倉敷チーズ工房ハルパル ~ 大好きな酪農や牛と人をつなげたい。三宅牧場三代目が想いを作るナチュラルチーズ

口に入れるとふわっと広がるミルクの香り。熱を加えるととろーんと伸びる。食べることが一瞬でエンターテイメントに変身する。

チーズの持つポテンシャルはまだまだこんなものではありません。タンパク質もカルシウムも豊富で栄養面からみても完璧です。

ちょっと小腹がすいたときのおやつにも、疲れて帰ったときのご褒美にもなってくれます。

チーズの虜(とりこ)になっている筆者ですが、玉島陶(たましますえ)にチーズ工房があると聞きました。

倉敷チーズ工房ハルパルは、2021年5月に設立された三宅牧場の直営チーズ工房です。
三宅春香(みやけ はるか)さんにチーズ職人を志したきっかけや、酪農やチーズ作りへの想いをインタビューしました。

倉敷チーズ工房ハルパル

玉島陶(たましますえ)の山道の先に見えたのは、小さいながらも存在感のある紺色の建物。

チーズ職人の三宅春香さんは三宅牧場の三代目です。

両親が大切に育てている牛の牛乳を使い、1人もくもくと工房でチーズを作っています。

駐車場へ着くと三宅さんが出迎えてくれ、早速工房の中へ。足を踏み入れた瞬間、目を引くのは牛のグッズでした。

牛が大好きな三宅さん。牛を見かけるとつい買ってしまうそうです。

▼牛グッズと一緒に飾られているのは、中国生乳販売農業協同組合連合会から送られた賞状。

年間を通じて良質生乳出荷者にしか与えられない賞です。

三宅牧場の牛乳が高品質な証です。

モッツァレラチーズのワークショップ

三宅さんから「モッツァレラチーズ作りの実演をご覧になりますか?」といわれ、特別に工房内に入らせてもらいました。

筆者は工房を訪れるのは初めて。胸が高鳴ります。

モッツァレラチーズ作りの実演を見せてもらいました。

▼まずカードを手でほぐし、ぽろぽろの状態に。

牛乳に乳酸菌と酵素を添加すると、牛乳から水分が抜け固まります

豆腐のように固まったものがカード。ワークショップでは冷凍したカードを使用します。

▼そこへ約80度のお湯と塩を入れます。カードを溶かし、練り上げるとあっという間にかたまりに。

お湯はすぐに冷めてしまうので、またお湯を入れ直します。

▼熱を加えると、びよーんと。こんなに伸びるモッツァレラチーズ。

▼表面がつるんとつきたてのおもちのようになったら、器用に人差し指と親指を使って形を整えます。

出来上がったモッツァレラチーズは形が崩れないよう、水の中に。

モッツァレラチーズが冷えて固まると完成です。

▼チーズの成型時にくびれを作ると「カチョカバロ」ができると教えてもらいました。

出来立てほやほやのモッツァレラチーズを食べてみると…。

ほんのりと温かくつるんとした触感。口の中にまろやかなミルクの甘みが広がります。

噛むとキュッキュッときしむモッツァレラチーズは、今まで食べたものとは一味も二味も違う特別なものでした。

取扱商品

チーズはインターネットショップや「産直市場 ぼっけぇ~きて屋」や「岡山コープ」で購入できます。

工房での販売はしておらず、完全予約制。電話やFAXでの注文は工房での受け渡しが可能です。

▼チーズの種類と価格は以下のとおり。

両親が大切に育てた牛の、牛乳のおいしさを多くのかたに届けたい

三宅さんは倉敷で初となるチーズ工房を立ち上げます。

チーズ工房を設立したきっかけや想いをインタビューしました。

三代目の三宅春香さんにインタビュー

三宅春香(みやけ はるか)さんに、チーズ工房を設立したきっかけや想いを聞きました。

大きな転機は高校時代の「JA全農酪農の夢コンクール」

写真提供:倉敷チーズ工房ハルパル

──チーズ工房を持ちたいと思ったきっかけを教えてください。

三宅(敬称略)──

両親が酪農家だったので、もの心ついた頃から牛や酪農の仕事はとても身近な存在でした。

といっても両親の跡を継ぎたいと強く思っていたわけではありません。農業高校へ進学したことで想いに変化が現れました。

あるとき、担任の先生から「作文コンクールに応募してみないか」と言われ、軽い気持ちで応募したんです。

酪農の仕事や将来したいことを書いたのですが、なんと最優秀賞をいただくことに。賞をいただけるなんて思ってもいなかったので本当に驚きました。

副賞として香川県の牧場に研修に行かせていただいたのですが、そのときの経験が大きな転機になりました。

忘れられなかった研修先でのチーズ作り

──どのような経験があったのですか。

三宅──

人生の分かれ道だったかもしれません!

