ムロツヨシと永山瑛太の演技合戦だったと絶賛―映画『身代わり忠臣蔵』脚本家・土橋章宏氏インタビュー

浅野内匠頭が江戸城内で吉良上野介に切りつけ、切腹を命じられた。家臣たちは主君のために仇討ちを成し遂げる。これまで何度も映像化されてきた忠臣蔵を吉良側の視点から描き、身代わりというアイデアを取り入れた映画『身代わり忠臣蔵』は土橋章宏氏の同名小説の映画化である。監督を『総理の夫』(2021)の河合勇人が務め、吉良上野介と弟の孝証をムロツヨシ、大石内蔵助を永山瑛太が演じている。公開を前に脚本も担当した土橋氏に取材を敢行。着想のきっかけや小説と映画の違い、作品の見どころなどを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

現代の価値観を忠臣蔵に取り入れたら…

──吉良上野介が松之大廊下で浅野内匠頭から切り付けられたことで亡くなり、上野介にそっくりな弟が身代わりになって幕府を騙しぬくという話に驚きました。着想のきっかけからお聞かせください。

僕自身は忠臣蔵が好きで、年末に放送されるドラマなどをよく見ていました。ところが、作家仲間と雑談していたら20代くらいの若い人の中に忠臣蔵を知らない人がいたのです。若い人は知らないんだと驚きました。

あらすじを話したところ、「なぜ仇討ちをするんですか。それは上司が失敗しただけじゃないですか」と疑問を投げかけられました。知らない世代がいるということはもう一度やる意義がある。ただ、やるならば従来と同じものはできません。

どういう視点から描こうかと考えたときに、赤穂側から見た作品はたくさんあるけれど、吉良側から見た作品はほとんどないことに気が付いたのです。

土橋章宏氏

調べてみると、そもそも吉良側の資料があまりない。吉良側からすれば、勅使饗応の作法を教えてあげたのに、なぜ逆恨みされるんだと考えたかもしれませんし、残された史料にはお上がどう裁決されるかで苦労した話が書かれています。また吉良の里では、上野介が視察に行けば、どんな身分の人にも声を掛け、治水事業も行っていることで、「うちの殿様はすごい名君」と言われたという話も残っている。吉良側からならこれまでとは違う視点で書けるのではないかと思いました。

転生モノではありませんが、現代の価値観を持った人が吉良家にいたら、どういう風に仇討ちを回避し、この事件を解決しただろうかと考えてみました。そこで上野介が入れ替わったら面白いのではないかと思いついたのです。調べたところ、上野介は4兄弟で、末っ子は僧籍に入っていました。武家社会では生まれた順番で勝負が決まります。負けてしまった人が一番上の立場になったらどういうことをするのかを考えて、小説を書いてみました。

──ベースとなる忠臣蔵の話はそのままですね。

「仇討ちをどうするんだ」といった、いわゆる忠臣蔵の構造に沿って進んでいきますが、大石内蔵助像は結構新しいと思います。これまではヒーローとして描かれていましたが、この作品では内蔵助をサラリーマン的に描いて、人間的な弱みも見せています。現代の社会においてリアルな感じで、忠臣蔵を知らなかった方にもイメージしやすいのではないでしょうか。

内蔵助の女遊びは幕府や吉良を油断させるためと言われてきましたが、意外に女好きだったんじゃないかと思ったりします(笑)。その方が人間らしくないですか? もちろん家臣思いのところはあったでしょうけれど、自堕落な面も含めて人間らしい内蔵助を描きたいと思いながら書きました。

そんな内蔵助のマイナスな面もきちんと演じてくれた瑛太さんはお上手だと思いました。瑛太さんがもともと好きで、シリアスからコメディまで全部できる方だと思っていましたが、作品を見て、「よくぞここまで演じてくださった」とうれしくなりました。本当に素晴らしいですよね。

ヒロインとわかりやすい悪役でエンタメ性を高める

──土橋さんは脚本も書かれています。小説を脚本にするには、エピソードを取捨選択せざるを得ません。わが子のような小説からエピソードを捨てるのは辛い作業ではありませんでしたか。

それが脚本開発で揉める原因の1つなのですが、僕は小説と映画は別のエンターテインメント作品だと思っています。小説と映画では面白いところが明らかに違う。小説は頭で想像していくところが楽しいですが、映画はこちらで舞台を用意して見せていく。原作はあくまでも原案で、脚本は監督やプロデューサーとみんなで作り上げ、新しい物語として楽しむという気持ちがあります。

映画は2時間の尺の中で人間関係に焦点を当てたドラマを作り、小説よりもエンタメ性を高めています。例えばヒロインやわかりやすい悪役を登場させ、コメディも加味することで、誰が見ても楽しめる脚本を作る。本打ちで話し合うからみんなの意図もわかり、そこはそうした方が面白いよねと納得がある。小説は1人で育てたけれど、映画の脚本はみんなでセッションして育てた集団演芸の楽しさがあります。“両方やらせてもらえてラッキー”みたいな感覚です。

