『Firebird ファイアバード』抑制された時代に実在した2人の愛の衝動

旧ソ連、ロシアなどで40本もの映画やテレビドラマでキャリアを重ねていた俳優、セルゲイ・フェティソフが著した回想禄「ロマンについての物語」を基に映画化した『Firebird ファイアバード』。今作の監督を務めているペーテル・レバネ監督の心を深く突き動かした、語られるべき愛の物語に迫ります。(文・児玉美月/デジタル編集・スクリーン編集部)

ソ連占領下のエストニアを舞台に、男性同士の愛の物語を描く

2023年3月、エストニアで同性間の婚姻を認める法改正が国会にて議決、2024年1月に施行される運びとなった。これでエストニアは同性間の婚姻が法制化された世界で35ヶ国目、旧ソ連構成国として初めての国に。

こうした状況下で2024年2月に日本で劇場公開されるのが、この『Firebird ファイアバード』だ。本作は1970年代のソ連占領下のエストニアを舞台に、男性同士の愛の物語が描かれた。そこでは刑法121条によって、男性同士の性行為は労働収容所で5年以上の禁固刑を課されてしまう。

時代劇とはいえ、チェチェン共和国の性的マイノリティに対する弾圧と迫害を追ったドキュメンタリー映画『チェチェンへようこそ─ゲイの粛清─』(2020)が告発したように、旧ソ連圏やロシアにおける性的マイノリティを巡る闘いは現在も終結していない。

空軍基地で異なる立場にありながら、兵役に就くセルゲイとパイロットのロマンは、共通の趣味である写真を通してすぐに惹かれ合うようになる。映画は将校のルイーザとセルゲイに恋愛のニュアンスをもたせて始まるが、ここにロマンも加わり、三角関係へと発展してゆく。

したがって『Firebird ファイアバード』は、ワイオミング州の山中で季節労働者として出逢った男性ふたりが、その後女性と結婚するゲイ映画の金字塔『ブロークバック・マウンテン』(2005)としばしば並べて語られる。

直近では、ゲイ男性とその妻の関係に若い男性が介入するモロッコ映画『青いカフタンの仕立て屋』(2022)も公開されたばかりだが、こうした三角関係はこれまで何度となく変奏されてきた。

規律の厳格な軍隊のなかで、セルゲイとロマンはクズネツォフ大佐から目をつけられてしまう。大佐はふたりで過ごす部屋にも抜き打ちで確認に現れる。お互いへの思いが強くなる一方、そうした圧力に耐えられなくなってしまったロマンはセルゲイにつらくあたり、避けるようになってゆく。

それから一年後、モスクワの演劇学校に入学したセルゲイはルイーザから衝撃の事実を聞かされ、ロマンと再会を果たす……。

登場人物

ロマン(オレグ・ザゴロドニー)

(画像右)

自由を手に入れるために空を飛ぶパイロット将校。責任感と義務感を強く持つ。

セルゲイ(トム・プライヤー)

(画像左)

役者を夢見る二等兵。抑圧的な環境においてもひたむきにロマンを思い続ける。

セルゲイ・フェティソフとは

旧ソ連やロシアなどで俳優として活動していた彼は、1990年初頭にセルゲイ・ニジニーの名で回想録「ロマンについての物語」を著す。

トム・プライヤーとペーテル・レバネ監督はフェティソフに丁寧なインタビューを行なっていた。2017年に65歳で急逝。今作はフェティソフ、そして彼と同じような人生を辿った性的マイノリティにも捧げられている。

注目ポイント

1. 共同脚本を務めたトム・プライヤー

ふたりはレバネがプライヤーにセルゲイ役に声をかけたことをきっかけに、2014年に出逢った。当初、プライヤーはセリフなどをよりよくするためにレバネに提案していただけだったが、その過程でレバネから共同脚本が持ちかけられた。

本作のあとにも、ふたりは難民をテーマにした映画の脚本を執筆したという。彼らはともにゲイであることを公言している。

2. 監督がこだわりぬいた美しきシーンの数々

鮮やかな色彩に染め上げられた今作の映像は、トム・フォード監督がスタイリッシュなタッチでゲイ男性の最期を描いた『シングルマン』(2009)をもどこか彷彿とさせる。

温度のある穏やかな橙と底知れぬ深さの青がときに交互に移り変わり、それは感情を発露できない環境のもと愛し合う二人の情熱と冷静をまさに物語っているようだ。

ペーテル・レバネ監督のビジョン

今作の監督を努めたペーテル・レバネ

ペーテル・レバネ監督 プロフィール

Mobyの“Wait for Me”やPet Shop Boysの“Together”など数多くのMVを手掛け、2014年には、「Robbie Williams:Fans Journey to Tallinn」にて22台のカメラを駆使した驚異的な映像で大きな話題を集めた。また、バルト三国におけるアーティストや国際的なイベントのプロデュースなども手掛けている。

私たちが生きている今の時代というのは、基本的人権、平等、自由が、過去のものから形を変えて、世界中で侵害されている。現代のロシアを含む多くの国では、同性婚家族はいまだに違法であり、差別の対象となっているのだ。

私はセルゲイの真実の物語を伝えることで、人々が白分とは異なる他者を理解し、セルゲイが言うように“私の愛はあなたの愛に劣らない”という愛が愛であることの意味を理解する助けになると信じている。

私は今作が、冷戦時代のソビエト連邦のような最も抑圧的な社会においてさえも、同性同士の築く家族が苦しみながらも生き延びてきたのだという事実を明らかにしてくれると信じている。セルゲイの物語を世界中の観客に届けるため、ぜひ私たちの旅に参加して欲しい。

今こそ『愛すること、愛されること』という普遍的で基本的な人権を自認し、尊厳を持って明言するときだと信じている。この映画がそのきっかけとなってくれたら、これ以上の喜びはないだろう。

また奪われてしまいかねない権利や地位を手放さないために

1960年代のイタリアを舞台に実在した芸術家であるアルド・ブライバンティが同性愛のために法廷に立たされてしまう『蟻の王』(2022)、イタリア初の同性愛支援団体が発足した契機にもなった実際の1980年に起きたヘイトクライムを題材にした『シチリア・サマー』(2022)といったゲイ映画が、2023年にここ日本で劇場公開された。

性的マイノリティの人権について少しずつながらも向上してきた現代において、あえて過去を歴史化し、いまに至るまでどのような道のりがあったのか、やもすればまた奪われてしまいかねない権利や地位といったものを手放さないため、この時代に楔を打つような映画がいくつも作られている。

同性愛が禁じられていた一時へと遡る『Firebird ファイアバード』もまた、この系譜上にある作品だといえるだろう。実在の人物の経験が基になっている本作は、同性同士が共にいられなかった時代を生きる者の物語を描くにあたって、安易なハッピーエンドに落とし込められるわけもなく、劇的な展開が待ち受けるわけでもない。

『ファイアバード』がもっとも強くわたしたちに訴えかけるのは、時代と社会によって差別される同性間の愛は、しかし異性間のそれとなんら遜色なく〈等価〉であるという真理なのだ。

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『Firebird ファイアバード』
2024年2月9日(金)公開
エストニア=イギリス/2021/1時間47分/配給:リアリーライクフィルムズ
監督:ペーテル・レバネ
出演:トム・プライヤー、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤ

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