『ダム・マネー ウォール街を狙え!』デジタルネイティブが起こす新時代の革命

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』あらすじ

コロナ禍まっただ中の2020年。米マサチューセッツ州の平凡な会社員キース・ギル(ポール・ダノ)は、全財産の5万ドルをゲームストップ株につぎ込んでいた。アメリカ各地の実店舗でゲームソフトを販売するゲームストップ社は業績が低迷し、倒産間近のボロ株と見なされていたが、キースは赤いハチマキを巻き、ネコのTシャツ姿の“ローリング・キティ”という別名義で動画を配信し、この株が著しく過小評価されているとネット掲示板の住民に訴える。すると、キースの主張に共感した大勢の個人投資家がゲームストップ株を買い始め、2021年初頭に株価はまさかの大暴騰。同社を空売りしてひと儲けをもくろんでいた金融業界の大富豪たちは巨額の損失を被った。やがてSNSに集った無力な一般市民が、この世の富を独占するウォール街のエリートに反旗を翻したこのニュースは、連日メディアをにぎわせ、全米を揺るがす社会現象に発展。しかし一躍、時の人になったキースの行く手には、想像を絶する事態が待ち受けていた……!

実際にあった「ゲームストップ株騒動」


新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界規模で人々の生活が変化を余儀なくされていた2021年。アメリカの株式市場にも、ある奇妙な変化が起こっていた。多くの投資家が倒産すると見込んでいた、ゲームの小売り業を営む企業「ゲームストップ」の、下落傾向にあった株価が突如として急騰し、市場価値が大きく上昇したのである。

そんな「ゲームストップ株騒動」の裏にあった意外な事実を、『ソーシャル・ネットワーク』(10)の原作者でもあるベン・メズリックのノンフィクション書籍を基に映画化したのが、本作『ダム・マネー ウォール街を狙え!』(23)だ。

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』© 2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.

この騒動の中心にいたのは、ポール・ダノ演じるキース・ギルという、30代の平凡な会社員の“YouTuber(ユーチューバー)”だった。彼は配信動画のなかで、猫のTシャツを着てハチマキを巻いて、「ローリング・キティ」というユニークな名前で、自分の“持ち株”を視聴者に公開しながら株式投資のチャンネルを運営していくとともに、ネット掲示板「Reddit(レディット)」でも盛んに書き込みをおこなっていた。

キースがクレイジーだったのは、前述した倒産寸前の「ゲームストップ」株に注目し、全財産の5万ドルを投入していたというところだ。彼は、この株は市場であり得ないほどに“過小評価”されているとうったえる。そして視聴者やネットユーザーに、同じくゲームストップ株の購入を薦めるのだった。

この株が低評価されている裏には、「ヘッジファンド」の動きがあった。「ヘッジファンド」とは、法人によって運営される「機関投資家」や富裕層の投資家たちの集まりだ。この集団が、「ゲームストップ」株の「空売り」を仕掛けていたのである。

株価下落を狙う「空売り」とは


「空売り」といえば、アダム・マッケイ監督がリーマンショックを題材にした『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)でお馴染みとなった手法だ。通常、株式投資は企業の株を購入して、市場価値が上がることによって利益を得るのが基本だが、この「空売り」は、逆に株価が下落すれば儲かるという仕組みになっている。「信用取引」などを利用して株を借りて、それを売り付けた後に株を買い戻して返済するのである。買い戻すときに株価が下落していれば、その差額が利益となる。

この手法は違法とはいえないが、市場や企業の繁栄を願う通常の株式投資に対し、倒産や不景気を願っている行為であるため、市場のなかでは倫理的に歓迎されない行為であるといえるだろう。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でも、ブラッド・ピットが演じていた人物が、リーマンショック時の「空売り」で儲けながらも、はしゃいでいる仲間に対して「君たちは経済が破綻することに賭けたんだ。何百万の人々が、職や家を失うんだ」と、嗜めている。

キースが呼びかけたのは、資金力を背景とした「ヘッジファンド」が「空売り」を仕掛けている状況に対し、その企業の株を買い支え、逆に株価を上昇させようとする、「ショートスクイーズ(踏み上げ)」という動きだ。株価が上がれば上がっただけ、「空売り」勢は損失をこうむることになる。

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』© 2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.

