『喰いタン』脚本家が語る『セクシー田中さん』問題「局と出版社が話すべきだった」「オリジナル企画が通りにくい現実」

原作と脚本の問題について積極的に発信する伴一彦氏

ドラマ化された『セクシー田中さん』で起きた製作上のトラブルは、原作者で漫画家の芦原妃名子さん(50)の突然の死を契機に、一挙に社会問題化している。1月26日、芦原さん自身が事態の経緯を自身のSNSなどで表明して以降、ベテラン脚本家の伴一彦氏は一連の成り行きを見守りつつ、自身の経験に基づき、Xでポストを重ねていた。

そして、芦原さんの訃報の直後、伴氏は日本シナリオ作家協会のYouTubeチャンネルの番組に出演。1986年に東野圭吾氏のデビュー作『放課後』を脚本化した伴氏による、東野氏をめぐる発言を聞き違えた投稿が拡散し、思わぬとばっちりも受けた。

「東野さんにはお会いしたことがないし、“あんなやつ”呼ばわりする理由もありません。脚本家だけを悪者にしたい意図を感じる悪質な投稿です」

伴氏は『パパはニュースキャスター』(1987年、TBS系)や『逢いたい時にあなたはいない…』(1991年、フジテレビ系)など、オリジナル作品でメガヒットを飛ばす一方、2000年代に入ると、『サイコドクター』(2002年、日本テレビ系)や『七瀬ふたたび』(2008年、NHK)といった、原作を漫画や小説に仰ぐ作品も多く手がけてきた。原作つきドラマの脚本化の心得を、伴氏はこのように語る。

「日本テレビ系の『喰いタン』(2006年)や『デカワンコ』(2011年)はかなり踏み込んだ改変をしましたが、原作者の寺沢大介さんや森本梢子さんから、一切クレームはありませんでした。そもそも映像化するとき、完全に原作どおりにすることは無理なんです。二次元を三次元に置き換えるわけですから。

1話完結の漫画だと、16ページほどでしょうか。1回正味45分の連続ドラマにするには、相当膨らませなければなりません。そのためには、登場人物のキャラクターを変えたり増やすこともあるし、ほかにも設定を変更せざるをえなかったりします。ただ、そうした工夫もあくまで、原作をドラマとしておもしろく見てもらうためです」

原作物を手がける脚本家は時に、予定調和を壊す賭けに出なければならない。しかし、それもプロデューサーが陣頭指揮を執ってのことだ。伴氏の場合、企画とシナリオはプロデューサーとしっかり意思疎通をして練り上げる。

「原作者との交渉もプロデューサーの役割で、撮影前に脚本家と原作者が会って話し合うのは稀です。ドラマの責任者であるプロデューサーが、双方の調整役を務めます。改変に不服な原作者はまず製作者にその旨を伝え、その後、プロデューサーから脚本家に伝えられます」

いわば伝書鳩のように、原作者・脚本家の間を行き来もするが、あくまで観客や視聴者の目線に立ち、すべてを決定する権限を持つのがプロデューサー。だから、伴氏は「脚本家の一存で作品の方向性を決められるわけがなく、今回の例に限らずつねに、一義的にプロデューサーに責任がある」と明言する。

「『セクシー田中さん』の脚本を担当した、相沢友子さんがインスタで愚痴ったのは早計だったけど、プロデューサーに不信感があったんでしょう。また、芦原さんが自身のXやブログで公表した経緯も、出版社の名で出せばよかったんです。いや、その前に2人を守るため、出版社と局の間で話し合いが持たれるべきでした」

また、今回のドラマ化の問題点は原作が未完であり、まだ結末も定められていなかったことにある。芦原さんの先月26日の告白でも、だからこそ自身で介入せざるをえなかった、「制作スタッフの皆様に対して大変失礼」だったと詫びている。

事が大きくなる前に、原作者と脚本家が会い、互いの作品に対する思いをぶつけ合う必要があったとも、伴氏は考えている。

「原作者がそこまで悩むほど、作品の解釈に食い違いがあれば、僕は『作者に会わせてくれ』とプロデューサーに頼みます。意向を直接確認して執筆に入りたい。半年近くかけて取り組む連続ドラマを、終盤で降りる事態に陥りたくないですから」

伴氏は『セクシー田中さん』の原作は未読のため、「脚色の方向が正しかったのかどうかはわからない」というが、ドラマの第1話と第2話を観た限りでは、面白いと感じたそうだ。

「しかし、私なら別のアプローチをしたかもしれません。もちろん、芦原さんが許容される範囲でですが。昨今はIP(Intellectual Property=知的財産権)が重視され、大胆な脚色は減っていると思います。IPを持っている原作者や出版社が優位なんです。テレビ局や映画会社は、それを二次使用する立場に過ぎません」

原作物のほうが作品のファンが視聴者・観客として見込めるから、制作側も映像化したがる。局や映画会社も、独自のIP開発の必要性は感じているはずだが、脚本家のオリジナル企画が通りにくいのが現実だ。

「原作があればドラマの出来が見通せ、役者を口説きやすいという理由もあります。結末がはっきりしない連続ドラマに出演するのは、役者にとってはリスクが大きい。脚本家とよほどの信頼関係にない限り、所属事務所も原作物を選ばせがちなんです」

ドラマ版『セクシー田中さん』のエンドロールには、第1話から第8話までと、第9話と最終話で脚本クレジットが分けて書かれていた。だからこそ、伴氏は双方に同情を寄せる。

「相沢さんのSNSでの弁明に端を発した、故のない原作者叩きがまずあり、自身で声明を出すと、今度はそのために相沢さんへの攻撃が激化してしまった。そこで心を痛められた結果、悲しい結末を選んでしまわれたのではないでしょうか」

今後は同様のすれ違いが起きないよう、契約時点から対処案を盛り込む等、テレビ局も出版社も直ちに善後策を練るべきだろう。

(文・鈴木隆祐)

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