想定の10倍売れた理由は パナソニックのシェーバー「ラムダッシュ パームイン」開発秘話

タマゴのように丸い、これまでにないデザインの電動シェーバーが売れている。あって当たり前だった持ち手をなくしたパナソニック(東京都/品田正弘社長)の「ラムダッシュ パームイン」。2023年9月に発売され、想定を10倍上回る売れ行きを記録するヒット商品となった。どのようにして生まれ、どうブランディングしていったのか。ビューティ・パーソナルケア事業部 パーソナルブランドマネジメント部 国内マーケティング課 主幹の山本健司氏に話を聞いた。

6年前は商品化されずお蔵入り

パームイン ES-PV6A

ぱっと見て、シェーバーだとわかる人はいるだろうか。第一印象はワイヤレスイヤホンのケース。その正体は5枚刃を搭載した手のひらサイズの高機能シェーバー、パナソニックの「ラムダッシュ パームイン」だ。生まれた背景は約6年前、ある技術担当者が電動シェーバーのヘッドに刃とモーターを内蔵した試作機を作ったことに端を発する。もともとパナソニックには独自技術のひとつとして刃を動かす高速リニアモーターがあり、それを軽量小型化するノウハウがあったのだ。たが当時はターゲットやコンセプトを詰めるまでに至らず、商品化されずにお蔵入りになっていたという。

試作機からアップデートした模型

そのアイデアが息を吹き返し、再び動き出したのが約2年前。「必要最低限の機能以外をそぎ落とした時に新しい価値、強い商品が生まれるのではないか。引き算のデザイン思想から、かつて作られたシェーバーの試作機が掘り起こされた」と山本氏。そして「シェーバー本来の機能価値である剃り性能はもちろん、感性に訴えかけるデザインも追求。一日を始めるポジティブなルーティンとしてこのシェーバーを使っていただく。そういった新しい価値の提供を目指して生まれた商品」と続ける。

開発に2年かかったことについて、山本氏は「結構長かったように感じる」と振り返る。その過程では「これまでにない発想から生まれており、ターゲットをどのような人に想定するか、形や素材を最終的にどうするかについて、かなり議論した」という。刃とモーターについてはすでに軽量小型化ができており、従来の商品と同じ五枚刃を採用することに問題はなかった。しかしリチウムイオン電池と基板を筐体に入れることが難しく、制御部品を設計し直す、配置を見直すといった苦労が設計部門にあったそうだ。

ボディのふくらみを2mm削った理由

パームインの断面図

最終的に、従来のシェーバーと体積比で30%減、最初に制作された試作機からも10~20%減のサイズを実現した。小ささや見栄えの良さだけでなく、それ以上に意識したのが、手に持った時の馴染み具合だったという。ひげを剃る際に手先の感覚が変わることから、ボディのふくらみを2mm削ることにこだわった。かなり苦労はしたものの、リニアモーターを制御する基盤を2段に分けておさめる予定だったのを変更して、3段の「まるでミルフィーユのような構造」(山本氏)にして解決した。

その結果、洗面所に置いても電動シェーバーには見えず、空間に溶け込むデザインであるとともに、ひげを剃る刃と手に持つ部分が近いことで、顔をなでるようにしながらシェービングする感覚を実現した新商品が生まれた。

真っ白のNAGORI®に、大理石の模様を表現するため色を配合。理想の色を出せるまでに半年以上を要したという

また、上位モデルのES-PV6Aのボディには海洋ミネラル由来の新素材が採用されている。海水を淡水化する際に出る廃棄物のミネラル成分を再利用した、三井化学開発の「NAGORI®」だ。SDGs(持続可能な開発目標)に配慮した新素材だが「家電に採用されるのは初めてだった」(山本氏)。色付きのプラスチック樹脂を練りこんで石目調に仕上げているが「模様をきれいに出すのが非常に難しかった。また、耐久性のテストと試作を何度も繰り返した」。機構の設計と同様に、設計担当者が苦労した点だったという。

しかしそのおかげで、目指す「シェーバーらしからぬシェーバー」が実現した。山本氏によると「従来のシェーバーは男性が持つ象徴的な道具というか、ゴツゴツした、メタリックなイメージがあった。それだけしか選択肢がないのはどうなのだろうと感じ、シンプルかつニュートラルなものづくりがしたかった」。そう考えて、石目調に仕上がる自然由来の素材を探す中で出会ったのが「NAGORI®」だったそうだ。

