『プリティ・リーグ』ペニー・マーシャルが描く女子だけの野球リーグ

『プリティ・リーグ』あらすじ

第二次世界大戦中のアメリカ。多くのプロ野球選手たちが戦地に駆り出され、メジャーリーグの中断が危ぶまれていた。そこで考え出されたのが女子野球リーグの結成。こうしてアメリカ全土から才能ある若い女性選手たちが集められた。女性差別が激しかった時代に翻弄されながらも、彼女たちは華々しく、そして逞しく、ミニスカートのユニフォームを身に纏い、試合に挑む。

女子野球チームの活躍を描く


近年、映画界では女性を主人公にした作品や女性監督の活躍が注目されている。海外の映画祭でも女性監督の作品が大賞を受賞することが増えた。また、2023年の全米の興行界をわかせたグレタ・ガーウィグ監督の『バービー』(23)は初日の5日間で2億ドルをあげ、歴代の女性監督作品の中では最高記録となった。

ハリウッドの女性監督によるエンタテインメント作品の歴史を振り返った時、一見、見過ごされがちな作品ながら、実は女性の知られざる歴史を描いていたのが、故ペニー・マーシャル監督の『プリティ・リーグ』(92)ではないだろうか。

女優でもあったマーシャルはそれまで『ビッグ』(88)や『レナードの朝』(90)などで知られ、特に女性の視点や主張を強く打ち出すタイプではなかったが、『プリティ・リーグ』では実在した女子野球選手たちにインスパイアされたドラマを作り上げ、全米では大ヒットとなった。

ちなみに『ビッグ』と『プリティ・リーグ』は全米で1億ドルを超えるヒット作、当時、1億ドル超えのヒット作が2本あった女性監督はマーシャルだけだった。また、『レナードの朝』はアカデミー作品賞候補となったが、女性監督の映画が作品賞候補になったのは当時まだ2度目。こうした記録をふり返ると、マーシャルがハリウッドで女性監督の地位向上に貢献した先駆的な監督だったことが分かる。

『プリティ・リーグ』予告

『プリティ・リーグ』には、当時、絶大な人気を誇っていた歌手のマドンナも女優として出演しているが、自己主張の激しいスーパースターの側面は出さず、自然体のコミカルな演技でチームの一員になりきる。そんなマドンナの使い方にも女性監督のワザが光る。

舞台は1943年のシカゴ。戦争のため男性のメジャー・リーガーたちが戦地に行き、アメリカのお家芸でもあるプロ野球が存続の危機を迎える。そんな時、全米やカナダから集められた女子選手たちがグラウンドで熱戦を見せ、新たなファンを獲得する。それまで男性のスポーツだったプロ野球の世界に女性たちが参入したという歴史的な事実。当時の彼女たちの活躍はしばらく忘れられていたが、この映画はそんな歴史をよみがえらせることで、新鮮な視点のスポーツ映画になっている。

かなり本気度の感じられるプレイが続き、特にクライマックスのワールドシリーズ優勝をかけた試合はエキサイティングな場面になっている。ロックフォード・ピーチズという実在したチームのキャッチャー、ドティ役を演じるのは『テルマ&ルイーズ』(91)のジーナ・デイヴィス。飲んだくれのコーチ役がトム・ハンクス。ピッチャー役は『ハートブルー』(91)のロリ・ペティ。さらにチームメイト役に前述のマドンナや名コメディエンヌのロージー・オドネル。ゼネラル・マネージャー役は知的な個性派男優のデヴィッド・ストラザーン、ドティの夫役はビル・プルマン、女子野球を推進する製菓会社のオーナー役にゲイリー・マーシャル(ペニーの兄で、『プリティ・ウーマン』90の監督)と多彩なキャスト。その後、ハリウッド映画で活躍するティア・レオーニも小さな役で出演。キャスティングのセンスが光る作品にもなっている。

女子野球の知られざる歴史


マーシャル監督は、当時<ニューヨーク・タイムズ>に掲載されたインタビューで、企画の始まりについてこう語っている。

「私自身はこれまで自分の監督作で女性の問題を正面から取り上げたことはなかった。そういう作品を撮ることが大事で、ぜひ作らなければ、と思った。ここでは自分の才能を認めることの大切さも描かれている。これはすごく普遍的なテーマだわ」

マーシャルは87年にテレビで放映されたドキュメンタリー“A League of Their Own”(『プリティ・リーグ』の原題)を見て、かつてプロの女子野球のチームがアメリカに存在していたことを知り、興味を持った。オール・アメリカン・ガールズ・プロフェッショナル・ベースボール・リーグ(略称・AAGPBL)は1943年に設立されて54年まで続いた。この番組には、かつてのチームメイトたちが再会する場面で始まり、ニュース映像やインタビューを通じて、当時の女子野球の選手たちの活躍ぶりが伝わる。ただ、この番組が放映された80年代には多くの人がAAGPBLの存在をすでに忘れていて、マーシャルもそうしたチームがあったことを知らなかったという。

