Jリーグ担当審判員が集結。JFAレフェリーキャンプ全容【現地レポート】

佐藤隆治氏 写真:Getty Images

日本サッカー協会(JFA)審判委員会は2月3日、レフェリーブリーフィングを開催。高円宮記念JFA夢フィールド(千葉県千葉市)にて行われたレフェリーキャンプの模様を、報道陣に公開した。

このキャンプでは今2024シーズンのJリーグ担当審判員たちが集結。試合映像を別室でチェックしているビデオアシスタントレフェリー(VAR)が、主審を含む現場の審判団による誤審や見逃された重大な事象について介入できるVAR制度を適切に運用すべく、この日は同制度に関するトレーニングが重点的に実施された。

ここでは、2月3日に行われたJFAレフェリーキャンプの模様を紹介。Jリーグ担当審判員がどのようなトレーニングを積み、判定スキル向上に努めているのか。この点を中心に明かしていく。


Jリーグ VAR 写真:Getty Images

今さら人には訊けない「VAR」とは

ビデオアシスタントレフェリー(VAR)とは、フィールドとは別の場所で試合映像をチェックし、主審を含むフィールドの審判員たちをサポートする審判員のこと。「最良の判定を見つけようとするのではなく、(フィールドの審判団による)はっきりとした明白な間違いをなくすためのシステム」というのがVAR制度の根本精神であり、「ほとんど全ての人が、その判定を明らかに間違っていると思う以外は、VARがその事象に介入することはしない」という大前提がある(括弧内はJFA公式ホームページより引用)。

競技規則上、VARは試合中の全ての事象に介入できるわけではない。介入できるのは以下の4つの事象や状況のみだ。

1. 得点か、得点ではないか
2. PKか、PKではないか
3. 退場か、退場ではないか(2枚目のイエローカードによる退場は対象外)
4. 警告・退場の人(ひと)間違い


木村博之氏 写真:Getty Images

海外サッカーの中継映像でトレーニング

2月3日のJFAレフェリーキャンプで行われたVARトレーニングのひとつが、海外サッカーの中継映像を用いた研修だ。

この研修では各審判員がVAR役、及びフィールドの審判員役に割り振られる。VARの要求に応じ、複数の映像から判定に最適なものを抜粋してVARをサポートするリプレイ・オペレーター(RO)や、VARやROとともに試合映像をチェックし、VARを補佐するアシスタント・ビデオアシスタント・レフェリー(AVAR)役の審判員もこのトレーニングに加わった。

ここではVAR役の審判員が、モニターに映し出される試合の中継映像を見ながら、「ポッシブル・オフサイド(オフサイドの可能性あり)」、「APP(※)スタート」、「(APPを)リセット」などの声を発する。これに加え、中継映像の主審による明白な誤審に対しレビュー(映像確認)を行い、実戦での無線交信を想定したやり取りをAVAR役やRO、及びフィールドの審判員役としていた。

(※)アタッキング・ポゼッション・フェーズの略。攻撃側チームがボールを保持し、攻撃に移る局面を指す。得点、PKとなる、または決定的な得点機会阻止の反則が起こる前に、攻撃側に反則があったか否かをビデオアシスタントレフェリーがレビューできる範囲のこと。


山下良美氏 写真:Getty Images

互いに高め合った審判員たち

ハンドの反則が疑われる場面で「ボールの回転が変わっている」と、VAR役の審判員が判定の根拠となり得る事実を述べる。最小限かつ的確な言葉のやり取りで、スピーディーに最終判定を導き出そうという気概が、トレーニング中の各審判員から窺えた。

VAR役による、海外サッカーの試合映像のレビューが終わった後には、フィールドの審判員役によるフィードバックが行われる。レビューの手順に問題は無かったか、無駄な言葉のやり取りが無かったか。これに加え、「ポッシブル・オフサイド」や「APP」の声出し(映像へのタグ付け)のタイミング・頻度は適切だったか、より良い映像選定や映像の流し方(通常速度なのかスロー映像なのかなど)はできなかったのか。これらを厳密にチェックすることで、審判員たちが互いに高め合っていた。

