聞こえているのに聞き取れない「聞き取り困難症」。聞こえているけど難聴と診断される「機能性難聴」。幼児期に気をつけたいこと【専門医】

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近年、一般にも知られるようになってきたという「聞き取り困難症」は、聴覚検査では異常がないのに、聞き取れなかったり聞き間違えたりすることが多い病気です。
一方、「機能性難聴」は聞こえには問題がないのに、聴力検査では難聴と診断される病気。どちらも診断されるのは聴力検査がしっかりとできるようになる小学校入学以降ですが、聞こえ方の困難を早期発見するために、今から知っておきたい病気です。大阪公立大学医学部附属病院耳鼻いんこう科の阪本浩一先生に聞きました。

聞こえているのに聞き取れない「聞き取り困難症」。日本初の大規模調査を実施。子どもの学びにも影響するため、早期発見と対応が大切【耳鼻咽喉科医】

乳幼児の聴力を調べるのは難しい。そのため、さまざまな方法が取られている

――そもそも私たちは音をどのようにして認識しているのでしょうか。

阪本先生(以下敬称略) 耳に入った音は外耳道を通って中耳(鼓膜・耳小骨)に伝わります。その後、内耳(蝸牛)で電気信号に変換されて聴神経に伝わり、脳で音を感じる、というしくみになっています。この経路のどこかにトラブルが起きると、聞こえ方に支障が出ます。
どの程度聞こえているのか、どの音域の音が聞こえない(聞こえづらい)のかは、聴力検査で判断します。

――乳幼児の聴力を調べる方法を教えてください。

阪本 まず、生まれたばかりの赤ちゃんは全員「新生児聴力検査」を行います。これは、聴覚の障害を早い時期に発見するのが目的です。眠っている赤ちゃんに小さな音を聞かせて、その刺激への反応をコンピュータで解析・判定するのです。
実は難聴は珍しい病気ではなく、新生児聴力検査では、1000人に1人くらいは難聴の疑いがあると診断されます。

――難聴の疑いがあると診断されると、その後はどのような検査が行われるのでしょうか。

阪本 月齢などに合わせてさまざまな聴力検査を行います。その一つに、「BOA(聴性行動反応聴力検査)」があります。
鈴や太鼓などの音を聞かせ、ビクッとする、眼を閉じる、眼を開ける、音がする方向を見るなどの反応から、難聴の有無や聞こえ方の程度を調べます。

また、10カ月ごろから2歳ごろまでを主な対象とする検査に「COR(条件詮索反応聴力検査)」があります。
左右のスピーカーから子どもが十分に聞こえると思われる音を出すのと同時に、スピーカーと同じ側に動くおもちゃが入った窓を光らせます。この動作を数回繰り返すと、子どもは音が聞こえたら光を探すなどの反応を見せるようになります。この条件反応を利用して、音を小さくしたり大きくしたり、さらに周波数を変えたりして聴力を測定します。

さらに、脳波の動きで聞こえ方を調べる検査方法もあります。高音、中低音、低音の音を聞かせたときの脳の反応を調べ、音の聞こえ方を判断するのです。子どものしぐさや反応に頼らずに検査できるため、新生児期から行うことができます。

――大人が健康診断のときに受けるような、ヘッドフォンをつけて高音や低音の聞こえ方を調べる検査方法は、何歳ごろからできるようになるものですか。

阪本 「音が聞こえたらボタンを押す」ということを理解し、それを正しく実行できるようになるのは、5歳になったくらいでしょうか。少なくとも幼児の聴力検査に使うことはないと思います。

聞き取り困難症は補聴器具でサポート。機能性難聴の多くは自然に改善

――聞き取り困難症と機能性難聴はどのような病気ですか。

阪本 聞き取り困難症は聴力検査では異常がないのに、聞き間違えることが多かったり、何度も聞き返してしまったりするなど、言葉を正しく聞き取るのに苦労する先天性の病気です。詳しい検査を行えるのは小学校入学以降になります。

一方、機能性難聴は、音の聞き取りにかかわる耳から脳にかけてどこにも異常がないのに、聴力検査では聞こえない音がある病気です。本人も聞こえづらさを自覚することは少なく、日常会話にも支障がないのが特徴とされてきましたが、実は、聞き取り困難を持っていることが多いことがわかってきました。男の子より女の子に多く、8~10歳前後に多くみられます。