チーズを食べるのが好きでしたので、研修先の牧場はチーズ工房のある牧場に行かせていただくことになりました。

そこでモッツァレラチーズ作りを体験させてもらったんです。牛乳にひと手間加えるとチーズができるなんて…と大感動でした。

チーズ作りの楽しさやチーズのおいしさが忘れられなくて。

「実家の牛乳を使ってチーズを作りたい」という夢ができました

酪農を深く学ぶため、大学は北海道へ。卒業後は帯広の牧場で1年間修業をしました。

家族経営でチーズ工房のある牧場です。
ここではチーズ作りの基礎をみっちりと教えていただきました。

工房設立に立ちはだかったのは思ってもいなかった問題

──地元に帰って3年後にオープンしたとありましたが、大変だったことや印象に残っているエピソードなど教えてください。

三宅──

北海道から帰ってきて、チーズ工房の設立に向けて動き始めたのですが、なかなか思うように進められませんでした。

というのも工房の建設予定地が農業振興地域に指定されていたのです。規制があり農業以外の使用目的では使えないという…。

お店はもちろんですが、加工食品工場も建てられないとの制約がある土地でした。

何度も倉敷市へ問い合わせたり、先輩酪農家のかたがたにどうしたら良いのか相談を。申請と修正を何度も重ね、ようやく倉敷市から建設の許可が降りました。

許可をいただけるまでに1年。補助金の申請もしていたので準備も大変でした。

ここでも約1年かかり。そして建築の打ち合わせから完成まで1年と、オープンまで3年もかかりました。

──心が折れてしまいそうなときもあったのでは。

三宅──

うまくいかないことばかりで、もうやめてしまいたい!と思ったことも何度もありました

ストレスから体重は10kgも減ってしまったほどです。そんなときに支えになったのはやっぱり周りの人の存在ですよね。

本当に1人の力ではチーズ工房の設立はできませんでした。多くのかたがたの協力や支えがあってお店を始められたと思っています。

人のつながりの大切さも改めて感じました

チーズを製造する機械

おいしさを追求したい、ずっと続いていくチーズ職人の道

──酪農とチーズ作りについて詳しく教えてください。

三宅──

実は酪農とチーズ作りには共通点があります。どちらも「いきもの相手」の仕事。

酪農では牛が相手、チーズ作りでは乳酸菌が相手に。ここで大切になるのが観察力です

両親もずっと大切にしていることですが、牛が病気にならないよう体調管理にはとても気をつけています。牛のようすやお乳の張り具合、搾乳時の牛乳の出具合など。

世話は毎日のことなので、ほんの少しの違和感であっても気が付くんですよね

一方チーズ作りでカギを握るのは乳酸菌です。

乳酸菌は生きているので天候や温度によって働きが変わります。

1度温度が変わるだけでも酸味が出たり、まろやかになったりと

同じ作業をしていても「今日のチーズはとてもおいしい」と感じる日もあって。面白いですよね。

