『スナックJUJU 〜夜のRequest〜』に見るJUJUらしい上品なアレンジと日本音楽史

『スナックJUJU 〜夜のRequest〜』('16)/JUJU

『ソニー銀行 presents ジュジュ苑スーパーライヴ スナックJUJU 東京ドーム店 ~ママがJUJU20周年を盛大にお祝い!! 一夜限りの大人の歌謡祭~』いよいよ2月17日に開催される。“スナックJUJU”と名付けられたコンサートは過去に全国アリーナツアーでも行なわれているが、ついにドーム公演が実現。カウンター中心の小さなお店というイメージのあるスナックを冠したライヴが、日本国内最大キャパの屋内施設で行なわれるというのは何とも面白いところだし、彼女の20周年のアニバーサリーとしてこの上ない祝祭となることだろう。今週の当コラムでは、その“スナックJUJU”を冠したアルバムを取り上げてみる。

彼女が影響を受けた昭和の名曲たち

音楽におけるカバーとは何かとか、日本におけるカバーの歴史とか、その中でJUJUとはどういう存在なのかといったことは、前回『Request』を紹介した時に書かせてもらったので、そちらを参照していただくとして、今回の『スナックJUJU 〜夜のRequest〜』の紹介では、まず楽曲解説から始めようと思う。

1.「六本木心中」
【原曲】アン・ルイスの24thシングル(1984年)
当時の録音技術もあってか案外音の奥行きがなかったオリジナルに比べ、ハードロック的な楽器を減らしながらも、ダイナミックな楽曲に仕上げているJUJU版。ある意味、下世話さが薄くなっているのは議論が分かれるところかもしれないが、アンほどにはパンチ力のないヴォーカルが歌詞の世界観をよりリアルにしている気もする。

2.「ロンリーチャップリン with 鈴木雅之」
【原曲】鈴木聖美 with Rats⋆の2ndシングル(1987年)
オリジナルのシンガーが参加している点では珍しいカバーと言えるだろう。それゆえに歌に大きく変わった印象はないと思いきや、プレーンなJUJUの歌声が名曲に新たなニュアンスを加えている。ベースラインは原曲のままでありながら、跳ねたギター、エレピが実にいい感じ。豪華なブラス、ストリングスはマーチンへのおもてなしだろうか。

3.「夏をあきらめて」
【原曲】サザンオールスターズの5thアルバム『NUDE MAN』収録(1982年)、研ナオコの29thシングル(1982年)
サザン版とも研ナオコ版とも異なるボサノヴァタッチに仕上げている。サビではドラムを抑えたり、バイオリンのピチカートっぽい奏法など、大幅にリアレンジしている箇所もあるにはあるが、歌はもちろんのことテンポも変えていないからか、劇的な変化に思えない。これは原曲へのリスペクトの表れと受け取るべきだろう。

4.「まちぶせ」
【原曲】三木聖子の1stシングル(1976年)、石川ひとみの11thシングル(1981年)、荒井由実の28thシングル(1996年)
荒井由実から三木聖子へ提供された楽曲を、のちに石川ひとみがカバーし、その後、ユーミンがセルフカバーした昭和の名曲。そう思うと、歌唱はどことなくユーミンっぽ気がしないでもない。ユーミン版のスカほどには大胆にリアレンジしていないが、三木版、石川版で目立ったチェンバロを抑えめにして、ラテンっぽさを濃くしている。

5.「桃色吐息」
【原曲】髙橋真梨子の10thシングル(1984年)
オリジナルは1980年代らしく、エレキギターを始めバンドサウンドが案外鋭角的だが、こちらはリズムの圧を抑えて、なおかつ、ピアノやフルートが全体をマイルドにしている印象。流れるようなストリングスも上品だ。間奏で聴こえて来るスパニッシュなギターがJUJU版の新要素だが、それにしても自己主張し過ぎていないのが面白い。