面白いのは、キースの提供する動画などによって、若者や小口の投資家を中心とする資金力のない人々が、この呼びかけに応じて、株を購入し始めたという事実だ。つまり、YouTuberの煽動によって、企業の株価が大きく変動する事態となったのだ。この流れは止まらず、「ヘッジファンド」の投資家たちは高額となった株を買い戻さざるを得ない状況に陥り、逆に「ゲームストップ」の株を持った者たちは、大きな利益を得ることになるのである。

本作では、この狂騒状態を、「ネットミーム」などと呼ばれる、インターネットのネタ動画とともに“マッシュアップ(混ぜ合わせ)”をしながら見せていく。本作の製作のきっかけとなったのは、監督のクレイグ・ギレスピーの20代の息子が、実際にトレンドの波に乗って、「ゲームストップ」株を購入していた一人だったということだ。本作の演出は、まさにそんな若い世代が、インターネットでの繋がりを楽しみながら投資をしていた状況を描いているのだ。

デジタルネイティブが起こす新時代の革命


このような若者たちや、小口の投資家たちが団結した背景にあるのは、アメリカの著しい格差問題だ。アメリカでは、50パーセントの人々が国全体の富の2パーセントしか持っておらず、逆に上位1パーセントの富裕層が、富の3分の1を所有しているという、異常事態に突入している。経済学者のロバート・ライシュが指摘するように、これは企業を持つ富裕層と、政治家が癒着することによって、資産を持つ者を優遇するような政策が、長年続けられていたためだ。

こういった不公平な状況にもかかわらず、大半の“持たざる者”たちが現状に甘んじるしかないのは、この社会システムが周到で巧妙であり、抵抗することが難しい状態に貧困層が追い込められていたからだ。このような著しい経済格差を生み出す、先鋭化した資本主義の構造は、アメリカはもちろん、日本を含め世界中で見られるものだ。その意味で、「ヘッジファンド」に鉄槌を下すかのような、今回の「ゲームストップ株騒動」は、“持たざる者たち”の、富裕層への逆襲であったと考えられる。

本作に登場する人々は、株価が上昇し、利益を確保できる状況になっても株を売却せず、購入を継続すらしていく。もちろん、持ち株を公開しているキースも、大金持ちになれるほどの株を手にしていたとしても、発案者、煽動者として、それを売ることができないでいる。もはや損得の問題を超えて、イデオロギーの闘争、生きる上での信念の問題にまで発展しているのである。だからこそ、「ゲームストップ」の株価は、さらに上昇していって、「空売り」で利益を上げていた富裕層に打撃を与えることになったのだ。まさに、インターネットの繋がりが生んだ、新時代の“革命”といえるかもしれない。

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』© 2023, BBP Antisocial, LLC. All rights reserved.

しかし、ここで大きなトラブルが発生する。騒動の中心となっていた「Reddit」内の投資家たちのフォーラムへのアクセスが突然遮断され、同時に若者たちの利用していた投資アプリで「ゲームストップ」株を買うこともできなくなってしまったのである。情報交換の手段や購入の手段を一部失ったことで、“持たざる者”たちの“革命”に、暗雲が立ち込める。これは、富裕層たちによる妨害なのか。この事態によって、株価が下がるかもしれないという恐怖が襲う。キースを含め、“持たざる者”たちは株売却の誘惑に悩まされ、本作の展開は混迷を極めていくのだった。

同時に、動画配信の呼びかけによる株価の操作には、危険な匂いがするのも確かだ。キースのような人物は、“持たざる者”の救世主として注目を集めたが、発信力のある人物が人々を煽動することによって、市場を牛耳ることができるようになっていくと、それはそれで健全性が失われていくのではないかという危惧も生まれるのである。日本においても、動画によって陰謀論が流布されたり、動画配信者が次々に逮捕されるなど、新たな発信手段が社会を混乱させていることも確かなのだ。

だが、まさにこのような問題は、希望も含めて、いまの社会に横たわる現実そのものであることも事実。そう、本作『ダム・マネー ウォール街を狙え!』が切り取ったのは、デジタルネイティブが社会を覆っていく過程での、“現実”の一場面なのである。このような出来事は、近い将来、どのような展開を見せ、われわれに影響を与えていくのだろうか。少し楽しみでもあり、かなり不安でもあるのだ。

文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie

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作品情報を見る

『ダム・マネー ウォール街を狙え!』

2月2日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中

配給:キノフィルムズ

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