スピルバーグ製作総指揮『マスターズ・オブ・ザ・エアー』が呼び覚ます善悪についての考え

ナチスドイツと戦う歩兵連隊の戦いを描いた『バンド・オブ・ブラザース』、海兵隊の太平洋戦線での日本軍との戦いを描いた『ザ・パシフィック』と、スティーヴン・スピルバーグとトム・ハンクスらは製作者として、第二次世界大戦時のアメリカ兵の活躍を、破格の予算をかけたTVドラマとして映像化してきた。ここで紹介する、『マスターズ・オブ・ザ・エアー』は、その第3弾となるドラマ作品だ。これで、陸・海・空をそれぞれメインとした作品が出揃ったことになる。

今回は、総製作費2億5000万ドルという破格の予算のために、これまでシリーズを手がけてきたHBOではなく、新たにAppleとの契約が結ばれたことで、Apple TV+からの配信となった。近年、良質な作品には出資を厭わないAppleの姿勢が、ここでも発揮されたかたちだ。

ここでは、そんな巨費が投じられた本シリーズについて、3話までがリリースされている現時点で、何が描かれていたのか、そしてシリーズを楽しむ上で注意すべき点が何なのかを考えていきたい。

原作となっているのは、第二次大戦の専門家であるドナルド・L・ミラーが、インタビューや証言、資料などを基にまとめた、「爆撃隊」の側から見た戦争の詳細な記録だ。“爆撃”といえば、一方的な殺戮のイメージが強い。だがここでは、爆撃機に乗る者たちもまた、空の上で次々に命を落としていったという、悲劇の過去が語られている。本シリーズは、いつ命を失うか分からない極限状況のなかで、ナチスドイツに空から対抗した者たちの戦いと友情が描かれていく。

驚かされるのは、圧倒的なVFXの力だ。第二次大戦の記録映像を見ても、軍の空戦の凄まじさは筆舌に尽くし難いものがあるが、本シリーズでは、それが鮮明な映像で再現される。「空飛ぶ要塞」と呼ばれる爆撃機B-17や、編隊の威容、そしてドイツ軍機を含めた戦闘機が乱れ飛び、空が混沌とした地獄と化していく描写には、圧倒されるものがある。

また、コクピット側から見た、敵軍の放つ「対空砲火」が、機動性において戦闘機に劣る爆撃機に乗る者たちにとって、どれだけ脅威なのかが分かる、凄絶な光景には息を呑む。対空砲や敵機の機銃によって次々打ち落とされる味方や友たち、同じ機に乗っていても被弾して命を落とす兵がいるなど、“敵の恰好の的”になりがちな爆撃機での任務で生き残るためには、運の要素がとてつもなく大きいことが、本シリーズで理解できるのだ。

炎に巻かれながら機とともに墜落していく者、コクピットで撃ち抜かれる者、空中に投げ出され機の主翼に激突して潰れる者など、いずれの死も悲惨で恐ろしい。このような描写があることで、『プライベート・ライアン』(1998年)の「ノルマンディー上陸作戦」の演出同様に、第二次世界大戦時の戦闘の苛烈さが、ここでは一兵士の感覚で味わうことができるのだ。

登場人物の多くは、実在の兵士たちだ。『エルヴィス』(2022年)のオースティン・バトラーが演じるのは、ゲイル・クレイブン少佐。“バック”という愛称で呼ばれている彼は、アメリカ陸軍航空軍・第100爆撃隊所属パイロットとして、現場での隊の精神的主柱となっていく。

『ファンタスティック・ビースト』シリーズのカラム・ターナーが演じる、“バッキー”ことジョン・イーガン少佐は、バックの飛行学校からの親友。彼もまた第100爆撃隊で、任務の成功と生還を目指す。さらには、『Saltburn』(2023年)のバリー・コーガン、ドラマ『セックス・エデュケーション』のチュティ・ガトゥ、スティーヴン・スピルバーグの息子ソーヤー・スピルバーグ、ジュード・ロウの息子ラフ・ロウなど、若い世代の俳優たちが兵士を演じる。

3話までの時点で印象深いのは、アンソニー・ボイルが演じる、ハリー・クロスビー中尉の役割だ。彼は、飛行機の進路をナビゲートする「航空士」として爆撃機に搭乗しているが、飛行機酔いに弱いという弱点があり、その影響で致命的な測量ミスを犯し、搭乗員全体が窮地に陥ってしまうことになる。機内でひたすら計算し続けるという地味な仕事でありながら、その出来次第で死に直面しかねない重要な存在が、航空士なのである。そんなクロスビーが、新たな任務で失敗を取り戻せるかどうかに注目が集まる。

そして3話では、ついに爆弾投下に向けて隊の機が次々と危険な空域へと突入していくことになる。爆弾を投下するということは、当然ながら敵地の上空まで飛行しなければならない。重要な拠点を守るため敵側が警戒するなか、目的地まで恐怖にさいなまれながら攻撃に耐え続けるには、死への覚悟を決めなければならない。そんな精神状態を知ることが、本シリーズの醍醐味だといえよう。

このような、若者たちの極限の状況や友情関係が、ときに残酷に、ときに叙情的に映し出される、全9エピソードは、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のキャリー・フクナガら複数の監督が演出を務めている。バックとバッキーの運命の行方を見守ることを含め、最後まで追っていきたいシリーズである。

一方で、爆撃を題材とした本作が、スティーヴン・スピルバーグの手によって送り出されている点には、懸念される点もある。なぜかといえばスピルバーグは最近、2023年10月にイスラエルで起こった、イスラム組織ハマスのイスラエル市民への攻撃について、非難する公式コメントを発表しているからだ。(※)

もちろん、ユダヤ系として事件に巻き込まれた人々の側に立った発言をすることには何の問題はない。しかし、その後のイスラエル軍による、多数の子どもを含めた死者を出し続けている報復行為の方には言及しなかったことで、一部から失望の声が挙がっているのだ。ハマスの凶行に近い実際の事件を描いた『ミュンヘン』(2005年)では、両者の事情について慎重な描き方をしていたスピルバーグであっただけに、違和感をおぼえたファンは少なくないかもしれない。

アメリカが大筋で支援しているイスラエル軍がガザ地区を空爆し、多くの人命を奪った現実があるなか、爆撃隊を英雄として描いている本シリーズの内容を楽しむことについて、題材になっているのがホロコーストを起こしたナチスドイツとの戦いであるとはいえ、視聴者がいま躊躇する感情が生まれるというのは、無理がないことだとも思える。とりわけ、日本人は米軍が日本の各都市を空襲し、原子爆弾を投下し、多くの民間人が恐ろしい被害を受けた歴史を知っているし、逆に日本軍が中国の都市を空爆した事実も知っているはずだ。

どのような感情を持つにせよ、このタイミングで配信されることになった本シリーズ『マスターズ・オブ・ザ・エアー』が、歴史問題や、戦争における暴力、善悪についての考えを、あらためて観る者に呼び覚ますことは避けられないだろう。戦争映画、ドラマは、そういった部分も含め、感覚を研ぎ澄ませて鑑賞するものでもあるのである。

参照
※ https://www.cnn.co.jp/showbiz/35212408.html

(文=小野寺系)

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