【インタビュー】前鹿島監督の岩政大樹に訊いた、日本を離れベトナムへ渡ったワケ

ACL2023-24に出場してホームで浦和レッズを下したベトナム1部の強豪ハノイFCの新指揮官に岩政大樹監督が就任した。

Vリーグのクラブに日本人監督が就任するのは、三浦俊也氏(2018:ホーチミン・シティFC)、霜田正浩氏(2021:サイゴンFC)に続いて岩政氏が3人目だが、これまでに日本人監督がベトナムで成功したケースはない。

昨年末に鹿島アントラーズ監督を退任した後、新天地にハノイFCを選ぶに至った経緯や海外挑戦にかける意気込みなどを41歳の若き指揮官に訊いた。今回がその前編。

――アジアカップに伴うリーグ中断期間中の就任となりました。リーグ再開までの1か月でどんな準備をしていく予定ですか?

「最初に提示したもの、チームの根幹となる動きと連動の仕方を選手たちに伝えて、その上で出てきた現象を一つずつ改善していくだけです。今いる選手たちが、所謂現代サッカーを身に着けて、いつの日かベトナムサッカーで改革を起こしたと言われるような存在になれたらいいなと思っています。そのためのサッカーを植え付けていて、2週間でかなり形になってきたので、残り2週間余りでさらに練度を高めていくつもりです」

――リーグ中断期間に行われた国際親善大会ハナプレイカップの2試合は、就任後の初陣ということになりました。結果は残念ながら2試合連続のPK負けでしたが、内容に手応えは感じていますか?

「見る人が見れば、どれだけハノイFCのサッカーが変わったかということが分かると思いますし、それだけの試合内容を見せてくれた選手たちを評価しています。

セカンドチームやリーグ戦では登録されていない選手を使わざるを得ない状況でしたが、彼らが新しいプレーモデルの中で非常にモチベーション高くトレーニングしてくれました。ベトナムのトップレベルの選手たちではないにもかかわらず、また2週間という短い中で、一定のレベルに至ったというのは驚きでもありましたし、大きな伸びしろを感じました」

――鹿島の指揮官を退任された後、ハノイFC就任に至った経緯について教えてください。

「12月頭に鹿島を離れて、色々なクラブと話をする中で正直、このタイミングで東南アジアに出ていくというのは、当初あまりピンとこなかった。ただ、日本のクラブと話しては立ち消えとなるようなことが幾つかあり、その中で僕が日本のクラブにすがりつこうとしているような感覚に陥るときがあって…。指導者業界のリアルをそこで感じました。

選手と違って指導者は、基本的にはヨーロッパに渡れない。それ故に一番レベルが高いところにJリーグがあって、すごく狭い中で椅子取り合戦をしている。そう考えると、僕たち指導者はとても不利な立場にあって、この構図が日本の指導者業界を息苦しいものにしている気がしました。

僕はまだ41歳ですが、僕のような指導者が海外に出ていかないと。指導者はヨーロッパにはなかなか渡れないので、アジアということになりますが、広い世界の中で日本を捉える感覚でいないと、指導者業界も僕自身の感覚も変わらない気がしました。そう思うに至ったころ、ハノイが早い時期から興味を持って具体的なオファーもしてくれていたので、それならば行こうと決めました」

鹿島時代の岩政監督

――これまで解説者としてベトナム代表の試合を観ていたかと思いますが、当時のベトナムサッカーの印象は?

「やはりパク・ハンソ監督の色が濃くて、サッカー自体も勤勉に戦ってカウンターを狙うというイメージ。どんどん若い選手が台頭していて、4、5年前に解説者をしていた当時はベトナムサッカーにとても勢いがあった時代なので、そういう印象が強いですね」

――ハノイFC監督就任会見で、思った以上にチームとして積み重ねてきたものを感じているとの発言がありました。具体的にはどんなことですか?