2023 FIFA女子ワールドカップ VAR 写真:Getty Images

模擬試合でのVARトレーニングも

海外サッカーの試合映像を用いたトレーニングのみならず、JFA夢フィールド内での模擬試合を通じたVAR研修も行われた。

同施設のグラウンドで行われる模擬試合をフィールドの審判員たちが捌き、VARやAVAR役の審判員が別室でこの試合の映像をチェック。実戦さながらの無線交信をしていた。

この日の夕方には、模擬試合でのVARチェックへのフィードバックや、審判員たちによるディスカッションが実施されている。今2024シーズンよりJFA審判マネジャーJリーグ担当統括に就任した、元国際審判員の佐藤隆治氏が本ディスカッションの司会を務めた。


西村雄一氏 写真:Getty Images

伝わってきたVARの緊迫感

筆者にとって印象的だったのは、ペナルティエリア内における決定的な得点機会の阻止(Denying an Obvious Goal Scoring Opportunity、通称DOGSO)で、ある主審が反則を犯した守備側チームの選手にレッドカードを提示した場面だ。

現行のサッカー競技規則ではDOGSOに該当する場面でも、反則地点がペナルティエリア内であり、その選手がボールにプレーしよう(正当にアプローチしよう)と試みたと判断できる状況では、レッドカードではなくイエローカードが提示されることになっている。これは相手にPKを与えたうえに一発退場、さらに次試合出場停止の三重罰を緩和するための規定だが、今回の模擬試合ではボールへのプレーを試みたはずの選手に、レッドカードが提示されていた。

審判員の名前は伏せるが、Jリーグの担当経験が豊富なこの主審、実は競技規則を失念したわけではなく、VAR役審判員のトレーニングの一環として、わざと判定ミスを犯している。VAR役審判員が、この明らかに間違った判定について主審にオンフィールド・レビュー(※)を進言できるか。この場面ではこれが試されていた。

最終的には正しい判定にたどり着いたものの、この模擬試合でVARを務めた審判員は緊張のあまり、的確な言葉を発せず。佐藤隆治氏も当該審判員をフォローしていた。

「VARやAVAR役は緊張したと思います。実際に、すごく緊張したと言っていました。(無線交信時の)声を聞いても分かります。(その模擬試合で主審を務めた、経験豊富な)〇〇さんがそんな間違いを犯すわけがないと(笑)。こうした前提で入るので、どうしたら良いのだろうとなる。でも、間違えることは(誰にでも)あるんです」

「最終的な判定は正しいです。(オンフィールド・レビューのために)主審も呼べています。判定の正確さという面では良い。じゃあどうしたらこの時間(判定にかかる時間)を速くできるか。VARやAVARがどんなサポートをすれば、何を改善すればオンフィールド・レビューまでの時間を短縮できるでしょうか」

(※)VARの提案をもとに、主審が自らリプレイ映像を見て最終の判定を下すこと。


佐藤隆治氏 写真:Getty Images

佐藤氏の提案は

この佐藤氏の発問のもと、この日研修に参加した全審判員による活発なディスカッションが繰り広げられることに。「複数の映像を(同時に)何回も流してチェックするのではなく、ボールにプレーしたことがはっきりと分かる映像があったので、それを1画面にして流せば良いのでは」と、ある審判員が最適な映像選びについて語った後に、佐藤氏も主審に対するVARの進言のしかたについてこのように提案している。

「僕がこういうシーン(DOGSO)を見ていると、イエローカードにした理由は何ですか、レッドカードにした最大の理由は何ですか。こういう聞き方(をするVARが多い)。たとえば『ホールディング』(相手選手を掴む反則)と主審から言われれば、その反則をとっているのかと(主審の意図が)分かる。何の反則をとったのかを訊く。この言い方も(方法の)ひとつですよね」

判定の正確さと、VARレビューにかかる時間の短縮の二兎を、佐藤氏や各審判員は追っている。彼らがこなしている厳しい研修が、今2024シーズンのレフェリングに活かされるのを願うばかりだ。

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