この番組にインスピレーションを受けたマーシャルは、さっそく番組クリエイターのケリー・キャンデエルとキム・ウィルソンに連絡を取り、映画化の話を進めることになった。20世紀FOXで話が進んでいたが、途中からコロンビア映画の製作となった。

『プリティ・リーグ』(c)Photofest / Getty Images

主人公のドティ役に最初に興味を示したのがデミ・ムーア。しかし、企画を進めていた途中で妊娠していることが分かり、出演は不可となる。そこで次の候補者となったのがデブラ・ウィンガー。キャッチャーという役柄のため、シカゴ・カブスで訓練も受けたが、撮影に入る4週間に前に役を降りた。歌手のマドンナも出演することを知り、共演を快く思わなかったせいらしい。

結局、『偶然の旅行者』(88)でアカデミー助演女優賞を受賞し、『テルマ&ルイーズ』で同賞の主演女優賞候補となったジーナ・デイヴィスが主人公を演じることになった。彼女が演じた役は実在したピーチズの選手、ドロシー・カメンシェックをモデルにしている。劇中でジーナが演じる人物はワンシーズンで選手をやめてしまうが、実在のドロシーは10シーズン出場したという。彼女はキャッチャーではなく、一塁や外野を守っていて、“最良の一塁手”と呼ばれたこともあった。

監督のジミー役はトム・ハンクスが演じているが、『ビッグ』でもマーシャル監督と組んでいたハンクスは自ら出演を希望し、飲んだくれの自堕落な元人気プレイヤーという設定のため、30ポンド太って役に挑んだ。ジミー役はジミー・フォックスとハック・ウィルソンという実在のプレイヤーをモデルにしている。フォックスは選手時代に534本のホームランを打っているという。

USC(南カリフォルニア大学)のアシスタント・ベースボール・コーチのビル・ヒューズがテクニカル・アドバイザーを務めることになり、出演者たちは映画のために3カ月の特訓を受けた。

ドラマのクライマックスでは、ピーチズとラシーン・ベルズの優勝争いが描かれるが、43年にピーチズは実は優勝争いにはからんでおらず、ここは映画だけの脚色となっている(ただ、実在のピーチズはこれまで4回、優勝したことがある)。

女性たちの力を見せつけたリーグ


AAGPBLは11年間続き、多くの女性選手が活躍した。当時の大統領だったルーズベルトが「ぜひ、(戦時中も)野球を続けてほしい」という意向を持っていたので、こうした女子リーグが誕生することになったという。その結果、菓子メーカーのP.K.リグレーが女子野球を始めることになった。

農家出身の女子選手も多かったため、礼儀作法を特訓する時間も設けられた(この部分は映画の中でも描かれている)。また、実際のチームではスラックス姿やメイクなしでの外出、飲酒やたばこに対しても罰金があっという。また、リーグのスポンサーの意向で丈の短いスカートがユニフォームとなったが、その結果、<ストロベリーの傷>と呼ばれるアザのある負傷者も続出した。給料は週給で55ドルから150ドルが支払われていた(映画では週休75ドルとなっている)。

それまで男性のスポーツと考えられていたプロ野球への女子の参入に対しては、さまざまな意見もあったが、第2シーズンとなると全米で25万人のファンがついていたという。ただ、結婚している女性の場合、夫との結婚生活を優先するため、途中で退団する選手もかなりいたようだ。

『プリティ・リーグ』(c)Photofest / Getty Images

映画そのものは明るいトーンで貫かれているが、悲痛な場面も用意される。夫が戦死すると電報がやってきて、監督が女子選手にそれを知らせる。物語の舞台が戦時中であることを実感させられる場面となっている。ヒロイン、ドティの夫も戦地にいるという設定だ。男たちが戦地で戦っている間、女たちは野球場で闘いぬくことで、野球というアメリカの伝統芸を守りぬこうとしている。

さまざまな事情を抱えた女子選手もいて、マドンナが演じるメイはクラブのダンサーで安いギャラしか稼いでいなかったようだ。野球で失敗すると、以前のみじめな生活に逆戻りになるので、必死に戦うしかない。そんなキャラクター設定は歌手として成功する前のマドンナを思わせる(歌手を夢見てニューヨークに出てきた頃のマドンナは、貧乏な暮らしを続けながら必死に成功の階段を上ろうとしていたからだ)。マドンナはメンバーたちがクラブに乗り込む場面で、スイングジャズ風の音楽に乗ってダンスも披露。また、エンディングテーマ曲「マイ・プレイグラウンド」も歌っている。地味だが、しっとりした曲調でドラマをうまくしめくくっている。

