人間の弱さを歌う強い女の子 Z世代の代弁者としてのアイドル|「偶像音楽 斯斯然然」第122回

人間の弱さを歌う強い女の子 Z世代の代弁者としてのアイドル|「偶像音楽 斯斯然然」第122回

今回は、現在のライブアイドルシーンの中で、独自の楽曲や新たな戦略で支持を拡大しているグループをピックアップ。その特徴と人気を獲得している理由を紐解く。

『偶像音楽 斯斯然然』

これはロックバンドの制作&マネジメントを長年経験してきた人間が、ロック視点でアイドルの音楽を好き勝手に語る、ロック好きによるロック好きのためのアイドル深読みコラム連載である(隔週金曜日更新)。

このところ数回に渡って触れてきた非アイドルファンへの訴求力。一般層に向けて地下アイドルライブの楽しさ、推すことの愉しさを体現しながら現代型“今、会いに行けるアイドル”を提示しているiLiFE!の“アイドルライフスターターパック現象”。いつでも行けるライブ体制を整えることの対極に、ライブの本数を絞ることによって自分たちの価値を高めていく手法がある。これは古くからある戦略の1つであり、アーティストがインディーズからメジャーに行く際など、ブレイクに向かって大きくフェーズを上げていくためのものだ。数を絞ったライブを確実にソールドアウトさせていきながらキャパシティの拡大を図っていく。この戦略で現在、ライブアイドルシーンでの支持を拡げているのがREIRIEだろう。

黒宮れいと金子理江の約5年ぶりの再会で、大きな話題になったREIRIE。K-POPグループのガールクラッシュとは異なる、同性支持の厚い2人だ。

REIRIEというカリスマ

今や誰もが認めるカリスマの2人であるが、以前2人が活動していた時の影響力がどれほどのものであったのかを思い返せば、活動期間はことのほか短く、むしろ2人が離れてから伝説化された節もあるだろう。この2人の存在が表舞台に立つきっかけになったというアイドルは非常に多く、現役アイドルたちから多大なリスペクトを受けている。それを考えれば、当時はアイドルヲタクよりも現場に来ることのできなかった年齢の女の子たちに夢を与えていたのだ。その世代が今REIRIEを支える主軸になっている。かつて『しゅごキャラ!』世代が成長して後期Buono!の爆発的な人気を支えたように。

現在のライブアイドル、地下アイドルシーンを見れば、華々しくデビューライブを飾ったとしても、次の週からは地道な対バンライブ活動に勤しむことがほとんどである。活動主体がそこであり、もっといえばライブアイドルシーンの収益軸が物販特典会であるために致し方ないところでもあるが、正直どこも似たようなパターン化したものであることも否めない。

そうした中でREIRIEはワンマンライブを主体とし、ソールドアウトさせてキャパを拡大していく先述のアーティスティックな戦略が功を奏している。もちろん過去の実績と人気があるからこそ成立するものではあるが、現在進行形による本人たちのカリスマ性とマネジメント、プロモーションの巧みさがウマく合致しているといえるだろう。

REIRIE「Rabbits」

それは楽曲、音楽性にもよく現れている。《ずっと二人でいようよ》という2人の運命というべき絆から同性同世代の共感性を得る「Rabbits」でわかりやすいストレートなポップロックを提示し、先日リリースされたhirihiriとvalkneeによる「Silly Garden」はさらなる進化を感じさせるものだった。アイドルポップスでは聴き慣れない周波数のエレクトロサウンドが飛び交うハイパーポップ。2人のストーリー性を加味した楽曲制作をしながら、次なるフェーズへ向かっていることを楽曲できちんと証明している。