──孝証と大石内蔵助が出会うシーンですが、原作では内蔵助が池田久右衛門と名乗ったので、2人のやり取りを読んでいるときには、そこで孝証と内蔵助が出会ったとは気が付きません。2人が別れてから大石主税が「父上」といって迎えに来たことで、池田が実は内蔵助で、孝証と内蔵助はそこで出会っていたことがわかります。映画ではムロツヨシさんと永山瑛太さんが演じることで観客に最初から2人が出会ったことがばれてしまいます。

小説は頭で想像していき、映画は用意された舞台を見るという違いでしょうか。

瑛太さんが出てきたら、名乗らなくても観客には大石内蔵助だとわかる。それを逆手に取って、観客にはわかっているけれど、孝証にはわかっていない面白さがあります。映画では積極的に観客にバラしていき、2人がどうやって打ち明け合うのかというところを山にしました。

また映画では孝証が先に、一緒に飲んだ男が内蔵助だと知るのですが、孝証が内蔵助に本当のことを言いたいのに言えないのも面白みだと思います。

──原作では吉良上野介と浅野内匠頭を「2人の暗愚」とし、下につくものたちが辛い思いをしたとしていますが、映画では柳沢吉保が1人で悪役を引き受けた印象を受けました。わかりやすい悪役という立ち位置なのですね。

エンタメ的なわかりやすさを重視して、悪役を目立たたせたのです。

小説では部下が上司の失敗の後始末に奔走するサラリーマンぽいところでコメディ感を出しつつ、後始末をさせられる孝証と内蔵助の友情を描いていました。映画は見てすぐに「明らかにこいつが悪い」とわかることが大事。悪役を柳沢吉保以外にいろいろと変えてみるとストーリーがどうなるか。作り手としての楽しみも味わった上で、柳沢吉保を悪役にしました。過去にもそうした忠臣蔵があるのです。

ムロツヨシの提案で上野介と孝証の違いをホクロで表現

──主演のムロツヨシさんはかなり早い段階で決まっていたと聞きました。孝証をムロさんに寄せて書かれたのでしょうか。

僕は「勇者ヨシヒコ」シリーズなどのムロさんのコメディが大好きなので、キャストが決まる前から「ムロさんだったらいいな」と思いながら書いていました。それをプロデューサーに伝えたところ、ムロさんにアプローチしてくださり、受けていただけたのです。そこからもう一回ムロさんにあてて書き直しました。

──予告編にもある「これが俺のやり方だよ」とおどけて言うシーンはムロさんらしいです。

そのセリフはムロさんが作ったものです。ムロさんは監督もされる方で、こういうシーンではこういう笑いがいいだろうといったことがわかっています。撮っているときにムロさんがいろいろな提案をしてくださって、一緒に作っている感じがありました。

「上野介の身代わりだとばれたらどうしよう」とばたばたするのが本作の面白いところ。上野介と孝証の違いをホクロで表現するのはムロさんからの提案でした。原作にはない設定です。「孝証が上野介を演じているときにホクロをつけていなかったらどう行動するのか」といったコメディラインを考えていただくなど、みんなですごくいい共同作業ができました。

──原作で孝証に身代わりを頼むのは家老の小林平八郎ですが、映画では斎藤宮内になっています。孝証の世話をする女中も豊から桔梗と、名前やキャラクター設定が変わっていますが、それはどうしてでしょうか。

小説を書いた後も調べていたところ、斎藤の存在がわかりました。いろいろな説がありますが、赤穂浪士に協力的だったようなことも書かれていたので、斎藤の方がこの役どころには合うのではないかと思ったのです。

先程もお話ししましたが、映画ではヒロインが大事です。小説の豊は異常性に巻き込まれた部分もありましたが、映画ではヒロインらしく、孝証のことを好ましく思い、しっかり支えていた女性とし、名前を変えて桔梗としました。川口春奈さんが桔梗を演じたことで、孝証が桔梗に心をときめかせて「この人のために身代わりを演じるんだ」というところに説得力が出てきたと思います。

──斎藤宮内を演じた林遣都さんはサディスティックなコミカルさが見事でした。

僕は林さんの真面目な演技をよく見ていましたが、今回、斎藤を演じていただき、「コメディがうまい」と思いました。幅のある、引き出しの多い俳優さんですよね。映画でもこういう路線をもっと見てみたいと思いました。

斎藤にサディスティックという方向性はありましたが、孝証の頭を叩いたり、背中を蹴飛ばしたりするのは現場でできていったものです。試写を見ていて、笑ってしまいました。

──完成した作品は土橋さんにとって満足のいく作品だったのですね。

忠臣蔵の映画としてきちんと進んでいく中にコメディがありつつも、ボルテージは上がっていくところがよくできていると思いました。

ムロさんと瑛太さんという日本の映画界を代表されるようなお二人の演技合戦は見ていて本当に楽しかったです。

期待以上のアドリブで応えてくれた俳優陣

──現場ではアドリブの応酬だったと聞きました。脚本とはかなり違いましたか。

アドリブは役者さんの見せ場だと思っています。役者さんご自身でどんどん作っていただき、脚本を超えていってほしい。僕も「ここはこういうコメディをやるので、面白くしてください」というメッセージを込めて脚本を書いています。今回はそこにちゃんと応えてくれる力量のある方ばかりでしたから、試写を見て「こうなったんだ」と笑い、「よくぞここまで演じてくださった」と思ったところが多かったですね。

