「トランプ大統領」阻止に死に物狂い、米民主党のウルトラC【ほぼトラ通信】|石井陽子 今度のアメリカ大統領選挙は単なる「トランプvsバイデン」の単純な構図ではない!「操り人形」「トロイの木馬」「毒蛇」――トランプの対抗馬と目されていたニッキーヘイリーはなぜ共和党内からこう批判されるのか。日本では報じられない米大統領選の深層!

「もしトラ」から「ほぼトラ」へ

アメリカ大統領選挙の予備選挙がついに始まった。トランプ前大統領の圧倒的な強さに世界中が息を呑んでいる。アイオワ州では2位のデサンティス候補に30ポイント以上差をつける歴史的大勝を納め、デサンティスと4位となったビベック・ラマスワミ候補とを撤退に追い込んだ。その後デサンティス、ラマスワミともトランプの支持を表明した。ニッキー・ヘイリーはニューハンプシャー州ではもう少し善戦することも予想されたが、10ポイント以上の差をつけられたことのダメージは大きいだろう。ヘイリーは2月24日に行われる地元サウスカロライナ州予備選挙まで戦うことを表明しているが、スーパーチューズデー(3月5日)を待たずしてそこが最後となる可能性が非常に高くなってきている。

昨年より「もしもトランプが再選したら」という意味で「もしトラ」という言葉が流行ってきたが、いまや「ほぼトランプが再選する」という「ほぼトラ」に変わった。少なくとも共和党候補はトランプでもはや決まりだ。トランプ再選を忌避する人々からは「またトランプか」という意味で「またトラ」という言葉まで出てきている。

世論調査の数字はバイデンとの対決でも上回っている。変則要因はトランプの裁判だけだろう。裁判の結果がどうなるのか。またその結果が選挙に与える影響がどの程度かについてはあまりにも予測が難しいため推測の域を出ない。

そこで、「ほぼトラ」の状況では、第2次トランプ政権の陣容や政策、またその対策について論じることに移っていくべきだろう。

トランプの次男が投稿したXの意味

エリック・トランプのX投稿

まず最初に注目すべきは、副大統領候補、いわゆるランニングメイトが誰になるかではないだろうか。

ここでおもしろい画像をひとつ紹介したい。トランプ前大統領の次男であるエリック・トランプ氏が1月29日、X(旧Twitter)にインターネット・ミーム画像を投稿した。何の説明も添えられず、シンプルに投稿されたその画像とは、トロイの木馬のイラストがベースのものだ。

「トロイの木馬」とはコンピューターウイルスとして有名だが、その語源はギリシア神話のトロイア戦争だ。簡単に述べると、トロイア戦争においてトロイア王国の城壁は鉄壁だったが、撤退を装ったギリシア軍の残していった巨大な「木馬」を城内に引き入れたところ、その木馬の内部に潜んでいた兵隊たちによって城門が破られ、城は陥落して王国が滅びたというものだ。その故事から、相手を油断させて内部に侵入する作戦やその内通者といった意味で使われる言葉だ。

さてそのエリック・トランプが投稿した画像の巨大な木馬には、アメリカ民主党のシンボルであるロバが内部に潜んでいるように表現されている。そしてその木馬の頭はなんと、ニッキー・ヘイリーの顔になっているのだ。つまり、ニッキー・ヘイリーだと思って安心して城内に引き入れると、内部には民主党が潜んでいるぞ、という警告の意味の画像だ。これはヘイリーへのかなり強烈な批判だが、トランプ陣営がヘイリーをどのように見ているかについて示唆に富んでいて非常に面白い。

「トランプ対バイデン」の単純な構図ではない

アメリカ保守派に人気の元Foxニュース司会者タッカー・カールソン氏が、自分の番組をSNSに投稿している1月4日の動画も、同じくヘイリーを「トロイの木馬」だと批判している。X上で530万回再生されているその動画の説明文には「民主党は、バイデンを捨ててギャビン・ニューサム(筆者注:カリフォルニア州知事)を選ぶとあなたは思っただろうが、そうではなかった。彼らは代わりにニッキー・ヘイリーを支持している」とある。YouTube上で同動画は「ニッキー・ヘイリー:民主党のトロイの木馬」と題されている。

その動画の中では、当時出馬中であったビベック・ラマスワミがカールソンからインタビューを受けている。この選挙戦が「トランプ対バイデン」の単純な構図ではないと主張するラマスワミは、ヘイリーが政治状況を操作することを目的とする超党派の団体の便利な操り人形だと指摘し、ブッシュ政権時代のように対外戦争を長引かせ、戦争屋と「検閲産業複合体」の機嫌を取り、行政国家(所謂ディープ・ステート)が米国をコントロールすることに関心を持っていると非難している。

ラマスワミはまた、民主党がバイデンでもギャビン・ニューサムでもミシェル・オバマでもなく、共和党内のヘイリーを下支えするのは、トランプを当選させないよう戦略的にフロントマンとして位置づけ、物語をコントロールするための動きだとも示した。

