棚橋弘至社長は、新日本プロレスをどう成長させていくのか ~社長就任インタビュー・後編

昨年12月23日に新日本プロレスの社長に就任した「100年に一人の逸材」棚橋弘至選手。新日本プロレスの社長兼レスラーは創設者のアントニオ猪木さんに始まり、坂口征二さん、藤波辰爾さんに次ぐ4人目で、実に19年半ぶりのこと。

同年12月26日の就任会見では3大公約として「1、東京ドームを超満員にする。2、地方でのタイトルマッチを増やしていく。3、スポンサー様とのパートナーシップ強化」を掲げた棚橋社長。

Xでは「棚橋社長」が連日トレンド入りするなど、プロレスファンのみならず世間からの注目度も高い棚橋社長。これから新日本プロレスをさらなる成長にどう導こうとしているのか。10年前「棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか」を手掛けてベストセラーを生み出した旧知の編集者、茂田浩司氏が迫った。

(前編の続き)

「棚橋の遺伝子」を受け継ぐ3人のレスラーには頑張ってほしいかな。

――棚橋さんが「自分以外で」これから新日本プロレスをもっと盛り上げてくれる、と期待しているレスラーは誰ですか?

「そうですね……。ファン目線的には『令和闘魂三銃士』になると思うんですけど。まあ、僕が初めて付き人を付けたのが……」

――付き人?

「グレート-O-カーン、らしき人物です」

――ええー、それは知らなかったです。

「それで、その次が辻(陽太)。その次が、今、海外遠征に行った中島(佑斗)。同じ中学校なんですけど」

――そうでしたか。

「やっぱり、他の若手選手と比べても接している時間が長かったので、オーカーン、辻、中島には特に頑張ってほしいかなっていう期待をしてますね。少なからずね、彼らは『棚橋の遺伝子』を受け継いでいるかもしれない。僕は、武藤さんの付き人をやらせてもらって、武藤さんの『スターすぎる部分』に触れて、憧れて。で、2009年の東京ドームのメインイベントでシングルマッチをしてっていうところもできたので。その3人とはいずれね。オーカーンとはシングルをやりましたけど、辻とはまだやってないですし。(中島と)大垣東中No.1決定戦もやらないといけないし(笑)。その3人は特に頑張ってほしいですね」

――なるほど。今回のインタビューの予習として「アントニオ猪木をさがして」をアマプラで拝見しました。私が一番の記憶に残ったのは、棚橋さんの問いかけに海野選手が『怒りはないです。怒りを原動力にしてない』と答えた場面でした。

「はい」

――1・4東京ドームでバイクで入場したり、若手の中で一番「華がある」と感じさせるレスラーで突き抜けてほしいと思ってますが、その彼は「怒りはない」んだな、と

「『怒りはないです』はあえて、計算して言っている可能性もありますね。猪木さんの映画を観る、昔からの新日本プロレスのファンには『何を言ってるんだ?』と怒りを買うかもしれないけど、そこでヒールを買って出るというか。あえて迎合しない、芯の強さを感じましたけどね」

――なるほど。実際に私があの映画で一番印象的だったのがあの発言でしたし。「空気に流されず、自分の考えを言える」ということですね。

「そうですね」

東京ドーム超満員には地方大会が一つの目安。そのためのプロモーションをしていく

――棚橋さんが就任会見で掲げた「3大公約」の一つが「東京ドーム超満員」。それで過去の1・4東京ドームの観客動員数をまとめてみました。

「はい」

「WRESTLE KINGDOM」:東京ドーム入場者数:メイン

〇第一回(2007年):28,000人。
メイン 蝶野正洋・武藤敬司組対天山広吉・小島聡組

2008年:27,000人。棚橋弘至対中邑真輔

2009年:40,000人。棚橋弘至対武藤敬司

2010年:41,500人。中邑真輔対高山善廣

2011年:42,000人。棚橋弘至対小島聡

2012年:43,000人。棚橋弘至対鈴木みのる

2013年:29.000人。ブシロード体制で初開催。
メインは棚橋弘至対オカダ・カズチカ

2014年。35,000人。メインは中邑真輔対棚橋弘至。
ファン投票でオカダ・カズチカ対内藤哲也にダブルスコアで圧勝。

2015年:36,000人。メインは棚橋弘至対オカダ・カズチカ

2016年:25,204人(この年から実数発表) メインはオカダ・カズチカ対棚橋弘至

2017年:26,192人 オカダ・カズチカ対ケニー・オメガ

2018年:34,995人 オカダ・カズチカ対内藤哲也

2019年:38,162人 ケニー・オメガ対棚橋弘至

2020年:40,008人 オカダ・カズチカ対飯伏幸太
<1.5>:30,063人 オカダ・カズチカ対対内藤哲也

2021年:12,689人 内藤哲也対飯伏幸太
<1.5>:7、801人 飯伏幸太対ジェイ・ホワイト

2022年:12,047人 鷹木信悟対オカダ・カズチカ
<1.5>:6,379人 オカダ・カズチカ対対ウィル・オスプレイ

2023年:26,085人 オカダ・カズチカ対ジェイ・ホワイト

2024年:27,422人 SANADA対内藤哲也

――注目したいのが2018~2020年。コロナ禍の前に4万人まで増えていたんですよね。

「はい」

――あの当時、手応えは感じていました?