映画という組織のトップは監督ですから、監督がいいと思うように変えてもらえばいい。ここは脚本家の色が出ているけれど、こっちは監督の色が出ているように疎らになると統一性がなくなってしまいますから。俳優の意見を聞いて、監督がこのストーリーに対して統一性が取れていると判断すれば、まったく問題ないです。現場見学に2~3回は行きましたが、そのときも監督とキャストが話し合って、その場のノリで演じてくださっていました。

──特に「このシーンには驚いた」というところはありましたか。

たくさんあって、あえて挙げるのは難しいですね。強いて言えば、孝証が「濡れた帯の痛さを見くびるな」と言って、斎藤をいたぶる場面。「そうなんだ、ムロさん、その世界でも知識が深いな(笑)」とまるで舞台を見ているように楽しませてもらいました。舞台は生き物と言われますが、現場でもそうやって変わっていったのでしょうね。

──脚本家として注目してほしいシーンを教えてください。

泉岳寺で孝証と内蔵助が出会うシーンですね。

孝証は吉良家の四男に生まれ、貧しい生活を余儀なくされて、グレていましたが、兄の身代わりとして当主の立場になり、上に立つ者の辛さを知りました。そんなときに「家臣は家族だ」と語る内蔵助と知り合い、自分も家臣を大事にすることで家臣から大事にされるようになる。また、辛い生い立ちを経験してきたからこそ、赤穂側の気持ちもわかる。だから彼らが仇討ちをしたいというときにどう解決したらいいのかを考えていく。孝証の人間的な成長のきっかけとなりました。

ムロさんの演技もいいんです。最初は投げやりな感じでしたが、段々いい人になっていく。そこを絶妙に演じ分けてくださっていますので、注目してご覧いただければと思います。

──先月、書き下ろし小説として「縁結び代官 寺西封元」(角川文庫)が発刊されました。次のテーマはもう決めていらっしゃいますか。

次は甲賀忍者の話です。忍者って戦国時代は活躍していましたが、江戸時代には戦がないので、みんな農民に戻ってしまいました。しかし戊辰戦争のときに甲賀忍者が活躍しているのです。戦となれば「名を挙げるぞ」ともう一回忍術修行を始めたところに面白さを感じました。忍者大全のような本としてリアルな忍者を描きたいと思っています。

<PROFILE>
原作・脚本 / 土橋章宏

1969年12月19日生まれ、大阪府出身。小説「海煙」(11)で伊豆文学賞受賞以降、小説を中心にTVドラマや映画の脚本、漫画原作などを多数手掛ける。2011年に執筆した脚本『超高速!参勤交代』で第37回城戸賞を受賞。その後同作は映画化を果たし、第38回日本アカデミー賞最優秀脚本賞(14)を受賞。近年の主な作品は、小説「号外! 幕末かわら版」(22)や漫画「スマイリング!」(20)、映画『引っ越し大名!』(19)、『水上のフライト』(20)、NHK BSプレミアム「十三人の刺客」(20)、ドラマ「無用庵隠居修行」(23年3月/BS 朝日)などがある。

『身代わり忠臣蔵』2024年2月9日(金)全国公開

<STORY>
嫌われ者の殿・吉良上野介(ムロツヨシ)が江戸城内で斬られ、あの世行き!斬った赤穂藩主は当然切腹。だが、殿を失った吉良家も幕府の謀略によって、お家存亡の危機に!! そんな一族の大ピンチを切り抜けるべく、上野介にそっくりな弟の坊主・孝証(ムロツヨシ)が身代わりとなって幕府をダマす、前代未聞の【身代わりミッション】に挑む!さらに、敵だったはずの赤穂藩家老・大石内蔵助(永山瑛太)と共謀して討ち入りを阻止するというまさかの事態に発展!? 幕府に吉良家に赤穂藩も入り乱れ、バレてはならない正体が…遂に!?

<STAFF&CAST>
原作:土橋章宏「身代わり忠臣蔵」(幻冬舎文庫)
監督:河合勇人 
脚本:土橋章宏
出演:ムロツヨシ、永山瑛太、川口春奈、林遣都、北村一輝、柄本明、寛一郎、森崎ウィン、本多力、星田英利、野波麻帆、尾上右近、橋本マナミ、板垣瑞生、廣瀬智紀、濱津隆之、加藤小夏、野村康太、入江甚儀
テーマ曲:東京スカパラダイスオーケストラ「The Last Ninja」
(cutting edge / JUSTA RECORD)
配給:東映
© 2024「身代わり忠臣蔵」製作委員会
公式サイト:https://migawari-movie.jp/

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