30年後の再会


スポーツ局SNYの番組では、ジーナ・デイヴィスやロリ・ペティら出演者たちが、製作から30年後の2022年に集まって、かつての想い出を語り合っている。

ジーナは「それまで野球をした経験がなかったので、ゼロの状態で取り組むことになった」と製作当初のことをふり返る。一方、彼女の妹役、キットを演じたペディは「もともとスポーツが好きで、昔、野球チームの中でただひとりの女の子だったこともある」と語る。

この映画ではふたりの姉妹の葛藤も中心的なテーマになっている。ジーナが演じる姉は美しく、優秀で、すでに結婚もしている。一方、妹の方は姉の影に隠れた存在で、劣等感を抱えながら生きている。冒頭、スカウトマンが目にとめていたのも姉の方で、妹は二番手の選手である。そんなふたりの関係がやがて変化していくあたりにもドラマ的なスリルがあるが、これに関してペティは「ジーナは背も高くて美しいから、姉の設定に重なり、ダメな妹役にすぐに入り込めた」と語っている。

その後この映画は、アメリカの野球やソフトボールで活躍する女子選手などにも大きな影響を与えている。ニューヨーク・ヤンキーズのマイナーリーグで初めて女性監督として契約をかわしたレイチェル・バルコベックと、ソフトボールの名選手で今はスポーツキャスターとなったジェシカ・メンドーサは、この映画に勇気づけられスポーツの世界をめざした、とその影響力の大きさをSNYの番組内で語っている。

『プリティ・リーグ』(c)Photofest / Getty Images

また、この映画でトム・ハンクス扮する監督が女子選手をどなりつけながら言う「野球に涙なんかない(There’s no crying in baseball)」は忘れがたい名セリフと考えられていて、2005年版のアメリカ映画協会(AFI)が選んだ映画史上の100の名セリフの54位に入っている。

ペニー・マーシャル監督は「この映画は友情の物語でもあるのよ」と語っているが、30年後のSNYの番組でズームを通じて集まった俳優たちは、とても和気あいあいと当時を振り返っている。マドンナとの共演に関しても、「彼女はすごくフレンドリーでチームの良きメンバーになってくれた」と振り返っていた。また、かつて女子の野球チームで活躍していた実在の選手たちも映画製作に助力し、かつての選手経験が映画作りに生かされたようだ。

その後の出演者たちの反応を見ていると、映画全体を包み込む温かい空気は監督や出演者たちのチームワークの良さから生まれていたことが分かる。

軽い気持ちで楽しめるエンタテインメントだが、それでいて、アメリカの意外な野球史が伝わり、女性に人生の選択肢が多くなかった時代に、野球によって新世界に踏み出した女性たちの誇りや活躍も伝わる。アメリカのライブラリー・オブ・コングレスは、この映画を「文化的、歴史的、芸術的にも保存に値する」という理由で、ナショナル・フィルム・レジストリ―に2012年に登録している。

配信ドラマとして復活


アメリカでは根強い人気があるので、2022年にはアマゾンの配信ドラマも作られた。クリエイターはウィル・グレアムと女優のアビ・ジェイコブソンで、ジェイコブソンが主演も兼ねている。彼女は映画版が大好きで、このドラマ版を作ったそうだ。ただ、映画と設定は似ているものの、物語やキャラクターもまったく違っていて、女性の同性愛と人種差別の問題に比重が置かれている。当時の女子野球リーグには黒人の選手はいなくて、黒人だけの野球チームでプレイしている女子選手がわずかに存在した、という事実を基に話を作り上げたようだ。

人種問題のヒントになるような場面が、映画版にもひとつだけ出てくる。キャッチャーのドティが観客の黒人女性が投げたボールを受け取り、その力に驚かされる。実は黒人女性にも優秀な人材がいたのではないか、ということを示唆していたが、こうした場面から配信版はヒントを得たのかもしれない。

『プリティ・リーグ』ドラマ版予告

配信ドラマでは、地方からやってきてチームに入る白人女性のカーソンと、彼女と友情をはぐくむ黒人のプレーヤー、マックスが中心で、自分の才能や生き方について葛藤する女性たちの物語になっている。映画版で示唆された女性の問題が、もっと現代的な視点で掘り下げられていく。

映画版が好きな人からすると少し印象が違うかもしれないが、ドラマとしては楽しめるし、俳優たちの演技も印象的だ。22年に8話が作られたが、今後、残り4話を作る予定もあるようだ

(俳優ストライキの影響で作るのが延期となっていた)。

『プリティ・リーグ』の選手たちの奮闘記は、実際のスポーツ選手も含め、歴史的に大きな影響を残すことになった。

文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。

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