに仕事を終える。

「日が暮れれば、お酒もほどほどにいただきます。小さなコップに日本酒を八分目。私、カワイイ女の子を描き続けてきたせいかワイン好きと思われているんだけど、実は日本酒党なのよ」

そして19時を過ぎると就寝となるが、こうした毎日のルーティンを支えるのが、健康な体だ。

「新人のころには頑張りすぎたり寝不足で過労にもなりましたが、その後は、ずっと医者知らず。介護保険のサービスどころか、健康診断も最後に受けたのは29歳のとき。これは、丈夫に産んでくれた両親に感謝しかありません」

最後に病院に行ったのは、75歳のときだった。

「車にぶつけられて脳波をとりました。先生がX線写真を見ながら『脳が40歳くらいですね』と言うので、私、つい、『えっ、そんなに老けてるんですか!?』って言っちゃった。そしたら先生が『普通、75の人に40歳と言うと喜ぶものですよ』ですって」

そりゃそうよね、と笑う口元から白い歯がのぞく。そういえば、件のエッセイにも「全部自分の歯なの」とあったが。

「ベランダで育てているアロエで作る“アロエ水”でうがいしてるのが、いいのかな。人によって体質も違うんだから、自分が信じる健康法が、いちばん体にいいのよ。

今のマイブームがコーヒー健康法。飲むんじゃなくて、頭にピチャピチャふりかける。香ばしさがアロマ効果になるし、前頭葉の刺激にもなるって、ほんとかな(笑)」

近年、よく話題になる「終活」や「年金」についても尋ねた。

「8つ年下の弟と電話で話すと、その話題になります。この先、大事なことと思いますが、正直、まだピンとこない。

年金も、郵便局の通帳に振り込まれますが本当に少ない額で、その内訳などもよくわかってないの。ただ私は、千円札1枚あれば大丈夫。ポケットの小銭でも、夢さえあれば、豊かに暮らせると思うんです」

さらに年齢とともに増す、認知症への不安についても、

「それも実は自然なことで、私は人が“うららか”になると受け止めています。

たしかに、今まで『難しいことは明日考えよう』できたけど、そろそろ真剣に考えなきゃと思いますから、明日考えます(笑)。

ただ、『お葬式はしません』とは、周囲の人に伝えておかなきゃね。『田村セツコ孤独死』もかまわない。お別れパーティも、来る人が面倒くさいじゃない。それは申し訳ないと思うの。

そんな心配より、今日を楽しく生きなきゃ。それでいつかは、お墓の中から『ボンジュール!』って、私らしいと思わない?」

あっけらかんと言える背景には、好きな仕事を選び、今もバリバリ現役で描き続ける日常がある。

「結婚もしなかった。憧れはありましたよ。人並みに、そんな恋愛話でにぎやかな時期もありましたし(笑)。でも、ギリギリの決心のなかで、私には仕事と家庭の両立は難しいかなと思ったの。

自分が6人家族の幸福な生活を十分に楽しんだから、同じことはしなくていいかな、という思いもあったかな。それで今、屋根裏部屋のような自宅マンションで、貧乏絵描きのひとり暮らしをしながら、好きな絵を描いてます」

日々、ペンを走らせながら、絵に込めた思いを届けたい相手が明確に存在する。

「この空の下のどこかに、今日もひとりぼっちでため息をついている女の子や女性がいるでしょう。彼女たちに、『オッケー、オッケー、だいじょうぶだから!』と、そうつぶやきながら、いつも描いています。

自分の人生を振り返ってもそうだったけど、世間には必ず素敵な先生や応援団がいるもの。まず私がその第1号だからねと、そんな思いを大切にしているの」

【後編】86歳現役のイラストレーター・田村セツコさんが語る「母と妹のW老老介護」へ続く

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