「金持ちクラブ」と批判されるダボス会議「未来を語る場」が抱える矛盾 ホテル料金は普段の20倍、VIPはプライベートジェットで参加。極寒の周辺では貧困対策を訴える市民活動

ダボス会議の会場=1月、スイス・ダボス(共同)

 「ダボス会議」の通称で知られる世界経済フォーラム(WEF)年次総会が、今年も1月にスイスのダボスで開かれた。雪山に囲まれたアルプスの小さな街に世界各国から政財界のリーダーら3000人近くが集まり、中東情勢や気候変動対策などの解決策を話し合った。ダボス会議は欧米のスーパーエリートを中心とした「金持ちクラブ」とやゆされることもある。実態はどうなのか。3度現場取材した経験から伝えたい。(共同通信ロンドン支局=宮毛篤史)

 ▽「魔の山」の舞台、ハイジの世界
 ダボスはスイス東部に位置し、リヒテンシュタインやオーストリアとの国境に近い保養地だ。標高約1500メートルの高地で、空気が澄み、結核患者の療養所「サナトリウム」が建てられた。ドイツ出身の作家トーマス・マンが妻の療養で訪れ、結核患者を描いた小説「魔の山」の舞台になった。

 冬場は大勢のスキー客が訪れ、夏には山登りやサイクリングが楽しめる。首に鐘をぶら下げた羊がカランコロンチリンと鳴らして歩く姿は、アニメ「アルプスの少女ハイジ」の世界を思わせる。

雪山に囲まれたスイス・ダボスの街並み=1月(共同)

 ▽会期中は街全体が巨大な「商談会場」
 経済学者だったWEF創設者のクラウス・シュワブ会長が呼びかけ、1971年に初めて、前身の「ヨーロッパ経営フォーラム」を開いたのがダボス会議の始まりだ。都会の喧噪を離れ、31カ国から経営者や学者ら450人が、優れた経営手法を議論する場所に選んだのがダボスだった。WEFの会員が世界に広がり、1987年に「世界経済フォーラム」に改称した。

 ダボス「会議」と言うが、先進7カ国(G7)首脳会議や国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)といった国際会議と異なり、何かを決めるわけではない。政治家や企業経営者といった社会に影響力を持つリーダーが集まり、未来を語り合う交流の場だ。

 会場周辺には各国政府や企業が投資を呼び込むために製品やサービスを紹介する展示施設を設け、会期中は街全体が巨大な「商談会場」と化す。

世界経済フォーラム年次総会で世界経済の見通しを語る参加者=1月、スイス・ダボス(共同)

 ▽「強欲な集金システム」
 ダボスには3000人もの会議出席者に加え、施設の説明員や警備員らも集う。人口1万人ほどのダボスにある宿泊施設で収容しきれず民家も期間限定で貸し出すが、それでも数が足りない。宿泊施設は足元を見て、料金を大幅に引き上げる。

 あるホテルは、平時は1泊240フラン(約4万円)の宿泊料金を20倍超の5000フラン(約85万円)に上げていた。従業員に「なぜこのような大幅な値上げをするのか」と尋ねると、料金を繰り返すだけで「忙しいので」と取材を打ち切られた。他のホテルも「質問にお答えできない」とつれない対応だった。スイス北部チューリヒから片道3時間かけてダボスに通っていた男性は「強欲な集金システムだね」と嘆いた。

 知り合った地元住民は「海外の資産家もダボスに物件を所有していて、1カ月で1年分を稼いでいる」と教えてくれた。私もオーストリアの国境に近いホテルからバスと電車を乗り継ぎ、片道2時間かけて毎日通った。

ダボス会議の会場内=1月、スイス・ダボス(共同)

 ▽氷点下10度下回る中でテント泊
 会場周辺では、市民の抗議活動が恒例行事となっている。貧困層を支援するグループが氷点下10度を下回る極寒の中、テントに寝泊まりしてホームレスへの支援を訴えた。「ザ・グレート・スリープアウト」と称する活動で、リーダーのアンドルー・ファンクさんは「世界中でホームレスが増えている。指導者に対策を取るよう促したい」と語った。

スイス・ダボスで、テント内で就寝の準備をする貧困層支援グループのメンバーら=1月(共同)

 チューリヒでもダボス会議に合わせて、気候変動対策や社会正義の実現を訴えるデモがあった。ロケット花火を使ってショッピングカートに火を付け、警察当局が放水車を出動する騒ぎになった。参加者の女性は「社会の不平等に我慢できず、ここに来た。政府首脳たちは信用できない」と訴えた。

 環境保護団体は、VIPが会議で温暖化の問題を議論する一方で、プライベートジェット機でスイス入りすることを「大きな矛盾だ」と憤った。

スイス・チューリヒで実施されたダボス会議に抗議するデモ=1月(共同)

 ▽ステークホルダー資本主義
 ダボス会議は「金持ちによる無駄なおしゃべりの場」と批判されるが、WEFのシュワブ会長は「対話の必要性を感じないとすれば、われわれは独裁の世界に生きることになる」と反論してきた。

 シュワブ会長がよく使う言葉は「ステークホルダー資本主義」だ。企業は株主だけでなく、社会や環境などさまざまなステークホルダー(利害関係者)の存在に配慮し、長期的な視点に立って行動しなくてはいけないという意味が込められている。リーマン・ショックなど過去の失敗から世界が得た教訓を生かそうと多くの企業がこうした考えを採用するようになった。

 会議に出席したサントリーホールディングスの新浪剛史社長に「金持ち批判」について聞くと「エリート(が集まる会議)であることは事実だから仕方がないし、どうあっても否定される。お金持ちや社会的地位の高い人だからこそやらなくてはいけないことがある」と語った。

ダボス会議の会場で取材に応じるサントリーホールディングスの新浪剛史社長=1月、スイス・ダボス(共同)

 ▽来年のダボスはトランプ氏が出席?
 今年の会議テーマは「信頼の再構築へ」。ロシアのウクライナ侵攻やイスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘など国際紛争が相次ぐ中、世界各国が連携する重要性を確認した。中国の李強首相や欧州連合のフォンデアライエン欧州委員長のほか、アルゼンチンのミレイ大統領ら新興国の首脳も多数出席した。ウクライナのゼレンスキー大統領も初めて会場に姿を現し、会議の影響力の大きさを改めて示した。

 2024年は50カ国・地域の計20億人超の有権者が投票所に足を運ぶ「歴史的な選挙イヤー」に当たる。各国で政治体制が変化し、米国でトランプ前大統領が当選すれば再びダボスに姿を現すかもしれない。来年以降のダボス会議はこれまで以上に注目される可能性がありそうだ。

スイス東部ダボスの街並み=2023年12月(ロイター=共同)

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