【編集長日記】シンガポール、「初恋」の一夜 窪田正孝主演の映画を見る

私が窪田正孝という俳優を好きなことは、以前に「編集長日記」の「窪田君、『ス・ゴ・イ』」に書いた通りです。要約すると、「無から有をつくり出す『演技』というクリエーション」に引かれた、ということ。当初は同一人物だと気付かずにスルーしていたほどの別人となり、そこに存在することによって虚構の作品を実在の世界へと変える、窪田君の演技力が好きなのです。

残念ながら、ジャカルタで窪田君の出演作品を見る機会は限られています。窪田君主演の「東京喰種」と「東京喰種S」はジャカルタの映画館でも公開されましたが、ほとんどの作品は公開されません。日本での公開情報を「指をくわえて」見ているばかり。

そこへ、窪田君主演、三池崇史監督の映画「初恋」がシンガポール国際映画祭で上映される、という情報がありました。「窪田君+三池監督」とあっては、どうしても見たい映画でした。チケット発売開始時間にオンラインサイトに入り、試しにチケットを購入してみたところ、意外にあっさりと購入成功してしまいました。チケットの値段は14シンガポールドル+手数料2シンドル。チケットが取れてしまったことに興奮しながら、映画館の場所を調べ、シンガポール行きの航空券と映画館近くのホテルを取りました。「初恋」のチケットは1日ほどで売り切れたようでした。

ジャカルタからシンガポールは、飛行機で約1時間半の近距離(時差は1時間)。映画は金曜深夜、午後11時55分からの上映です。「Midnight Mayhem(深夜の大騒ぎ)」と題したミッドナイト上映。「『初恋』とは一晩の間に起きた物語なので、夜に体験してほしい」という趣旨のようでした。つまり、映画の夜と現実のシンガポールの夜を重ねて、観客もそこにいるかのように体験する、という狙いです。

ジャカルタからの飛行機が約2時間遅延し、シンガポール空港到着は午後6時半ごろでした。イミグレも時間がかかり、長蛇の列となっているタクシーはあきらめ、MRTへ。ブギス駅に到着したら、小雨が降っていました。

ブギス駅からホテルに向かって歩いている途中に、映画館の入っているショッピングセンター「Bugis+」の雨に濡れたネオンが目に飛び込んで来ました。周りには日本食の居酒屋的な飲み屋が並び、ポップな和雑貨店があったりして、妙に日本っぽい雰囲気。若者が集い、渋谷や原宿の雰囲気に似ています。ホテルに荷物を置いてすぐ、映画館の下見に出かけました。

翌日、ホテルの部屋から見たショッピングモール「Bugis+」

映画館は、「Bugis+」上階にある「Filmgarde」です。シンガポール在住の友人によると、割合に小さいハコで、古い映画などをよく上映している「名画座」のような雰囲気の映画館、とのこと。

通常の商業映画も上映中でしたが、入口付近に「第30回シンガポール国際映画祭」の看板が出され、上映予定に「First Love(初恋)」の名前と写真が!! ついに来ました。

学生ボランティアらしい映画祭スタッフが受け付けをするテーブルには無料パンフレットが置かれ、ポストカードやバッジなどのオリジナルグッズも販売していました。残念ながら、「初恋」のグッズはありませんでした。「シンガポール国際映画祭」の木製バッジが13シンドルと高価でしたが、記念に購入しました。

購入してあったEチケットに問題がないことを確認してから、開場時間を聞きました。上映時間の30分ほど前に開場し、席は先着順の自由席、とのこと。これで、準備は完了です。

夕食を済ませてから、開場の1時間前ぐらいに映画館に戻ると、すでに深夜なのでモールの店はもちろん全部閉まっていて、全体の照明も消されて真っ暗でした。映画館には少しだけ行列が出来ていて、私は前から3番目ぐらいでした。待っているうちに列は20人ほどになりました。

受け付けが始まり、Eチケットのバーコードを読み取り、入場します。青い椅子がゆったり並ぶ、こぢんまりしていてリラックスできる劇場でした。前から3列目ぐらい、中央の席に座りました。シンガポール在住なのか日本人らしい人も何人かいましたが、ほとんどの観客はシンガポール人の若者でした。

上映前に三池監督も入場しました。三池監督はこの映画祭で名誉賞を受賞し、マスタークラスも開講されるため、シンガポールを訪問しています。三池監督は「これは初恋の物語だ、と僕が言うとみんな信じてくれないんですが、本当にそうなんです」と作品を紹介しました。

上映前に挨拶する三池監督(左)

そして、映画上映開始。映画はざっくり言うと、新宿で日本のヤクザと中国マフィアの抗争が起き、窪田君演じるボクサーとヤクザの所へ売られたシャブ漬けの少女が巻き込まれ、二人で逃げまくる、という話。キッタハッタのバイオレンス映画かと思ったら、大笑いのコメディ?! 暴力シーンが苦手な私も、いつの間にかゲラゲラ大笑いしていました。

「げっ」となるシーンもあるのですが、笑いが混ぜてあります。人生も「生き死に」も笑い飛ばしながら、楽しく見せます。

「初恋」が推せる理由は、まず、俳優陣が豪華で、かつ、役にぴったりハマっており、かつ、誰もが生き生きと楽しげに演じていること。どの人も、どんな悪役でも、愛嬌があって、おかしい。一人ひとりのハマりようが快感です。

そしてもちろん、窪田君も「ぴったりハマっている」一人です。堂々の「主演」だけど、強烈さで言うと、周りの共演陣にかき消されそうな「普通の、無気力な若者」を演じます。まるで主役のように派手に目立ちまくる脇役の皆さんの中で、自然な窪田君の存在感はぴったりで、さすが窪田君の使い方をよくわかっている三池監督、と感心したのでした。

そして、不遇な役の多い窪田君には珍しい、ほのぼのしたハッピーエンドが用意されていて、見ていて幸せな気持ちになります。10年前に窪田君を見いだした三池監督による、努力を重ねて大成した窪田君への「ご褒美」のようにも見える結末に、ファンとしては、うれしい気持ちになります。

シンガポール人の観客の反応も良かったです。「中国マフィア」をどう思うかなと思ったのですが、こだわりなく爆笑が起きていました。「えっ?」と思ったのは、窪田君が中国人マフィアの女性に「謝謝(シェシェ)」とお礼を言うシーン。どっと笑いが起きていました。ここの笑いのツボが何だったのかはよくわかりません。窪田君が中国語をしゃべった、ということがおかしかったのか?

すっかり堪能して満足し、後味の良さに驚きながら映画館を出ました。夜の道をぶらぶら歩いて、ホテルへ帰ります。こんなに笑って、すがすがしい気持ちで帰れるとは思ってもいませんでした。楽しい、「シンガポールでの一夜」でした。

翌日に散歩したら、映画・写真のワークショップも開催されていました

フィルムセンターで受け付けをしていた女性は、シンガポール国際映画祭にも参加したシンガポール人の若手監督。手前に置いてあるのは映画祭のパンフレット

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