モキュメンタリーホラー小説ブームを牽引する雨穴『変な家』 担当編集者に聞く、シリーズ誕生の背景

雨穴『変な家』シリーズ(飛鳥新社)や背筋『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)、梨『かわいそ笑』(イースト・プレス)など、モキュメンタリーホラー小説のヒット作が相次いでいる。ブームの火付け役となった『変な家』は2021年の刊行以降、発行部数80万部を突破し、続編となる『変な家2』は2023年12月の発売から1ヶ月で48万部、2024年1月31日に刊行された『変な家』文庫版も初版30万部と、破竹の勢いで部数を伸ばしている。2024年3月15日には映画『変な家』も公開される予定だ。(メイン画像:左から『変な家』、『変な家2』、『変な家』文庫版)

モキュメンタリーとは、ドキュメンタリーの手法で描かれたフィクション。昨今のヒット作には、掲示板の噂話やネットニュースといった要素を巧みに取り入れて虚実のあわいを混濁させているという共通点もあり、特にネットに親しんだ若年層から支持されているようだ。

『変な家』シリーズの担当編集者であり、『変な家2』第5話の登場人物でもある飛鳥新社・杉山茂勲氏に、シリーズ誕生の背景とその魅力について話を聞いた。

「私はもともと民俗学的なオカルトが好きで、2005年から2009年までDVD付きのオカルトのムック本を作っていました。2ちゃんねるのオカルト板で話題になった都市伝説ーー霊が映っていると噂になったアダルトビデオや、村人全員が惨殺され地図から消えた杉沢村の伝説、愛知の心霊屋敷・三角の家などを取材してコンテンツにしていたのですが、八王子の心霊スポットを取材した帰りに交通事故を起こしてしまって……怖くなって、しばらくオカルトから離れていたんです。

それから10年ほど経った2020年11月、たまたまYouTubeで雨穴さんの『変な家』の動画を見ました。いわゆるモキュメンタリーホラーは我々の世代も作っていたのですが、一般人が撮ったなにげない映像の中に“なにか”が映り込んでいるという設定のものばかりでワンパターンでした。でも、雨穴さんのコンテンツはとても斬新で、ひとつの間取りを題材に展開していくストーリーもさることながら、不気味なのにかわいいユニークなキャラ作りなど、我々の世代にはなかった感性があり、一目ですごい才能だと気づきました。この人だったら面白い物語が書けると確信し、動画を見てすぐに『この話の続きを書きませんか?』と依頼のメールを送りました」

自身もオカルト本を作っていた経験から、その新しさに魅力を感じたという杉山氏だが、雨穴氏とのやり取りは奇妙なものだったと振り返る。

「連絡手段はメールのみで、一度も顔を合わせることなく制作が進んでいきました。容姿も声も年齢も性別もわからない状態です。原稿はちゃんと届くのですが、遺体をどんな風に切断するとか、その遺体を隠しておく地下室についての話とかゾッとするアイデアが随所に書かれていて、もしかしたらこの話は実体験に基づくもので、雨穴さんは本物のシリアルキラーなんじゃないか……と恐ろしくなりました。今となっては笑い話ですが、刊行後に読者やテレビ局のスタッフなどから電話があって『本当にあった話なんですか?』と聞かれることも度々あったので、私だけではなく、多くの方がリアリティを感じる作品なのだと思います」

次々と届く原稿はどこまでが真実でどこからが虚構かがわからず、雨穴氏との仕事自体がモキュメンタリーホラーさながらの様相となっていったが、しかし本の構成には雨穴氏の細やかなこだわりがあり、その手法は感心せざるを得ないものだった。

「このページはこの文章で終わって、次の文章はここから始めるとか、間取り図を出すタイミングとか、DTPデザイナーが一度組んだものを雨穴さんが配置し直して、まるで動画を観るような感覚で読めるような仕掛けになっている。出版業界の人では出てこない発想がたくさんあって、この形式がきっとYouTubeに慣れ親しんだ世代に受け入れられたのでしょう。活字を読むのがあまり得意ではない方や、はじめて小説に触れる小中学生にも読まれています」

売り上げのデータを見ると、20代~40代の女性が6割近くを占めており、母親が子どもに買い与えているケースも多いようだ。読者ハガキには「息子がはじめて本を買ってほしいとお願いしてきた」「朝読でクラスのみんなが読んでいる」といった内容が目立つという。

「現在のモキュメンタリーホラーのクリエイターは、2000年代に流行したオカルト板を若い頃に読んでいた世代なんじゃないかと思います。当時の読者参加型ホラーを、YouTubeやSNSで新しい形に進化させて発信している印象です。そこで培われた視聴者を飽きさせない工夫が改めて出版物に活かされたものが、現在のホラー小説の新しい流れを作っているのではないかと思います」

従来の小説のセオリーにとらわれず、柔軟な発想の本作りで幅広い層の読者を獲得したモキュメンタリーホラー小説。『変な家』に夢中になった子どもたちの中から、いずれまた新たな表現が生み出されるはずだ。

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