6.「駅」
【原曲】中森明菜の10thアルバム『CRIMSON』収録(1986年)、竹内まりやの16thシングル(1987年)
一般的には竹内まりや版が有名だろうが、元は竹内から明菜への提供曲。このJUJU版はピアノで始まるジャジーな雰囲気で、サウンドの空気感は明らかに明菜版に近い。しかしながら、間奏でのドラマチックなストリングスや、2番からリズムがやや喰い気味になるところなど、JUJU版ならでの聴きどころも多い。

編曲陣の手腕も光る上品なアレンジ

7.「二人でお酒を」
【原曲】梓みちよの34thシングル(1974年)
オリジナルは多彩なメロディーをシンプルなバンド演奏とストリングスによって支えている一方、そこにホーンセクションを加えているのが、他者のカバーにはないJUJU版の試み。昭和味がありながらも下世話に聴こえないのは、瀟洒なピアノやベースの音色によるところだろう。糖分過多だがカロリーは控えめ…みたいな、お見事なカバー。

8.「DESIRE -情熱-」
【原曲】中森明菜の14thシングル(1986年)
JUJUと明菜では歌い手としてのタイプが異なるので、実際に聴くまでは大胆な改編があるかと想像していたら、真っ向勝負と言っていいくらいに原曲からアレンジを変えていない。その意味で、本作の中でも最もJUJUの心意気が感じられる一曲ではなかろうか。歌唱も尻上がりに迫力を増していく。Bメロの、はすっぱな感じもいい。

9.「恋におちて -Fall in love-」
【原曲】小林明子の1stシングル(1985年)
イントロのピアノからしてオリジナルの忠実なカバーと思きや、間奏がドラマチックに展開したり、じっくり聴くと、ギターやベースといった個々の音が粒立っていることが分かったりと、ちゃんと個性的なアレンジが施されている。亀田誠治氏のアレンジ力が光る(ベースもおそらく氏のプレイだろう)。JUJUの甘い歌声も歌詞に合っている。

10.「夢の途中」
【原曲】来生たかおの11th「夢の途中-セーラー服と機関銃」(1981年)、薬師丸ひろ子の1stシングル「セーラー服と機関銃」(1981年)
テンポから見たら来生たかお版のカバーと言えるだろうか。だが、サウンドメイキングは来生版とも薬師丸ひろ子版とも異なる。JUJU版ではエレキギターで鳴らされていたイントロをピアノとブラスに改編し、よりしっとりとしたナンバーに仕上げている。Bからサビでのストリングスの使い方が案外派手でなかなか興味深い。

11.「シルエット・ロマンス」
【原曲】大橋純子の18thシングル(1981年)、来生たかおの11thシングル(1982年)
イントロのピアノが大橋純子版のセルフカバーである来生版に近いかもしれない…と思いながら聴いていくと、中盤から入って来るストリングスからはしっかり大橋版へのオマージュも感じさせる。ベースラインがやや強めに全体を引っ張っている気はするものの、全体的にバランスの取れたアレンジで、島健氏の確かな手腕を感じざるを得ない。

12.「つぐない」
【原曲】テレサ・テンの14thシングル(1984年)
オリジナルでも若干ラテンっぽいリズムを感じなくはなかったけれど、JUJU版はそこを強調するかのようにボサノヴァタッチに仕立てている。JUJUの歌唱は原曲以上に歌詞に宿る不憫なイメージを強くしている印象で、それを助長しているストリングスにも注目。イントロも絶妙だが、2番からのバイオリンは身震いするほどに素晴らしい。

13.「ラヴ・イズ・オーヴァー」
【原曲】欧陽菲菲の17thシングル(1979年)
欧陽菲菲の同曲は川上了編曲と若草恵編曲の2バージョンがあり、このJUJU版はイントロの派手さは前者、サビでの比較的落ち着いたアレンジは後者を参考にしているようだ。いくらでもドラマチックに仕上げることができる楽曲だろうが、だからこそ、あえてそこに向かわず、すっきりと上品なカバーに仕上げた感はある。