――聞き取り困難症と機能性難聴の治療 や対応方法について教えてください。

阪本 聞き取り困難症については、残念ながら今のところ有効な治療法はなく、座席の位置の配慮、教室の騒音の低減、教師による聞き取りの確認などの合理的配慮が最も重要です。本人の聞き取りの状態に応じた、聞き取りを助ける補聴援助システムの利用は増えていて、子どもの学習支援として、教育委員会などが器具を貸し出している自治体もあります。これは、担任の先生にマイク(送信機)をつけてもらい、子どもの耳に受信機をつけ、先生の言葉を聞き取りやすくする装置が利用されています。

機能性難聴については、さまざまな心理的ストレスが原因となっていると考えられ、原因を把握できない場合も3割くらいあります。聴力検査上の難聴の多くは自然に治っていくのですが、なかなかよくならない場合もあります。機能性難聴は、その背景に発達の凸凹を持っている例が大半を占め、子どもの生き方づらさのサインの一つとして、児童精神科や小児神経科での治療やカウンセリングも含めた対応も必要なことがあります。

――機能性難聴と聞き取り困難症を併せもつこともあるとか。

阪本 機能性難聴で聞き取り困難をもっている子どもはかなり多く、見かけの聴力検査に異常が見られなくなった子どもは、聞き取り困難症と同様の検査結果となります。今までは、その理解が少なく、聴力検査が正常になるとそれ以上の検査を行わないので、聞き取り困難症を見逃してしまうことがあるんです。
機能性難聴で見つかる子どもの聞き取り困難は、機能性難聴を持たない子どもより、重度のことも多いのです。

聞き取りの困難は言葉の発達や学習に大きな影響を与えるので、せっかく機能性難聴で耳鼻科にかかった子どもたちが、早期発見の機会を逃すのはとても残念です。

幼児期に多い滲出性中耳炎を治しても聞こえ方に不安があるときは、詳しい検査を

――聞き取りの困難さを早期発見するために、幼児期に気をつけたほうがいいことを教えてください。

阪本 子どもに話しかけたときの反応や、子どもが会話しているときの様子を見ていて「聞こえづらいのでは?」と感じた場合、幼児期はまず滲出性中耳炎を疑ってください。滲出性中耳炎は鼓膜の奥にある小さな空間(鼓室)に液体がたまる病気で、耳と鼻をつなぐ耳管が正常にはたらかなくなることで起こるもの。
幼児期には非常に多く見られます。多くは学童期までには改善しますが、必ず耳鼻咽喉科を受診してください。検査して滲出性中耳炎と診断されたら、まずこの病気をしっかり治療しましょう。

滲出性中耳炎が治ったあとも聞こえ方に不安を感じるときは、ほかに原因がある可能性があります。先に説明したような詳しい聴力検査を行って原因を調べ、必要な場合は適切なケアを行います。

――聞き取り困難症は発達障害とも関連があるとのことですが・・・。

阪本 発達障害と診断された子どもの中には、聞き取り困難症がメインの子どもが一定数いると考えられます。幼児期は言葉の理解が進んでいないため、聞き取り困難症の診断をつけるのは難しいのですが、発達障害と診断されている場合は、学童期になったら聞き取り困難症の検査を受けたほうがいいかもしれません。補聴援助機器を使うことで、周囲の人とコミュニケーションがうまく取れるようになり、対人関係の困りごとが減るかもしれません。

耳の聞こえ方は、子どもの現在と未来のあり方を左右してしまうとても重要なもの。治せる病気は治し、治療法がない病気は有効な機器を活用して聞こえ方をサポートする。これらを早期に行えるようにするために、子どもと会話するときは反応をよく見るようにしてほしいです。

お話・監修/阪本浩一先生 取材・文/東裕美、たまひよONLINE編集部

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多くのことを学び、覚えてく子どもにとって、聞こえること、正しく聞き取れることはとても重要になります。低年齢では診断がつかない病気もありますが、子どもの聞こえ方が気になるときは、早めに耳鼻咽喉科で相談しましょう。

●記事の内容は2024年1月の情報であり、現在と異なる場合があります。

阪本浩一先生(さかもとひろかず)

PROFILE
耳鼻咽喉科医。大阪公立大学大学院耳鼻咽喉病態学准教授。1989年愛知医科大学医学部卒業。大阪市立大学耳鼻咽喉科、神戸大学医学部耳鼻咽喉科を経て2002年より兵庫県立加古川病院耳鼻咽喉科医長、兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科医長(兼務)、2009年兵庫県立加古川医療センター耳鼻咽喉科部長/兵庫県立こども病院耳鼻咽喉科部長(兼務)。2016年より現職。

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