異色の経歴から影響を受けた映画監督まで 『Firebird』ペーテル・レバネ監督インタビュー

ロシアの俳優セルゲイ・フェティソフが書き遺した回想録『ロマンについての物語』を映画化したラブストーリー『Firebird ファイアバード』が、2月9日より新宿ピカデリーほかにて公開される。1970年代後期、ソ連占領下のエストニアを舞台に、モスクワで役者になることを夢見る若き二等兵セルゲイと、パイロット将校ロマンの愛を描いた本作。エストニア出身で、本作が初の劇映画となったペーテル・レバネ監督にオンラインインタビューを行い、制作背景や作品について話を聞いた。

ーー監督はエストニア出身で、これまでにMobyやPERT SHOP BOYSのMVを手がけたり、イベントプロデューサーとしても活躍されていたそうですね。まずは映画監督になるまでのプロセスを教えていただけますか?

ペーテル・レバネ(以下、レバネ):僕は15歳の頃に11カ月かけて世界を周遊した経験があります。その経験を経て、高校の最後の1年間はアメリカで勉強することにして、そのままアメリカの大学に進学しました。そして大学の最後の1年間はイギリスの大学で過ごしました。当時、エストニアはソビエトから独立したばかりだったので、“お金のない共産圏からやってきた外国人”という感覚でした。なので、どうやって経済的に自立していくかということが常に自分の頭の中にありました。そのために何をやるべきかを考えながら勉学に励んでいたんです。そんな中で、兄弟と一緒にビジネスをやることになりました。

ーーそれはどういうビジネスだったんですか?

レバネ:ナイトクラブの経営です。そのナイトクラブの経営が転じて、コンサートプロモーションに進出していったんです。そこでエルトン・ジョンやマドンナのコンサートプロモーターをやらせてもらったんですが、しばらくして辞めることにして、その事業をLive Nationに売却しました。そのタイミングで、自分は一体何がしたかったんだろうと自分の人生を振り返ることになったんです。というのも、コンサートプロモーターの仕事をしているときは、法務的な業務やマーケティングなどでひたすら忙しく、自分のことを考える暇がなかったから。そこで本来の自分に立ち返ったときにやりたいと思ったのが、“ストーリーテリング”でした。高校時代から自分で映像を撮ったりしていて、南カリフォルニア大学の映画芸術学部で演出を学んでいたんです。そこで、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥにも指導を行ったジュディス・ウェストンに師事しました。彼女のもとで監督業について学び、これまで短編やMV、ドキュメンタリーを手がけてきました。ちょうどロビー・ウィリアムズのドキュメンタリー『Robbie Williams: Fans Journey to Tallinn』を作っているときに、同時進行でこの『Firebird ファイアバード』の脚本を書いていたんです。

ーーそこでこの作品に繋がるわけですね。監督自身はどういった映画監督から影響を受けてきたんですか?

レバネ:挙げたらきりがないんですが、何人かに絞るのであれば、まずはスタンリー・キューブリックです。彼は、ひとつひとつの作品のスタイルが全然違っていて、ビジュアルや音楽、演出を通して、その物語を語るのにベストな手法を毎回選択していました。あえて名前は挙げませんが、同じ手法で同じような作品を作っていく映画監督が多い中で、映画にかける情熱に溢れていたキューブリックは特別な存在だったと思います。そしてもう1人挙げるとするならば、ウォン・カーウァイは外せません。セリフではなく、映像の美しさや役者の目線、照明や編集で魅せていく。個人的にセリフが多い作品はあまり好みではないので、そういう意味でもウォン・カーウァイは特別ですね。まだまだ影響を受けた映画監督はいますが、全て話すにはあと2時間くらい必要になってしまいます(笑)。

ーーありがとうございます(笑)。この映画は、原作者である俳優セルゲイ・フェティソフとあなたとの出会いから生まれた作品になるわけですが、あなたにとっては初の劇映画でもあります。彼が綴った回想録に惹かれたことが劇映画を監督するきっかけになったということですよね。

レバネ:当時、プロデューサーとしての目標を満たしていたので、自分の人生において、次にやりたいことを探し求めているような時期でした。意味のあるストーリーを語りたいという欲望が芽生えてきた中で、セルゲイのストーリーに巡り会えたのが大きかったです。もちろん学生の頃から劇映画への意欲はありましたが、当時は自分自身が納得のいくような作品はなかなか作れませんでした。その後の人生経験があったからこそ、できたことでもあると思います。

ーーセルゲイのストーリーのどういう部分に惹かれたのでしょうか?

