『呪術廻戦』少年漫画としてなぜ異質? “主人公らしくない主人公”虎杖と宿儺との「すれ違い」から考察

※本稿は『呪術廻戦』原作最新話までの内容を含みます。ネタバレにご注意ください。

■虎杖悠仁と宿敵・両面宿儺のすれ違いの理由

『呪術廻戦』といえば、意外性のある展開が大きな見どころとなっており、作中では王道をあえて踏み外すような展開が多く描かれてきた。とくにほかの少年マンガと一線を画す異質さを感じさせるのが、主人公・虎杖悠仁と宿敵・両面宿儺がすれ違い続けるストーリーの構造だ。

バトルを中心とした少年マンガでは、「主人公はなぜ戦うのか」という動機の部分が物語の大きなテーマになることが多い。それを阻む存在として次々と敵キャラクターが登場し、最大の障害となる宿敵との戦いによって、物語は総決算を迎える……という具合だ。

たとえば『鬼滅の刃』では、正義のために命を落としていった者たちの意志を受け継ぐ主人公・炭治郎と、人の意志に価値を認めず1人で永遠の時間を生きる鬼舞辻無惨の対立が鮮やかに描かれていた。

それに対して『呪術廻戦』はどうだろうか。王道の少年マンガであれば、主人公・虎杖の信念や生き方に対して、宿儺という最大の宿敵が対立することになるはずだが、実際には大きなすれ違いが起きている。

物語が始まった当初、虎杖は祖父から授けられた「オマエは強いから人を助けろ」という遺言に影響を受け、手の届く範囲で人を救うことを目的としていた。また、人を「正しい死」に導くことも自らの使命としていたが、主に真人との関わりを通してそうした信念は大きく揺らいでいく。さらに「渋谷事変」では戦いに意味を見出すことをやめ、呪いをひたすらに祓う呪術師という「歯車」の1つとして自分を位置付けるのだった。

その後、秤金次と出会った際にも、虎杖は自分のことを呪術師が呪いを払い続けるための「部品」と称しており、善悪について悩むことは一切なくなっている。おそらくは自分の存在が渋谷で大きな悲劇をもたらしたことを深く後悔した結果、“思想抜きで戦う”という境地に至ったのだろう。

こうしたスタンスをとる虎杖にとって、もはや過去の因縁は重要ではなく、宿儺はたんに打倒すべき敵の1人でしかないはずだ。宿儺にトドメを刺すのも、自分でなくても構わないと考えているのではないだろうか。

逆に宿儺からの視点でも、今までの虎杖は取るに足らない存在でしかなく、ことあるごとに「つまらない」と侮蔑の言葉を浴びせていた。何のドラマもなく抹殺しようとする場面すらあったほどだ。

初めて宿儺が虎杖のことを特別視するような態度を見せたのは第248話のことだが、ここにも大きなねじれを見出すことができる。

宿儺をめぐって「愛」のテーマが浮上するも……

「死滅回游」の終盤以降、宿儺に関する掘り下げが徐々に進んでおり、そこで“絶対的な強者ゆえの孤独”というテーマが前景化していった。強すぎるために理解者を得られず、愛を知らないまま孤独に生きる……。いかにも少年マンガらしい王道の主題で、この構図のなかで宿儺に戦いを挑んでいった万や鹿紫雲一、五条悟は、さながら物語の主人公のようだった。

しかしここからのひねり方こそが作者・芥見下々の真骨頂。宿儺は孤独や愛への渇望をあっさりと否定し、“強者ゆえに他者を必要とせず、満たされている”というステージにいることを見せ付ける。宿儺は欲望のままに他者を弄ぶ生き方に、何の疑問も抱いていないのだ。思想をもたずに戦うという点では、虎杖と一致しているとも言えるだろう。

そんな宿儺だったが、ここ最近の展開では胸のうちに不可解な苛立ちが生じ、原因を虎杖の存在に求めていた。すなわち作中で初めて虎杖を特別視するに至ったわけだが、その理由は“決して折れない意志で理想を貫く”姿にあるとされている。だが、虎杖はむしろ「正しい死」という理想を放棄し、自分の意志を捨てて歯車に徹することを選んだキャラクターだ。歯車に徹するという意志の強さはあるものの、その奥に崇高な理想があるわけではない。今のところこの2人の対立構図には、どこかしっくりこない部分がある。

とはいえ、宿儺は身の丈に合わない願いのことを「理想」と呼んでおり、自分を倒そうとする呪術師たちに理想を追い求める者の姿を見出していた。その意味では虎杖も、理想を追い求める者の1人と言えるだろう。しかしあくまでこれは宿儺の視点であり、虎杖自身の世界観とは大きく食い違っているように見える。

やはり主人公と宿敵が思想・信条的に対立せず、ただお互いを呪い合うというあり方が、『呪術廻戦』の独特な世界観を形作っているのではないだろうか。

もちろんこの先の展開で、虎杖の生き方と宿儺の生き方が宿命的に交わる瞬間がやってくる可能性は否定できない。その場合、戦いを通していかなるテーマが描かれることになるのか……。“王道を超えた先”に待ち受けている光景は、誰も見たことがないものになりそうだ。

(文=キットゥン希美)

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