「感じてましたね」

――客席を見ていて、外国人の観客が年々増えていた時期だったと思うんですよ。

「増えましたね」

――あのコロナ前に戻し、さらにそこを越えていくためにはどんな構想を持っていますか?

「コロナに対しての恐怖感っていうのは来年、再来年とどんどん薄れていくだろうし。興行、人が集まるところに行っても大丈夫っていう安心感も、たくさんの人を集めるイベントにまず重要なことだと思います」

――なるほど。

「僕がプロモーションしていく中で、2000年代ってまず500人何とか入れましょう。次は1,000人入れましょう、っていう規模感だったんです。この地方大会の規模感が1,000人、2,000人から3,000人とかで出来るようになってくれば、自然と東京ドームの5万人、6万人っていうのは見えてきますね」

――そうなんですね。

「だから地方大会を一つの基準にしたいかな、という。どの地方に行っても、どの地区でも、一昔前のビッグマッチぐらいのハウスショーができるようにしたいですね。そのためにはやっぱり地道な、3年後理論じゃないですけどプロモーションをして、情報はディレイで伝わるというか」

――棚橋さんは実際にそれを体験してるから強いですね。説得力が違います。

「っていうのを、今のレスラーたちがどこまで信じてできるか、というか。『プロモーションは人のためならず』というか」

――結局、自分に返ってくるっていう。素晴らしいですね。

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レスラーとしてはIWGP世界ヘビー級ベルトを巻く。社長としては常設会場「猪木アリーナ」を作りたい

――社長になった棚橋さんが生まれて初めてする業務、って何ですか?

「ハンコ押しです(笑)。ハンコ筋が発達してきました(笑)。10キロのダンベルをハンコに付けてみようかな(笑)」

――(笑)そのひたすらハンコを押すという業務は社長になって知ったんですか。

「そうですね。各部署の上の人の印鑑がバーッと押してあって、最後に社長の欄が空いてるので」

――地方に行って、久々に会社に出社してみると机は書類の山が。

「無茶苦茶溜まってますよ(笑)」

山口総監督 そこで初めて組織の意思決定プロセスみたいなことも分かったりしますよね。

「そうですね。こんなに許可、承認が必要なんだ。しっかりした会社だな、と思いましたね。上場会社の子会社の社長ですからね」

山口総監督 僕も同じく上場企業の子会社の社長を務めたことがあって、結構大変でした。いろんな形のプロセスを踏まないといけないんで。

「そうですね」

山口総監督 それでも最終意思決定権者という形になるんで、その印鑑の1個の重みっていうのが。これからさらに重大な局面になったときこそきついと思いますよ。

「そうですよね。赤字を出してしまった興行とか、グッズとか(苦笑)。全然売れないじゃん、いや社長の印鑑をもらってるか、みたいなね」

山口総監督 そこで保守的になるのか、積極的にやるのかですけど、これからいろんな意思決定プロセスを踏んだり、キャリアを重ねて『最強の社長』になっていただきたいなと思っています。

「ありがとうございます」

――慣れない業務もあったり、いろいろと大変だと思いますけど。

「(すかさず)大変じゃないです。やりがいでしかないです」

――さすがです。「社長レスラー」になって、これはやりたいと思うことは何ですか。

「社長レスラー……、これはリング上ですか? リング外ですか?」

――どっちもですよね。社長であり、レスラーである。

「僕はそこを分けているので。『社長レスラー』という言われ方は本意ではないかな」

――なるほど。

「レスラーの棚橋弘至としてはやっぱりIWGPの世界ヘビー級ベルトを巻く。社長として1個目標は、常設会場を作りたいですね」

――おお!

「今、後楽園ホールが一番多いんですけど、どこかに3千人、4千人規模の常設会場で、新日本が出来ても月何大会かだと思うので、音楽だったり、演劇だったり、他団体だったりのイベントがあって、常に何かしら稼働しているアリーナ。そこに人が集まれば、その周辺の飲食だったりとか、街全体を活性するような」

――いいですね、プロレスの新たな聖地。

「築地とか再開発が進んでるところになるのか。土地とか建物を含めたらかなり大きい規模の事業になるんですけど、新日本プロレスの持ちアリーナを作りたいです。名称は『猪木アリーナ』にします」

――おお、猪木アリーナ!