レバネ:ものすごくシンプルな人間同士のラブストーリーで、その美しさに惹かれました。そして、冷戦下である1970年代のソ連の空軍基地で、2人の男性が恋に落ちたというところに衝撃を受けたんです。ただ、その後いろいろリサーチをしていくと、当時も実際にいろんな愛のかたちがあったという事実を知りました。時代や社会的な背景がどうであっても、人を愛することの尊さを伝えたいと思いました。

ーー脚本はセルゲイ役のトム・プライヤーと共同で書かれています。セルゲイの原作から大きく変わったところはあるのでしょうか?

レバネ:基本的には原作に沿った上で、どこを描いてどこを描かないかという取捨選択になっていますが、大胆に変えているところがひとつあります。それは、セルゲイ(トム・プライヤー)とロマン(オレグ・ザゴロドニー)の同僚である女性将校ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)の描写です。セルゲイ自身、やはりルイーザに対しては苦い思いがあるので、原作では彼女に対するネガティブな描写があったのですが、我々としては、彼女もまた彼らと同じくらいの犠牲を払った被害者だと思ったので、映画では原作と比べて、より好意的に描いています。

ーー終盤にかけて、ルイーザの存在感が増しているように感じましたが、そういう背景があったんですね。

レバネ:そこに関しては、脚本を共同執筆してくれたトムがすごく助けになりました。僕はどちらかと言うとストーリー全体の構造を考えがちで、そちらばかりに意識が行ってしまうのですが、トムは役者でもあるので、キャラクターの心情に寄り添ったセリフを生み出してくれるんです。そういった“生きたセリフ”は、間違いなくトムありきのものですね。

ーー原作者のセルゲイは完成した映画を観ることが叶わず、2017年に亡くなられています。もし彼がこの作品を観ることができたなら、どのような感想を抱いたと思いますか?

レバネ:彼はきっと気に入ってくれたと思います。才能あるスタッフやキャストに恵まれましたし、我々も精一杯真心を込めて、最善を尽くして映画にしたので、喜んでくれたのではないでしょうか。残念ながら実現はしませんでしたが、セルゲイも生前、ロンドンのプレミアに参加したいと話してくれていたので。

ーーちなみに、監督としては今後控えている作品や準備している作品はあるんですか?

レバネ:実は、この作品を完成させてから、オフの期間を設けてずっと休んでいたんです。その間に監督としてのオファーも来てはいたのですが、自分自身やってみたいという作品に巡り合いませんでした。ただ、3週間くらい前からまた脚本を書き始めているんです。

ーーそうなんですね。再び脚本を書き始めたのにはどういうきっかけがあったんですか?

レバネ:「次に語りたいのはこのストーリーだ」というように、突然フッと湧いてきたんです。僕自身、やはり雇われ監督のような働き方はしたくないので、自分が語りたいと思える作品を作りたいと思っています。映画を1本作るのに、自分の人生のうちの2~3年を捧げることになるので、自分が本当にやりたいかどうかが鍵ですね。

ーーちなみにいま書いている脚本がどういうストーリーか、差し支えなければ教えていただきたいです。

レバネ:簡単に言うと、人生において、自分が歩むべき道を見出すことについての物語です。『Firebird ファイアバード』とはだいぶ毛色の異なる作品で、そこまで悲劇的ではない、観客をインスパイアするようなヒューマンドラマでありラブストーリーです。まだまだ先になると思いますが、ぜひ楽しみにしていてください。

(取材・文=宮川翔)

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