その選曲が感じさせるアーティスト性

14.「恋人よ」
【原曲】五輪真弓の18thシングル(1980年)。
オリジナルのピアノ伴奏のイメージが強く、誰がやっても過度なアレンジは難しいと思われる同曲。JUJU版も冒頭を聴く限り“やはり無難にまとめたか!?”と思ったものだが、そう思ったことをすぐに反省。ブリッジ、2番のサビ前、ラストサビのサウンドにしっかりと各パートの自己主張が発揮されている。編曲は亀田誠治氏。さすがのひと言。

15.「GOODBYE DAY」
【原曲】来生たかおの10thシングル(1981年)
イントロ、中盤、アウトロに航空機の飛行音とモノローグがSE的に入っているものの、サウンドはバンドの音のみでまとめられている。オリジナルにもあったストリングスもない。シンプルと言えばシンプル。でも、だからなのか、歌唱にはより一層、熱が入っているように感じられる。アウトロでのギターも熱い感じがする。

『Request』が文字通りリスナーからのリクエストを募った中から選んだ楽曲で構成されていたのに対して、本作は[自身のルーツでもある歌謡曲を大人の上品をテーマに沿った楽曲]が収められている([]はWikipediaからの引用)。原曲の初出も、1974年発表の梓みちよ「二人でお酒を」から1987年発表の鈴木聖美 with Rats⋆「ロンリーチャップリン」と、案外幅広い年代からピックアップされており、おそらく彼女が物心付く前…というか、彼女が生まれる前の楽曲も見受けられることから、JUJUの音楽的な素養はかなり早い段階から育まれていたことも分かる。既発曲のカバーではあるということは、すなわち、歌詞やメロディーに(少なくとも我々にそれが具体的に分かる形での)彼女の心情やメッセージが込められることはないけれども、選曲次第でアーティスト性が表れるものだと、改めて感心させられた。

また、本作収録曲は全てヒット曲ではあるので、メロディーの耳馴染みにおいて今更ながら言うことはないし、彼女もおそらくその観点からチョイスしたのだろうが、興味深いのは歌詞だ。ハッピーな内容がほぼない。《また一日 おだやかならば それでいい》と歌っているM15「GOODBYE DAY」は唯一アンハッピーではないと思しきものだが、あとはほとんどが悲恋。主人公の想いが成就していない(M5「桃色吐息」とM11「シルエット・ロマンス」の内容は成就か非成就か微妙だが、ストレートにハッピーな感じがないのは確かではなかろうか)。昭和のヒット曲ということだけで言えば、Rats⋆なら「め組のひと」という景気のいいヒット曲があって、それが彼らにとってのナンバー1ヒットだし、梓みちよには「こんにちは赤ちゃん」がある。石川ひとみなら「プリンプリン物語」だ。まぁ、それは冗談にしても(後半は特に)、『スナックJUJU 〜夜のRequest〜』は、昭和にはそれだけ別れ歌や悲恋のヒット曲が多かったことの証拠ではあるし、数字以上にのちにインパクトを残したことも分かる。コンプライアンスやフェミニズムの観点からすると、本作には令和の現在には厳しいと思われる表現もある。今なら、そもそも発表されないようなフレーズがあるかもしれない。しかし、30年以上経ってもオリジナルとは別のシンガーが“自分も歌ってみたい!”と思うほどに多大な影響を与えたのだ。そこに惹き付ける何かがあることは間違いない。そう考えると本作は、昭和から脈々と流れる日本のポピュラー音楽の特徴を捉えることができるアルバムであるとも言える。

TEXT:帆苅智之

アルバム『スナックJUJU 〜夜のRequest〜』

2016年発表作品

<収録曲>
1.六本木心中
2.ロンリーチャップリン with 鈴木雅之
3.夏をあきらめて
4.まちぶせ
5.桃色吐息
6.駅
7.二人でお酒を
8.DESIRE -情熱-
9.恋におちて -Fall in love-
10.夢の途中
11.シルエット・ロマンス
12.つぐない
13.ラヴ・イズ・オーヴァー
14.恋人よ
15.GOODBYE DAY

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