REIRIE「Silly Garden」

歌詞における共感と共鳴

ファッションやビジュアルはもちろん、現在、同性からの支持を受ける女性アイドルの中で重要視されているものは、歌詞である。“詞(ことば)”による共感と共鳴だ。

アイドルポップスにおける歌詞を振り返れば“おっさんなのに女の子よりも乙女心”と言われた、つんく♂。そして、新しいアイドルの形“デジタルネイティヴ世代のアイドル”を掲げたわーすたの登場は、大きなインパクトを与えた。《マジでトリケラトプッス強い》のパワーワードには、誰もが度肝を抜かれたことだろう。かつて80年代のBOØWYがマテリアルだけのキャピタルでリアルなデモクラシーを引き起こした横文字の羅列が、1つのJロックスタイルになったように、不条理で意味不明な言葉の羅列も、のんふぃく!をはじめ、現在アイドルポップスにおける1つのスタイルにもなっている。

のんふぃく!「ちゅきらぶ」

反面でBiSは、アイドルとは綺麗なことだけではなく、もがいて苦悩する人間らしさを武器にした。そうした人間の陰の部分はZOCといった新しいアイドルへと受け継がれていった。

ガールズバンドがアイドルシーンに影響を与えた部分も大きい。2000年代におけるガールズバンドブームの火付け役であるZONEは、バンドとアイドルを掛け合わせた“バンドル”を名乗っていたが、後期は硬派路線を垣間見せていたし、読モ出身で注目を浴びたSILENT SIRENは、シングル曲ではガールズバンドらしいキュートな華やかさを演出していた反面、アルバム曲ではその出自からの偏見に対する反骨精神や、心の闇を曝け出していた面もある。そうした部分からも若い女性からの熱い支持を得た。

ガールズバンドではないが、メンヘラ、病みという世界観で圧倒的な支持を得たのがミオヤマザキだ。顔を出さず正体不明ながらも負の感情を叩きつける歌詞と世界観で、一気に若い世代のカリスマとなった。

ミオヤマザキ「メンヘラ」

そして、アイドルシーンに颯爽と現れたのが悲撃のヒロイン症候群である。“病みかわ”を打ち出したコンセプトとビジュアルを持ったインフルエンサー的な存在は、瞬く間に同性同世代からの圧倒的支持を受けた。「ゼロセンチメンタル」「悲観的なボク等」といったミオヤマザキの提供曲もそうした支持に拍車をかけた。

下手でもいい 嘘を隠して 息をする様に 綺麗事で殴って

いつだってボクはこの世の終わりを 静かに祈ってる

——悲撃のヒロイン症候群「悲観的なボク等」

人間の弱さを力強く歌う地雷系ロック

そして現在、Z世代女性に支持される主流となっているのは、“誰もが持っている人間の弱さを吐き出してくれる強い女の子”である。いわば若者の代弁者としてのアイドル。メンヘラ、闇と病み、狂愛、共依存を掲げながら重苦しい愛を歌う……私が当コラムで“地雷系ロック”と言っている界隈だ。このムーヴメントはここ数年で大きく広まり、完全に現在のアイドルシーンにおける1つのスタイルとして確立した。

マーキュロ「自殺願書」

その界隈を牽引するマーキュロの「自殺願書」に《死にたいんじゃない生きたくないの》という一節がある。これは多からず人間の持つ普遍的な陰の真理であるだろう。かつてヴィジュアル系ロックバンドがまだ黒服系と呼ばれていた90年代初頭、“消えてなくなりたい”といった静かなる自虐の美学が大きく存在していたし、独自の死生観をリアルに描いたCoccoや、音楽活動停止後にリバイバルヒットした森田童子など、生死に関することとアーティストは切っても切れない関係にあるといっていい。しかしながら、言うまでもなくアイドルにおいて、それはタブーとされてきた。いやタブーというより、その概念がアイドルになかっただけなのかもしれない。

キラキラと輝く希望的なアイドルに相反して、ギラギラとして絶望を歌うマーキュロの存在は衝撃でもあった。

私がマーキュロを知ったきっかけは、1枚のアー写だった。当人たちの衣装やビジュアルもさることながら、構図も画像の質感も処理もそのすべてがこれまでのアイドルとは違っていた。私は長年ヴィジュアル系バンドの事務所で制作をやってきた人間であるため、たった1枚のアー写でこのグループの世界観を察した。これまでヴィジュアル系っぽいアイドルは存在していたし、実際ヴィジュアル系バンドメンバーがアイドルの制作や運営に関わるケースも少なからず存在していた。しかし直球的なものは誰もやらなかった。受け入れられるなんて誰も思っていなかったのである。

