“ニックス優勝のラストピース”アヌノビーの知られざる生い立ちと根底にある“父の教え”<DUNKSHOOT>

現地時間1月17日(日本時間18日、日付は以下同)から2月1日まで9連勝を飾ったニューヨーク・ニックスは、2024年に入ってからの18試合で3敗と、イースタン・カンファレンス首位のボストン・セルティックスの12勝6敗をしのぐ好調ぶりを発揮している。

昨年の12月末に、RJ・バレットとイマニュエル・クイックリーという主力2人を手放し、前々から目つけていたというOG・アヌノビーとプレシャス・アチウワ、そしてマラカイ・フリンをトロント・ラプターズから迎え入れるトレードを敢行したが、その成果が早くも表われている模様だ。

とりわけ、守備力が高く、昨季オールディフェンシブ2ndチームにも選出されたアヌノビーの影響力は見逃せない。

ディフェンディング・チャンピオンを122-84で粉砕した1月25日のデンバー・ナゲッツ戦では、チーム最多の26得点に加え驚異の6スティールと攻守で奮闘し、敵将のマイケル・マローンから「彼はチームにディフェンス、オフェンス、タフネス、そしてインテンシティをもたらす存在だ」と、そのインパクトを称賛されている。
アヌノビーは、アチウワと同様ナイジェリアの血を引いているが、父親がイギリスで教職に就いていたため、ロンドンで生まれている。母親はナイジェリアで活躍した陸上選手、兄はNFLの選手とスポーツ一家の出身で、彼も子どもの頃からあらゆる競技に勤しんでいた。

彼を産んでほどなく、母は体調を崩して他界。父の仕事の都合で移り住んだアメリカでは、サッカーにバスケットボールに野球、そして亡き母親と同じく陸上競技でも素質を見せていたというが、父親はそのなかでも特に野球の才覚が飛び抜けていると感じていたそうだ。

しかし8歳の頃、アヌノビー少年に“庭に本格的なバスケットゴールが欲しい”とねだられ、それは彼の給料では少し高価な買い物ではあったが「絶対に無駄にしないこと。買っただけの価値がある物にするように」という約束の下、父は思い切って購入。すると約束どおり、いやそれ以上に、アヌノビー少年は食事の時間も忘れるほどバスケに夢中になり、それが彼の人生をNBA選手へと導くきっかけとなった。
高校ですでにスター選手となり、インディアナ大時代もオールアメリカン候補に選ばれるほど頭角を表わしていたが、2年生の冬にヒザの靭帯断裂という大ケガを負ってしまう。回復を待ってカレッジバスケを続けるか、思い切ってNBAに挑戦するか。悩んだ末に彼が下した決断はドラフトエントリーだった。

2017年ドラフトでラプターズから23位で指名を受けてNBA入りを果たしたわけだが、ケガでシーズン欠場というハンデがなければ、より高い順位で指名されていただろうと言われている。

デビューイヤーは平均20.0分のプレータイムで5.9点、2.5リバウンドという数字を記録したが、当時のラプターズ指揮官だったドゥエイン・ケイシー はアヌノビーについて、こんな感想を残している。

「若い選手というのは、考えすぎてすべてを上手くやろうとすることがある。しかし彼は、ゲームに入ったらただひたすらプレーに打ち込む。あの若者はいい仕事をするよ」
“シンプルにやるべきことに打ち込む”という姿勢は、父親の教えを彷彿とさせる。妻に先立たれたあと、6人の子どもを育てたアヌノビーの父は、以前カナダのスポーツサイト『スポーツネット』にこう語っている。

「私たちはきちんとした家庭を築こうとした。“きちんとした ”というのは、物事をきちんとこなすということだ。勤勉さや秩序、成功を重んじる。話さなければならない時以外は話さない。そしてもし話すのなら、会話の邪魔にならず、会話を豊かにするようなことを言うべきだ」

アヌノビーはインタビューでもコメントが短いことで知られているが、“伝えるべきことだけをシンプルに”という父親の教育の影響かもしれない。

しかしその最愛の父も、ラプターズでの2年目を迎える前に帰らぬ人となってしまった。そしてそんな彼を支えたのが、同じく若くして父を亡くしたチームメイトのパスカル・シアカム(現インディアナ・ペイサーズ)やカワイ・レナード(現ロサンゼルス・クリッパーズ)だった。
マディソンスクエア・ガーデンでニックスファンからスタンディングオベーションを受けるなど、アヌノビーはすでに新天地で居場所を築いている。キャリア7年目、充実したシーズンを送る彼には、とある目標がある。生まれ故郷イギリスのバスケの復興だ。

「それは僕の目標だ。イギリスの子どもたちにバスケットボールをやりたいと思ってもらうこと、そしてイギリスからでもNBAに行けるんだということを、身を持って示すことだ」
アヌノビーはロンドンのプロクラブ、ロンドン・ライオンズのオーナーに名を連ね、機会があればイギリス代表としてプレーすることも視野に入れている。

ジェイレン・ブランソンというエースプレーヤーを軸に復活を遂げたニックス。イースト2位のミルウォーキー・バックスを捉える勢いの彼らにとって、アヌノビーは強力な新戦力だ。

文●小川由紀子

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