「ボールを動かすということに関しては、色々なデータを見ても、また実際にしているサッカーを見ても、それができる選手たちが揃っていました。ポゼッションのスタイルを比較的得意とするタイプが多くいて、それプラスで、切り替えのフェーズの意識を持っている。おそらくこれは、僕が来て新しく言われたことじゃなく、以前から積み重ねてきたものがあるんだろうな、というのを初日トレーニングで感じました。

ただ、その繋がりの部分で、どのように攻撃することが守備の準備になり、どのように守備することが攻撃の準備になるのか、そこにどのように選手が配置されて繋いでいくのか…。これは監督の仕事ですが、そこをどう伝えるのか試行錯誤しています。

ポゼッションをするということは、カウンターよりも局面での判断が難しくなるので、どうすれば自己満足のポゼッションで終わらず、勝つためのポゼッションに昇華するのか。これは僕が指導者としてトライしたかったことでもあるし、ハノイFCがトライすべきことでもあります。ベトナムサッカーで改革を起こすには、それをやり切ること。そのための土壌が思っていた以上にハノイFCにはあります」

――実際にハノイFCを率いることになって現地に足を運び、練習や試合を重ねた中でその印象に変化はありましたか?

「来てみて思ったのは、一昔前の日本に似ているということ。ベトナムサッカーで伝統的に行われきた、所謂守ってカウンターという形から脱却したい気持ちがあるのかなと。僕のような日本人指導者をハノイFCが求めていたのも、その一つなのかなと思います。そういうサッカーを植え付けた上で勝たせる監督が求められていて、そこの部分を期待されていると思います。

クラブや協会というよりも、選手たちからそれを強く感じますね。選手たちの特徴として、身体が大きかったり、フィジカルに優れたりというスタイルではないので、カウンターよりもポゼッションを意識して、ボールを動かしながら連携で崩していくような本来の日本が得意とするサッカーを目指している。それは来てみて初めて感じたことではあります。選手たちは素直で、監督がやろうとすることを頑張って実践しようとしてくれるし、指導者としてはやりがいがある。そこも日本と似ていると思います」

――ハノイFCは、昨シーズンまで指揮されていた鹿島と同様、常に優勝争いが期待されているチームですが、今シーズンは黒星が先行しています。就任に際して今シーズンのほぼ全ての試合を観たとのことですが、チームが抱えている問題点は何だと感じていますか?

「開幕後すぐに(ボジダル・バンドヴィッチ)監督が退任され、そこから正式な監督を置いてなかったという話なので、クラブ全体の方針が定まらない中、ここまでずるずる来たんだろうなというのがあります。色々な戦術的なこともありますが、まずは方向性を定めて、選手間でしっかり共有することで改善されると思います。

現代サッカーがどのように成り立っているのか、選手たちはまだ感覚的に持っていない。従来の守ってカウンターでは、4局面の整理がつきやすいですが、ここにポゼッションでボールを動かすという作業が入ってくると、4局面の繋げ方がとたんに難しくなるのが現代サッカーで、それぞれの局面に色々な判断が生まれる。各局面をどう整理したら、コンパクトさを維持しながら、ベトナム人選手が躍動するのかを選手たちがまだ体験していないというのが、課題にあります」

――岩政監督としては今後、このチームにどんなエッセンスを加えていきたいとお考えですか?

「言葉で言うなら、ポゼッションしながら相手を圧倒して敵陣でずっとプレーし続けるようなサッカーです。それが世界のサッカーを変えてきたと思いますし、それを実現した指導者が各国のサッカーを変えてきている。これが十数年にヨーロッパサッカーから始まったサッカー界の潮流です。

日本代表の森保一監督に会ったことがあり、いい人という印象を抱いていたとのこと。

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それをやり切るだけの土壌があるクラブに来させていただいたので、単にボールを動かすだけでなく、相手を崩しきって何度も得点し、例え相手にボールを奪われても敵陣で即時奪還して攻め続け、常にタイトルを取り続けるというところまでクラブを発展させる。これが僕の目標であり、やろうとしていることです」

(後編へ続く)

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