しかし、マーキュロは“ヴィジュアル系っぽい”ものでもなければ、“ヴィジュアル系風”でもなかった。完全にヴィジュアル系だった。その風貌もサウンドも、歌詞も。

一生一緒って夢見てたよ

「ジッサイナイ・イッサイナイ」

——マーキュロ「ピエロ」

名古屋のMAD MEDiCiNE、関西のミソラドエジソン……ダークファンタジーの世界観と音楽性を主軸としながら、病みを吐露するヴィジュアル系ロックのアイドルグループは急速的に受け入れられるようになった。そして、マーキュロは主宰レーベル『サークルライチ』を発足。このシーンは確固たる地位を確立したといえるだろう。

どうせ死ねないと嘆くのは 誰のせいでもない

きっと皆 自分を愛したくて苦しいから

——MAD MEDiCiNE「レゾンテール」

そこに至るまでは、悲撃のヒロイン症候群が開けた風穴やファッションのトレンドといったさまざまな要因が入り組んだ時代背景がある。モデルの中村里砂のうさぎ目メイクの流行が地雷系メイクへと変わっていった。地雷系がヴィジュアル系女性ファンである、バンギャルファッションとはまったく関係のないところ、地下アイドルシーンから派生、発展していったところも含めて、私はこの界隈のアイドルを地雷系ロックと呼んでいる。

HEROINESの圧倒的な強さ

悲撃のヒロイン症候群のイズムは、元メンバーのそれぞれが現在活動しているtwinpale、GILTY×GILTY、AdamLilith、ガガピエロといったHEROINESのグループやAZATOYといった外のグループにも受け継がれている。

LADYBABYがHEROINESと共同プロジェクトとして再スタートしたことは、かつての両グループの関係性を鑑みれば頷けるし、親和性の部分でも合点がいく。しかしながら、アキシブprojectのHEROINES入りには驚いた。長年活動してきた王道アイドルグループが、今最も勢いのある覇道アイドル集団に加入。どうなるのか想像もできなかったが、衣装を含めたアー写の見せ方、そして実際のライブを見ると、見事にHEROINES仕様に昇華された印象を受けた。詳細はわからないが、制作周りをHEROINESに委託した形なのだろうか。聞き慣れた「アキシブウェイ」も「アバンチュっ!」も、心なしかHEROINES節に聴こえるのは気のせいではないだろう。

アキシブproject「アキシブウェイ」【新体制】

アキシブprojectのマネジメント、ライブプラネット所属のAVAMが地雷系ロック方面にベクトルが向いていることを見れば、アキシブprojectの件も納得できる。

「ルールに従って生き続けてたら

自分がなんのために存在してるのか 分かんなくなっちゃった。」

——AVAM「kiss&Bite; Me!」

ここで取り上げてきたグループ、“強い女の子“とは言っているが、本当に強いわけではない。アイドルになることによって強さを得たという、いわば変身願望の究極型といっていいだろう。かつて、クラスの人気者のような華を持った子がアイドルになる、という時代でもない。それはどこかバンドマンに似ている気がしている。勉強も運動も得意ではないが、楽器を持てば無敵になれる、そう思って楽器を手にした人間は多い。

若者の代弁者、歌詞に共感……そう聞くと“メッセージ性のあるもの”と考えがちだが、似て非なるところもある。決して強制はしない、というのが現代的な部分だ。こうしろ、ああしろ、とは言わない。頑張れ、頑張ろうという励ましもない。ただ、自分のやり場のない気持ちを吐き出しているだけなのである。であるからこそ聴き手は自分と同じ気持ちの人間がいる、そうやって共感、共鳴していく。それが結果として、救いの手となり、背中を押してくれるきっかけになるのだ。

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偶像音楽 斯斯然然

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