【特集】私の好きなインドネシアの本 旅をしながら考える。

お薦めする人 鍋山俊雄

塩沢英一『インドネシア烈々』(社会評論社、2000)

インドネシアはどうなってしまうのかと思われた当時の感覚を思い出す。

旅、時事に絞ってそれぞれ3冊のお薦め本を選んでみた。

まずは時事から。私が初めてインドネシアに赴任して来たのは1999年8月。前年の5月にはジャカルタ暴動が起こり、多くの外国人が国外へ一時脱出、そして30年以上も続いたスハルト政権が崩壊している。それから1年以上経ってから赴任したのだが、当時はまだまだ不穏な空気が世の中を支配していた。私が着任した8月には東ティモール州独立を進めるかどうかの住民投票が行われて独立派が勝利、それに勢い付いて、独立運動の盛んであったスマトラのアチェ州やパプア州の動向を伝えるニュースも多く、インドネシアの地図の形がどんどん変わってしまうのではないかという不安さえ感じられた。

今となっては20年近くも前の話であり、当時を直接、見聞きされた方も少数派となっているだろうが、当時のインドネシアの状況をまとめて読み通すことができる1冊に、共同通信ジャカルタ特派員だった塩沢英一氏の書かれた『インドネシア烈々』がある。表紙にあるジルバブを被った少女たちが銃を構える写真が衝撃的であり、このころのインドネシアがどのような状態であったのかをうかがい知ることができる。当時の雰囲気を追体験でき、インドネシアはどうなってしまうのかと思われた当時の感覚を思い出す。

本名純『民主化のパラドックス』(岩波書店、2013)

本を読んだり、自分で見聞きして、なんとなく疑問に思っていたことが、この本を読んで、点と点が線で繋がるような感覚を覚え、そういうことだったのかと腹落ちすることも多かった。

スハルト政権交代以降のインドネシアの重要なテーマの1つは「民主化」。これについて、丹念な取材と長年のインドネシア研究に基づく筆者の知見の深さを垣間見ることができるのが、本名純氏の『民主化のパラドックス』である。本を読んだり、自分で見聞きして、なんとなく疑問に思っていたことが、この本を読んで、点と点が線で繋がるような感覚を覚え、そういうことだったのかと腹落ちすることも多かった。

今年は1997年のアジア通貨危機から20年。インドネシアはその後、7代目の大統領を数え、それも20年前では考えられなかった、軍人でも政治家一族でも宗教関係者でもない、民間出身の大統領である。一方で、最近のアホック前ジャカルタ州知事裁判、今年から「パンチャシラの日」として6月1日が国民の祝日となるなど、表面的な安定の中にも、次の大統領選に向けて何かが水面下で始まっている。

井上治『インドネシア領パプアの苦闘』(めこん、2013)

パプアの美しい海を見ながら、読破した。

ここで、いくつかある独立紛争の中の1つ、パプアを取り上げた本をお薦めしたい。井上治氏の『インドネシア領パプアの苦闘』である。パプア州と西パプア州が左半分を占めるニューギニア島は、世界の島の中でグリーンランドに次ぐ面積第2位の島だそうである。この島はオランダ、ドイツ、英国、オーストラリア、そして日本など、多くの国の占領・統治を経験しており、最終的に、地形、民族に関係なく、国境線が真ん中に定規で線を引いたように引かれ、分割された。

この本を手に取るきっかけとなったのは、パプアに行った時に、レンタルした自動車の運転手に独立運動について聞いたことだ。運転手は落ち着いた口調で、現在では下火になったと言って、独立運動の歴史について語り始め、「日本人としてはどう思うか?」と私の意見を聞いてきたのだ。

パプア問題について、もう少し勉強したいと思い、探したのが、この本だ。西パプアのラジャアンパットへ行った時、パプアの美しい海を見ながら、読破した。

小松邦康『インドネシア全二十七州の旅』(めこん、1995)

小松邦康『インドネシアの紛争地を行く』(めこん、2003)

