日本航空機「奇跡の全員脱出」客室乗務員の“勇気ある決断”を生んだ、「リスク対策」への徹底した意識とは

安全を最優先にしながら、臨機応変な判断をしたことがミラクルを生んだ(kash* / PIXTA)

いかなる企業も、いまやコンプライアンスを遵守することは“世界標準”。そう認識していながら、日本ではいまだ古い価値観を振りかざし、組織や会社を貶める愚行を働く企業人が絶滅することはない。

本連載では、現場でそうした数々の愚行を目にしてきた危機管理・人材育成の4人のプロフェッショナルが、事例を交えながら問題行動を指摘し、警告する。

第9回は、経営コンサルタントで業務プロセス構築や人事制度構築等のコンサルティングに従事する組織運営のプロ・一松亮太氏が、あの”日航機奇跡の脱出”をリスク管理の観点から評価する。(【第8回】

新年がスタートしたばかりの2024年1月2日午後5時47分。羽田空港で海上保安庁の航空機と日本航空機が衝突する事故が起こった。既に海上保安庁の機体が侵入・停止していた滑走路に対し日本航空機が着陸し、2機が交錯する事故になった。

一部海保機側の指示の取違いがあったことや管制側(空港内における離着陸を管理)に誤侵入を検知できなかったこと等、複数の事故に至った要因が判明しはじめている。当時の状況が分かるボイスレコーダー等も回収され、より詳細な原因究明が進行している状況だ。

海外でも「奇跡」と称賛される日本航空機からの全員脱出

残念ながら、海保側では5名の死者が出てしまったが、日本航空機は乗客乗員379名、全員が脱出し、世界中から「奇跡」であると賞賛されている。その際、現場で大きな働きおよび判断をしたのが、客室乗務員たちだ。本稿では、なぜそのような奇跡に至ったのか、リスク管理の考え方と照らしつつ確認していく。

まずは、事故当時の機内の状況について報道等を参考にみてみる。着陸の寸前に大きな衝撃とともに、機体の左側から炎があがり、すぐに機内にも煙が立ち込め始めた。

「鼻と口を覆って姿勢を低くしてください」という安全確保を最優先にした客室乗務員のアナウンスが機内に響く。衝突の影響か、機内のアナウンスシステムが動作せず、客室乗務員によるメガホンと肉声での案内であった。

パニックを最小限に抑えた客室乗務員の終始冷静な対応

その後、乗客がパニックにならないように落ち着かせる声かけが続き、「荷物は取り出さないでください」という脱出の妨げとなる荷物取り出しを抑止する脱出を意識したアナウンスに移行し、乗客も従った。

これらの客室乗務員の冷静な対応があってか、機内では大きなパニックは起こっていなかったという。その間、客室乗務員が脱出可能なドアを確認して、直接機長に報告、脱出の指示を仰いだ。

まずは前方2つのドアからスライドを下ろし、脱出を開始。一方で、後方1つの脱出ドアの利用には難しい判断があったとのことだ。

それは衝突により前輪が壊れて機体がやや前傾となり、後方の非常口と地面との距離が広がっていた、脱出用スライドを下ろしたとしても長さが足りず、場合によっては大けがに繋がる可能性があった、またインターホンの故障で機長と連絡が取れなかったことなどの理由だ。

そのような状況下でも後方のドアを担当する客室乗務員は当該ドアの利用を判断。衝突から9分後、後方の脱出口から乗客が避難を開始。衝突から18分後の機長を最後に、全員の脱出が完了した。

リスク管理の考え方を踏まえて

次に、一般的なリスク管理の考え方について簡単に見ていく。リスク管理の手順は、おおまかに

①リスクの洗い出し(把握)
②リスクの評価
③リスクへの対応
④モニタリング

であると言われている。

これらの手順を少し今回の件と結び付けてみてみよう。①リスクの洗い出しにおいて重要になるのが、目的とその目的の達成のために必要なものを考えていくことになる。

例えば、飛行機の運行に従事する者にとって、その目的は「乗客を安心・安全に目的地まで送り届ける」とした場合、目的達成に必要なものは、「運航する機体の理解」や「起こりうる事故やトラブル事象の把握」「運航に関わる者が自ら考え、動ける状態であること」と捉えることもできるだろう。

その目的達成に必要なものの周りにリスクが集まってくるのだ。また②のリスクの評価の観点からは、洗い出しをもとにリスク評価の鉄則である「影響度」と「発生可能性」から対応における優先順位付けを行うことになる。

恐らく今回のような衝突事故は発生可能性という観点では低く見積もられていると思料するが、影響度という観点では最上位に位置づけられ、リスク評価は極めて優先度が高いものとなっていると推測される。

客室乗務員に浸透する高い安全への意識

余談ではあるが、客室乗務員は卓越したサービス・ホスピタリティを備えており、その経験やスキルを活かし、次のキャリアとして研修講師を選ぶ方も多い。

実際に以前、私がご一緒した元客室乗務員の研修講師の方は、やはり乗客の安全は最も優先すべき事項であり、そこを起点としたリスク対策と訓練(非常時のドア開閉や誘導)を徹底していると仰っていた。

これこそが③リスク対応、そのものであると感じられる。また、日々の共有や教育・訓練を通して、互いにリスクへの意識や取組の数々(実際に異常事態が発生した際に自分自身の判断を伴いながら動けるか)が形骸化しないようにチェックしていると言っていた。

もちろん、今回の衝突事故の対応にあたった客室乗務員方もこれら一連のリスク管理への手順と連動した教育や訓練が徹底して行われており、日々の努力とともに“「乗客を安心・安全に目的地まで送り届ける」という目指す姿が共有されていたということであろう。同機における客室乗務員の半分が新人だったともいわれており、いかに訓練が徹底されているかがうかがい知れる。

“奇跡”を呼び込んだ臨機応変な判断力

また、後方のドアからの脱出を決めた客室乗務員について、本当に勇気のある決断であり、目的を最上位に据えたうえで、異常事態においても各持ち場で判断し動ける状態となっていたことは特筆すべき点であると言える。

今回の衝突事故においては、現場の咄嗟の判断や対応を含め、これまで航空機運航に携わる乗務員たちが徹底して行ってきた血の滲むようなリスク管理が結実したものに他ならないと考える。

リスク対策に“完璧”はない

一方で、組織としては、ヒューマンエラーはどうしても起きてしまうものと理解をしておくことも重要である。この度の航空機事故でも、冒頭で触れた通り、管制室での見落としがあったのではないかと議論になっている。

では、どうしたらよいのだろうか。その一つは、AIやシステムの力を借りて、異常を自動検出し、強烈にアラートを出す仕組みを導入する等がよいかもしれない。

1月6日から国交省は、暫定措置として、羽田空港内における滑走路へ誤進入を管制官に伝えるモニターを常時監視する担当を1名配置し運用を開始している。

事故後の迅速な対応としては素晴らしいと感じるが、万が一、監視担当が手配できなかったら、体調が悪かったら・・・など考えてしまうところはある。組織におけるリスク管理では、仕組み化も含め、二重三重の策を講じつつ、関与者が“リスクへの感度が高い状態をいかに当たり前の状態”として維持していくかが大きなポイントとなっている。

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