プレゼントとしての購入が10%以上

空間になじむスタイリッシュな佇まい

商品のターゲットを設定するうえで意識したのは年代よりも価値観で、訴求を狙ったのは「日常のライフスタイルにこだわりのある人」。具体的には「暮らしにゆとりがあり、日々ていねいに生活している30~40代」をイメージしたという。従来の電動シェーバーでは「ひげが濃い人」「電動シェーバーを長く愛用している人」といったターゲット設定をしがちだが、今回はそのような層を想定することはなかった。

実際の購買データを見ると、電動シェーバーの買い替えとしてだけでなく、これまでT字カミソリを使っていた人の購入も目立つという。また、とくに上位モデルのES-PV6Aについては20代前半の社会人になって数年の世代から「一目惚れして買いました」という声が届いているほか、女性がプレゼント用に購入するケースも多く見られ、山本氏は「新しい需要を生み出せているようだ」と手応えをにじませる。電動シェーバーのプレゼント需要といえば、これまでは父の日や誕生日に限定されてきたが、同商品では発売以来10%以上がプレゼントとして購入されている。

「従来のラムダッシュと比較すると、圧倒的に若年層の購買が多くなっている。実感する方がいると思うが、男性のひげはホルモンバランスの関係で30代あたりから年々濃くなっていく。それで40代、50代と年齢を重ねていく中で、生活にもゆとりが出て、ラムダッシュの5枚刃、6枚刃の高級モデルをお買い求めになる方が多いのだが、このパームインに関しては20代や30代前半のご購入が顕著」(山本氏)

また販売はしないものの、商品に触れることができる場として、体験型コンセプトストアのb8ta(ベータ)、二子玉川の蔦屋家電、Panasonic Beauty OMOTESANDOなどがあったことが、インテリアやライフスタイルグッズに対する感度が高い層への訴求に奏功したようだ。

発売の半年ほど前から大々的なユーザー調査を実施した結果として、山本氏は「オンラインなどで商品を見るだけでは、おしゃれなシェーバーが出たと思われるだけで終わってしまうかもしれない。何これ?と思わせる引きの強さはあると確信していたものの、購入まで持っていくためには、やはり実際に触れる場を設ける必要があると感じた」と話す。

そのために「全員がお客さまになる商品ではなく、お客さまを選ぶ商品」と仮説段階で設定し、Webでのターゲティング広告との合わせ技で展開していくことにした。そうした中で、より積極的にプロモーションしていこうという機運が全社的に高まり、トレインチャンネルやタクシーチャンネル、OOHに加えて、当初は予定していなかったテレビCMも放映するようになったという。

5年後、10年後、当たり前のシェーバーに

ビューティ・パーソナルケア事業部 パーソナルブランドマネジメント部 国内マーケティング課 主幹の山本健司氏

発売から約4か月で累計5.2万台の販売を達成し(2024年1月1日時点)、「想定していた12倍で売れ続けている」(山本氏)のは、単なる小さくてファッション性の高いモバイルシェーバーではなく、新しいライフスタイルとなりうるシェービングツールとして認知された結果といえるのではないか。電動シェーバー、T字カミソリに加えて、パームインという、もう一つの選択肢が登場したといえるかもしれない。

以前はラムダッシュのフラッグシップモデルである6枚刃を使っていたという山本氏に同商品の使用感を聞いてみると「剃り味が落ちたと感じることはなく、毎日剃っている限りではまったく遜色ない。むしろ、あごの下など手首のスナップを利かせて動かせ、力の加減も小刻みにしやすいので、パームインの方が剃りやすいと感じることも多々ある」。例えると「手の平で剃っているような感覚」だそうだ。

自宅の洗面台に置いてあるだけでなく、出張先や旅先にも持って行きやすい。日常的に持ち歩き、商談やデートの前に使うのにもぴったりだ。これまでになかったサイズとデザインで、新しい価値を生み出し提供したパームイン。「5年後、10年後、このパームインがシェーバーとして当たり前になっているようにしていきたい」

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