まさに行った人でないとわからないその地の街の人々、生活が織りなす雰囲気、喧騒、匂いが感じられるような本なのだ。

旅については、次の3冊をお薦めしたい。『インドネシア全二十七州の旅』、『インドネシアの紛争地を行く』、いずれも紀行作家の小松邦康氏の著作。そして『インドネシア鉄道の旅』、こちらはスラバヤ総領事館に勤務されていた古賀俊行氏の著作である。

『二十七州の旅』の方は、1999年に赴任した時に、こちらの本屋で手に取って中身を見た。最初の話題は1992年バルセロナ五輪でインドネシア史上初の金メダルをバドミントンの男女シングルスでそれぞれ取得したスシ・スサンティ、アラン・ブディ・クスマのカップルの話。旅好きでバドミントン好きの私は一気に引き込まれてしまった。

この本は、その州の見所はどこどこ、という観光紹介本ではない。1987年から91年ごろにかけて、小松氏と各地でのインドネシア人の触れ合いのエピソードが中心となっており、まさに行った人でないとわからないその地の街の人々、生活が織りなす雰囲気、喧騒、匂いが感じられるような本なのだ。そしてその時に見聞きした土地や人々がアジア通貨危機とスハルト政権崩壊後の混乱でどうなったのか、と、その地を再訪して、地元の人々の口で語られる当時の状況が綴られたのが『紛争地を行く』だ。この2冊は、当時の時事の本と併せて読むと、当時起こったことを複眼的に捉えられ、興味深い。

古賀俊行『インドネシア鉄道の旅』(潮書房光人社、2014)

仕事を持つ派遣邦人の立場でも、興味と熱意と、そして実際に乗りに行く行動力があれば、ここまで詳細に調べて、1冊の本が書けるのかと感嘆するとともに、充実した内容、情報で、旅した気分になってくる。

2回目の赴任の時(2013年)に見つけてうれしくもあり、驚いた本が、古賀氏の『インドネシア鉄道の旅』だ。1度目の赴任の時、ジャカルタ近郊で見られる鉄道といえば、ドアが全開で屋根にも人が鈴なりに乗り、とても外国人が気軽に乗れる代物ではなかった。

仕事を持つ派遣邦人の立場でも、興味と熱意と、そして実際に乗りに行く行動力があれば、ここまで詳細に調べて、1冊の本が書けるのかと感嘆するとともに、充実した内容、情報で、旅した気分になってくる。週末を中心にインドネシア国内を弾丸旅行している身としては、どうしても移動は、特にジャワ島外は飛行機が中心となってしまう。でも、ジャワ島では行きが鉄道で帰りが飛行機というパターンで中部ジャワやスラバヤまで行ったことがあり、やはり鉄道の旅はいいものだと改めて感じる。政府計画では、スラウェシ横断やパプア地域の鉄道建設もあるようだ。ジャワだけでなく、スラウェシやパプアで鉄道の旅ができる日を楽しみにしている。

Kompas, “Pulau-Pulau Kecil Nusantara”(Kompas, 2014)

いつか日本に帰った後、インドネシアのことを思い出しながらじっくり読むつもりで買い集めており、今、12冊ほどだ。

最後に、必ずしも旅の本とは言えないが、私が収集しているお薦めのシリーズ本にちょっと触れておこうと思う。

写真も解説も充実しているインドネシアの旅行ガイド的な本に、私はまだ出会ったことがないし、インドネシア人に聞いても、「そんなのはない」と言われる。じゃあ、どうやって情報収集するの?と聞くと、個人ブログだそうだ。

そんな中、コンパス社が『Ensikllopedia Populer PULAU-PULAU KECIL NUSANTARA』というシリーズを出している。インドネシアには1万3000以上の島があるとされている。自分の行った島を数えてみたが、まだやっと40に到達したところ。本書はインドネシアの小さい島々を豊富な写真と解説で紹介し、眺めているだけでも楽しい。スラウェシやパプア、カリマンタン方面が中心だが、『DKI Jakarta』 という本もあり、ジャカルタの沖合にある小さな島々を紹介している。当然、インドネシア語なので、じっくり読み込んではいないが、いつか日本に帰った後、インドネシアのことを思い出しながらじっくり読むつもりで買い集めており、今、12冊ほどだ。

鍋山俊雄(なべやま・としお)
弾丸トラベラー。本誌に「インドネシア全34州の旅」を連載中。

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