江戸川乱歩の就職(2月4日)

 日本の推理小説界の草分けとされる江戸川乱歩は1945(昭和20)年、サラリーマンへの転身を決めた。東京で履歴書を出し、戦時下の住民に米を配給する機関「食糧営団」の福島県支部長に就くことが決まった▼太平洋戦争は敗色が濃くなっていた。執筆を依頼されることもなくなった。蓄えは底を突き、収入の道を講じなくてはならない。幸い、保原町(現・伊達市)に疎開している家族と一緒に暮らす手はずにもなっていた。そのままなら毎日出勤し、県民と机を並べていたかもしれない▼だが間もなく終戦を迎え、就職を辞退する。消えかけた情熱を奮い起こし、再びペンを執る決意をした。後に心境をしたためている。〈アメリカが占領したのだから、日本固有の大衆小説はだめでも、探偵小説の方は必ず盛んになると信じた〉(講談社刊「探偵小説四十年」)▼ロシアによるウクライナへの侵攻は2年前の今月始まった。パレスチナの地でも流血の惨事が続く。命を失わなかったとしても、乱歩のように、生きがいを奪われる人もいよう。誰もが自由に才能を伸ばせる社会に復興させたいが、名探偵が謎を解くようにはいかないのがもどかしく、悲しい。<2024.2・4>

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