チーズの状態をじっくりと観察。どの組み合わせが良いのか、微調整を重ね「作り方」を更新しています

──チーズ作りの面白さはどんなところでしょうか。

三宅──

酪農家やチーズ職人のこだわりや大切にしていることは、その人それぞれで違うんですよね。

チーズの練り方や発酵の時間、そして使う乳酸菌の組み合わせも異なります。

正解はなく、ゴールもない。追求しようと思えば、道はずっと続く。

そこが難しいところではありますが、私は奥深さを感じチーズ作りを続けています。

カードの状態を確認する三宅さん

──人気商品やおすすめの商品を教えてください。

三宅──

お客様から一番人気があるのはフロマージュ・ブランです。

食感はチーズというよりもヨーグルトに近いですね。

作り方も乳酸菌を入れるだけなので、より牛乳の味わいを感じていただける商品です

日本では馴染みがまだまだないのですが、フランスでは離乳食にも使われるくらい身近なものなんですよ。

食べ方はパンに塗ったり、ジャムを載せたり。すりおろしたにんにくを合わせるとディップにもなります。

クセがないのでチーズに馴染みのないかたにも食べていただきやすいかと。

左からモッツァレラチーズ、チーズ3種セット、スカモルツァの燻製、フロマージュ・ブラン(写真提供:倉敷チーズ工房ハルパル)

意外に和食にも合う!ミルキーな甘さのモッツァレラチーズ

三宅──

私のおすすめ商品はモッツァレラチーズです。

モッツァレラチーズというと、トマトにオリーブオイルの「カプレーゼ」をイメージされるかたもいるかもしれません。

でも…意外と「和食」にも合うんです。ぜひ一度試していただきたいのがわさび醤油

モッツァレラチーズはお刺身のようにスライスカットしてください。

ぴりりと効いたわさび醤油がミルクの風味を引き立ててくれます。

他にもお味噌汁や鍋、キムチ料理に。アレンジの幅は広いので、いろいろな料理に添えていただけたらうれしいです。

熟成中のモッツァレラチーズ

チーズを通してお客様と酪農家や牛をつなげたい

──どのような想いを持って事業をされていますか。

三宅──

まずあるのは、酪農家の存在を多くのかたに知っていただきたいとの想いです。

現在、倉敷にある酪農家は6軒で玉島にあるのは5軒。酪農の仕事の厳しさや後継者問題などから、この数は減っていくのではと危機感を持っています。

私はイベントでの対面販売が多いので、お客様に直接商品をお渡しできます。そのときにいろいろとお話をさせていただくこともあるんですよ。

オープンして3年目に入りましたが、うれしいことにお客様からも

  • 「玉島に牧場があるのを知ってるよ」
  • 「チーズがおいしかったよ」

と声をかけていただくことも増えてきました。

少しずつ認知は広がっていると感じています。

乳製品を手に取ったとき、食べるときに少しでも酪農家や牛のことを思い出していただけるととてもうれしいです

生産者と消費者が直接つながるマルシェ(写真提供:倉敷チーズ工房ハルパル)