「そうしたら、100年後、200年後、今のレスラーがいなくなってもアリーナの名前が残るんで。その時代の人が『この猪木って誰だろう?』と思って歴史をさかのぼると『新日本プロレスを作った人なんだ』となったり、その過程で棚橋に出会う可能性もあるかもしれないし。常設会場は一つの夢ですね」

――素晴らしい構想ですね。

「コロナ禍の前に案があって、少し動いていたみたいなんですけどタイミング的に逃してしまったので。何かプロレスファンが集まり、いろんなエンターテイメントが稼働できるアリーナにしたいな、っていう」

――夢のある話ですね。

「ディファ有明でノアさんがやりましたけど、あれはノアさんの持ち物ではなかったので」

――なるほど。

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絶対に「プロレスファンでよかった!」と思える瞬間を何度も創り出してみせます!

――記者会見の中で木谷オーナーから「世界No.1を目指す団体」という発言がありました。棚橋さんも常に「世界ナンバーワンを目指す」という気持ちを持ってやってこられたわけですけど、現在の世界ワンバーワン、WWEに追いつき、追い越すために必要なことは何だと思いますか?

「そうですね。やっぱり世界人口の中で英語を使ってる国が多いっていうのがWWEの世界進出を可能にしてる点だと思うので。そういうビハインドは最初からありますけども、周りを固めるしかないのかな? 英語実況の大会を増やすとか。バランスを見ながらですけど、海外の有名選手を呼ぶとか」

――プロレスの場合、言葉が無くても伝わる部分が大きいという強みがありますよね。

「そうですね。競技を見て貰うと、言葉が無くても伝わる部分は大きいですし、どっちかを応援したくなって、勝って嬉しい、負けて悔しいがある競技なので」

――世界への動画配信で、ニュージャパンワールドは大きかったですよね。

「はい、大きかったですね」

――それは棚橋さんも感じていましたか。

「感じてましたね。現状で、加入者の3割、4割は海外なんですよ。それがもっと増えてくれば、海外の大会もある程度見込みが出来るというか」

――その辺り、棚橋さんが海外で試合すると「反応が変わったな」と感じたりはしました?

「はい。もう『タナハシ』を知ってる状態で見に来るので。選手のチャントがあったり『ターナーハーシー!』とか向こうの独特のチャントがあったりとか。どんな技を使うとか、何が得意技なんだとか知ってる状態で見に来てるので。それはニュージャパンワールドを見てくれてるファンが会場に来てくれているんだなっていうのは感じましたね」

――先日もアジア太平洋プロレス連盟(APFW)の発表がありましたけど、新日本プロレスさんは棚橋社長を先頭に世界戦略を進めていく、ということでよろしいですか?

「そうですね。僕らの世代で『世界戦略』というと、やっぱり猪木さんのイメージが強いですけどね」

(写真提供:新日本プロレス)

【アジア太平洋プロレス連盟】(APFW)合同記者会見!

――確かに。山口総監督からは。

山口総監督 内藤選手なんかもそうですけど、少しずつ『棚橋社長はどう考えてるのか?』みたいなところも選手から出てきてる部分もあるかなと思うんですけど。それに関して何か社長として感じる部分はありますでしょうか?

「そうですね。今、所属してるレスラーで『レスラー社長』を知ってるのは永田さんとか以外は初めてだと思うので」

――ああ、なるほど。19年半ぶりだから、大ベテランの選手以外は知らないんですね。

「なので、どう接していいか、どう扱っていいか、みたいなのは多分、まだ手探りの状態なんですけど。『何でもやってこい!』って思ってますんで」

――まだ遠慮されてる感じですか?

「ありますね。内藤ぐらいしかイジってこないんで(笑)。アンタッチャブルな存在にはなりたくないので」

――もっと来いよ、と(笑)。

「もう本当に、藤波さんぐらいイジってもらいたいんで」

山口総監督 「棚橋ストップ」がいつか見られるかも(笑)。

「逸材ストップがいつか出て、我々は殺し合いをしてるんじゃない、分かってください、と(笑)」

――完璧です(笑)。では最後に、棚橋さんにファンの皆さんへのメッセージをお願いします。

「はい。本当にコロナ禍、我慢して応援してくれたファンの方にはもう感謝しかなくて。そういったファンの方がね、応援しててよかったと思えるような盛り上がり、試合、一年間のドラマを見せられるようにしていきますので。これからも応援よろしくお願いします。絶対に『プロレスファンでよかった!』と思える瞬間を、何度も作り出してみせます。はい」

――お忙しいところをありがとうございました。

「追記」

この取材の後、オカダ・カズチカ選手の退団が発表された。棚橋社長はどう捉えているのか。

――オカダ・カズチカ選手の退団に、動揺しているファンも多いかと思います。そんなファンに向けてのメッセージをお願いします。

「オカダは世界に羽ばたきます。そのことを僕は誇りに思います。新日本プロレスファンの皆さんも同じ思いではないでしょうか。プロレスが続く限り、また新日本に雨が降るかもしれませんから。今は応援していただければと思います」

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インタビュアー:茂田浩司(スポーツライター)

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