メディアに愛されたニッキーヘイリー

昨年10月のハマスによるイスラエル攻撃をきっかけにヘイリーの存在感が増したことは前回の記事(ハマス奇襲攻撃を予言したトランプ、評価が急上昇|石井陽子)で書いた。

一方で、ラマスワミはこの出演後の1月15日に撤退を表明し、1月21日にはデサンティスもそれに続いて撤退した。現在、共和党内ではトランプとヘイリーの一騎打ちになっている。

ヘイリーの存在感の高まりの背景には、もちろんメディアによる報道がある。報道の仕方について、同番組内でカールソンはこう言及している。「ニューヨーク・ポスト、デイリー・ビースト、CNN、あらゆるケーブルニュースチャンネルがニッキー・ヘイリーを宣伝している。(だが)彼女の世論調査の数字は、それほどのレベルの熱狂を表していないようだ。共和党の有権者はそれほど彼女を愛していないが、メディア全体は彼女を愛している」

実際、ヘイリーはCNNやニューヨークタイムズなどでの露出度が高いことが確認出来る。これを受けてラマスワミは、「世論調査の多くでさえ、彼女の実際の上昇を偽って宣伝していると思う」と反応した。

元首席戦略官が「ニッキーヘイリーは毒蛇」

前掲記事でも触れたように、ラマスワミはヘイリーへの批判を根気強く行ってきた。選挙戦中、トランプに忠実に立ち回ってきた甲斐あって、選挙戦撤退後はトランプ支持を表明するだけでなく、応援演説にも入るようになっている。演説をした後には、「VP! VP!(副大統領!副大統領!)と聴衆から掛け声が上がるほどだ。トランプと抱き合い、笑顔を見せるラマスワミには余裕すら感じる。トランプ支持者として、ヘイリー批判を継続しているのだ。

一方でヘイリーを副大統領候補にすべきではないという激しい声がトランプ支持者の中にある。私自身昨年12月に東京で2日間にわたって交流し、動画も一緒に撮影したことのある元アメリカ海軍情報士官のジャック・ポソビエックが、トランプ政権の初期に首席戦略官を務めたスティーブ・バノンと行った対談が非常に強烈だ。その対談の中でバノンは次のように語っている。

「我々には大きな戦いがある。それは春にあるだろう。(彼らは)ニッキー・ヘイリーにチャンスを与えようとする。『トランプには女性が必要だ、ヘイリーはバランスが取れている。彼女は共和党内のネバー・トランパー(トランプを絶対的に拒否する人々)の内の15%をまとめることができる』と言うだろう。ニッキー・ヘイリーが我々の政権に入ってくれば、それがどのような立場であれ、我々の戦いは失敗に終わるだろう。彼女は毒蛇で、いったん政権に入れば、首相として政権を運営しようとするだろう。ブッシュにとってのディック・チェイニーのようになろうとするだろう」

ヘイリーへの激しい拒否感がわかる言葉だ。バノンは今回の選挙を、共和党対民主党の党派間の戦いではなく、「ポピュリスト・ナショナリズム対エリート・グローバリズム」の戦いだと主張しているほどだ。

トランプ「ヘイリー支持者を永久に締め出す」

ヘイリー自身は1月19日にトランプが大統領候補に決まった場合にその副大統領候補になるつもりはないとはっきり明言した。それを受けてトランプも、ヘイリーを副大統領には選ばないと応酬している。これだけなら選挙戦中によくある応酬に過ぎないとも言える。しかし先に述べてきたように、トランプ支持者とヘイリーとの間にはあまりにも大きな抜き差しがたい溝があるため、これが単に言葉の上でのこととは言えないように見えるのだ。

トランプはまた、同SNSにこう投稿している。

「私が立候補して勝ったとき、負けた候補者の『献金者』がすぐに私のところに来て、『助けたい』と言ってくることに気づいた。これは政治におけるスタンダードなことだが、私にはもはやない」

そして、投稿の中で、ヘイリーに「貢献」した者はその瞬間より、MAGAキャンプ(運動)から永久に締め出すとの意思表明を行った。トランプからすれば、締め出さないとアメリカ第一主義にそぐわないということなのだろうが、一種の脅迫のような激しい言葉だ。

ジャック・ポソビエック、夫の石井英俊と2023年12月東京にて
スティーブ・バノン、夫の石井英俊と2017年11月東京にて

トランプはウクライナ支援を打ち切る

トランプとヘイリーでは外交政策が違う。最もわかりやすいところでは、トランプはウクライナ支援を打ち切るだろうし、ヘイリーはウクライナが勝利しなければならないと訴えている。ヘイリー支持者の側から見ればトランプは孤立主義者であり、トランプ支持者の側から見ればヘイリーは国際介入主義者(ネオコン)だ。「戦争屋」「第3次世界大戦になる」というのが、トランプ支持者からヘイリーへの批判の常套句だ。中国の覇権主義を抑え込むことへの理解や社会政策などの面では両者に違いはないのだろうが、外交における根本的な価値観が違っている。

ヘイリー及びヘイリーの支持者たちは、トランプ及びトランプ支持者によって完全に排除されることになるのか。それとも共和党全体でのバランスを少しでも取るためにヘイリー側をそれなりに抱え込んでいくのか。この党内抗争の行方によって、アメリカ外交の将来が変わってくる。目が離せないところだ。

石井陽子

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