酪農業を支えたい、チーズ作りを始めたもう1つの理由

三宅──

酪農家はやりがいのある仕事ですが、とても厳しい側面もあります。

365日休みのない仕事、餌や資材の高騰、上がらない取引価格。そのようななかで「価値」を自分で作れる商品があればと思いました。

生乳販売とは別の柱があれば、不安定な状況下になっても乗り越えられるのではと。

2つの柱があれば経営面でもしっかりと安定しますよね。実際コロナ禍では多くの業界が岐路に立たされました。

酪農業界においても例外ではなく、流通の混乱や餌の高騰など非常に厳しい状況でした。

両親が経営する酪農も厳しい状況に直面したのですが、チーズ工房があったので、乗り越えられたんです。

「おいしい牛乳を」と毎日牛の世話をしてくれている両親に、私もこのような形でサポートができてうれしいです。

大切に飼育されている三宅牧場の牛

──第14回 ALL JAPAN ナチュラルチーズコンテストでの金賞受賞について教えてください。

三宅──

2年に1度開催される日本一のチーズが決まるコンテストです

品評会での受賞を大きな目標にしているチーズ職人も多く、私もその1人。

コンテストにはフロマージュ・ブラン、モッツァレラ、スカモルツァの燻製を出品しました。

最終審査まで残ったのはフレッシュチーズのフロマージュ・ブラン。ありがたいことに「金賞」を受賞しました。

実は今回の出品は2度目だったんです。

まさか賞をいただけるなんて思ってもいなかったので、私は会場の東京にも行かず、工房でモッツァレラチーズを作っていました。

夕方頃に電話が鳴ったので、なんだろう?と思い、電話にでてみるとなんと事務局のかたからでした。

「最終審査に進み、金賞は確定しております」と。

まさか、そんなことがあるなんて!

もう、その後はそわそわと気持ちが落ち着かず、チーズ作りも手につかなくなってしまいました。

インタビューに答える三宅さん

2度目の挑戦で金賞を受賞、あふれてきたのは喜びと感謝

──受賞が決まったときの気持ちを教えてください。

三宅──

とてもうれしかったです。と同時に、いろいろな感情があふれてきました。

チーズ作りには正解がありません。「おいしい」と感じる味覚はその人それぞれですよね。

私はお客様においしいチーズを届けたいと思いながらチーズを作っていますが、おいしさを受け取っていただけるかどうかはわかりません。

ほんとにこれで良いのかな?と不安に苛(さいな)まれることもあります

受賞したことで自信にもなりました。

「今までやってきたことは間違っていなかったんだ」と思えたんです。

また、両親の酪農も認めていただけたようにも感じました。

フロマージュ・ブランは、作り方がとてもシンプルで。牛乳に乳酸菌を添加するだけで、塩も入れません。牛乳の味がよりダイレクトに現れます。

両親の育てる牛の牛乳の品質の良さが伝わったと感じ、とてもうれしかったです。

搾乳をする三宅さん(写真提供:倉敷チーズ工房ハルパル)

──今後の展望、やってみたいことを教えてください。

三宅──

最近は商品開発にも力を入れています。

試作を重ねソフトクリームが完成しました。
玉島にある倉敷フルーツヴィレッジに「三宅牧場のソフトクリーム」を納品しているので食べていただけるとうれしいです。

新作のヨーグルトも完成までもうすぐ。
ヨーグルトは岡山コープや地元の産直市場への納品やイベントへの出店を予定しています

また、いつか倉敷の美観地区にお店を構えたいと思っていて。

今はソフトクリームは牛乳のみで作っているのですが、いずれはチーズを入れたソフトクリームを作りたいんです。

北海道で食べたチーズソフトクリームが忘れられなくて。

チーズを入れることでコクが出ますし、なにより牛乳の甘さとチーズのほんのりとした酸味が合うんです。「あまじょっぱい」がくせになりますよ。

おいしい乳製品を通して、酪農家の仕事や牛たちのことを多くの方に伝えたいと思っています。

おわりに

三宅さんの酪農への深い愛と誇りは、酪農を取り巻く厳しい状況下でも揺るぎません。

逆に新たな道を切り開く源泉になっています。

チーズを通して酪農家と消費者をつなぎたい

お互いがつながることで酪農の仕事が未来に続いていくと、三宅さんはいいます。

筆者の家では子どもたちのおやつに牛乳やチーズ、ヨーグルトがいつも冷蔵庫でスタンバイ。

そしてソフトクリームは出先でいただく、とびきりのご褒美。

今までは何気なく食べていたのですが、取材日以降から家族のなかで会話が増えました。

  • 「これは牛さんのミルクなんだよね」
  • 「牛さんのお世話をしている人は誰だと思う?」
  • 「牛さんと酪農家さんにありがとうだね!」

商品や食べ物のその先にいる人や動物に想いを馳せてみると、食べる楽しみもありがたみもより感じます

食事の際はもちろん、おやつにも、リラックスタイムのお供にも、チーズを取り入れて日常をより豊かにしていきたいですね。

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